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第2話

ていうかユラール=ハザルインってあんな風に振る舞うようなやつだったか? 仕事はきっちりこなすし腕も確かだ。いつもきっちり髪をオールバックに撫でつけ、眉間には深い皺を刻み、不審者には鬼のように厳しく尋問に当たる姿しか思い出せん。人付き合いもあまり得意そうじゃなくて、俺が見かける時は一人が多かった気がするし。 でも。 笑った顔、初めて見たけど‥かわいかったな。 前髪下ろしてると幼く見えてたし‥あいつは確か俺より三つ下だったか。二十三歳だな。 うーん、恋人か‥。この二年くらい特定の相手は決めてなかった。後腐れない、というと聞こえは悪いが割り切った関係ですませるのが俺にとっても都合がよかった。思いがけず副長に昇進してこのところ忙しかったし。 恋人。恋人‥になるしかないか‥。あいつ、貴族なんだよな‥。どうせ結婚できねえし。 まあ、俺は別段面白みのある人間でもないし貴族階級なわけでもない。そのうちユラールも色々見えてきて正気に戻って、こんな平民と恋人なんてやってられるかと思うかもしれん。そうすれば自然と恋人関係はなしになる、だろう! 消極的な対応ではあるが‥あんなに嬉しそうにしていたユラールに本当のことはちょっと言える勇気がない。 まあ、そういう方向で行くか‥。 酒は飲んでものまれるな。 先人はいいこと言ってんな‥。 そう思いながら、俺はレストランでがつがつ朝飯兼昼飯をかっ込んだ。 翌日、出勤すると鍛錬場でユラールが鍛錬しているのを見かけた。たくましい身体を動かし重い鍛錬棒を振っている。第二分隊の隊士が横で何やら話しかけているがあまり返事をしているように見えなかった。ただ、動きを止め、二言三言話しただけのようだ。それでもその後、隊士たちはユラールの姿を真似て鍛錬棒を振り始める。 ‥自分の分隊にはちゃんと好かれてそうだな。割と冷たいやつ、という話の方をよく聞いていたが、結局非難の方が大きく聞こえてくるだけなのかもしれない。とりあえずあいつの分隊はあいつのいう事を聞こうとしているのだから。 そもそも、ユラール=ハザルインに対して、俺はいい感情しかもっていなかったしな。 何度も素振りを繰り返しているあいつの身体はどんどん上気してきて、額には汗が浮かんでいる。棒を振り抜いても腰はぶれない。少しずつ頬が赤らんで前髪も乱れ顔にはらりと落ちてきていた。 あの時の、顔に似ていた。 待て待ていかん、何を余計なことを思い出してるんだ俺は。 これ以上あいつの顔を見るのは精神衛生的によくない気がする! 俺は慌ててその場を立ち去った。 夕方ごろまで隊長室の控えの部屋で書類仕事を片付ける。警邏隊内では意外と書類仕事が多い。そもそも市中警邏隊の役割は、王都の治安維持が主なものだ。つまり都民同士のいざこざや窃盗や傷害などの事件が日々山のように発生する中、それらをしっかり記録として残しておくことも立派な警邏隊の仕事なのだ。 騎士団や国境警護隊に比べればあまり武には寄っておらず、従って隊内の空気も「ハイ、仕事の六割は書類作成と分類分析ですよね」というものになっている。 そんな中で、騎士団の訓練並みに鍛えようとするのが、あの『氷結のユラール』なのだ。だから、「警邏隊にそこまで求められてねえよな」とか「貴族の腰かけだからだろ~?点数稼ぎだよあれ」などと、他の分隊のやつに言われてしまう状況になっている。 だが俺は、警邏隊でも何があるかわからない以上、鍛えることは間違ってないと思ってるし、部下にも機会があればそう伝えている。 それでも気に食わないやつはやっぱりいるもんだから、なかなかユラールへの当たりの厳しさは消えない。 まあ確かに、俺はそれにイラっとはしてたな。 その辺のことで、ユラールに絡んだのかもしれない。 ‥‥‥でもそれが何で恋人になる、ってとこまで発展したのかはオレワカンナイ‥。 そんなことを考えながらぼんやり書類を見つめていると、控えめなノックの音が聞こえた。「入れ」と声をかけるとドアがゆっくりと開き‥ユラールが顔を出した。 「‥‥あの、副長。お仕事まだかかりそうですか‥?」 ほんのり頬を赤らめて小声でそういうユラール。‥ユラールだよな‥? え、かわいい。かわいい顔してんなおい。 ‥‥おい待て俺。何考えてんだ俺。 ぶんぶんと頭を振って、ふと窓を見ればもうすっかり暗くなっている。ああそう言えば飯を食う約束してたんだと思い出した。 書類を引き出しにしまって俺は立ち上がった。 「すまん、もう終わった。‥どこに行きたい?」 「‥副長の、好きなところでいいです」 また難しいこと言うな。俺あんまり店知らねんだけど。 う~んと唸ってる俺を見て、ユラールは俺が悩んでることに気づいたらしくまたもや小声で言った。 「‥‥あの、もし、‥嫌じゃなかったら、俺の部屋に来ませんか‥?」 ん? オレノヘヤニキマセンカ‥俺の部屋。 ユラールの部屋? え、なんで? さ、誘われちゃってるの俺? 俺が多分かなり間抜けな顔をしていたせいだろう、ユラールは焦った様子で喋り続けた。 「あの、俺結構、料理を最近、するので、え、その、もし副長が、お嫌でなければ‥」 話しているうちにだんだん不安になってきてしまったのか、少しずつ声は小さくなり言葉がくぐもっていく。それに気づいた俺は、ユラールに悪いことをしてる、という気持ちになって慌てて首を縦に振った。 「あ、いや全然!いいのか?悪いな!」 努めて明るく言えば、ユラールはほっとして顔をあげた。頬が赤らんだままで目が少し潤んでいる。‥かわいいな。 ‥‥‥かわいいな‥そうだよな、俺はユラールをかわいいと思い始めている。 こんなにいかつくて、剣の腕で言えばおそらく警邏隊一の、お貴族様出身のこの男を、かわいいと思い始めちゃったりしている。 でも、あの夜の事はさっぱり覚えていないんだよな‥。 そのうち自然消滅するのを狙っているとはいえこのままユラールに何も言わずに、「恋人」の位置にいていいんだろうか。 赤らんだ頬のまま、僅かに微笑んだユラールのきれいな顔を見て、俺はこっそりため息をついた。

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