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第7話 帰ってきて
由緒との連絡を交わした後、秋は大阪市内のホテルから飛び出し、由緒から送られてきた住所に向かった。
そうしてやっと辿り着いたのは、古く小さなアパートだった。
由緒からのメッセージにかかれていた号室の扉の前で、秋は大きく深呼吸した。
――春はここにいるのだろうか。
意を決してベルを鳴らそうを手を伸ばした時、突然大きな音を立てて目の前の扉が開いて、それに驚いて、秋は思わず飛び上がった。
大きな声を上げてしまったつもりでいたが、声が掠れているせいで何も出なかった。
そうして視線の先に捉えたのは、春だった。
ドクンと途端に跳ね上がった心臓は、春のその表情を見てさらに音を上げた。
春もひどく驚いた顔をして、秋を見ていた。
その目は赤く潤み、頬は涙で濡れている。
秋は驚いて声が出ず、ただ息を呑んだ。
しばらくの沈黙が続いたあと、春が小さく消え入りそうな声で言った。
「………なんで…いるの?」
秋はそれに、搾り出すように返事をする。
「……中野さんが…連絡くれて」
その声は先ほどよりもひどく掠れ、秋はそれに自分で驚いた。
秋が思わず喉を抑えると、春も驚いた様子で尋ねた。
「……声…どうしたの?」
秋は必死に言葉を紡ぐ。
「……ライブ…終わった後に…こんなになっちゃって……ごめん…聞きづらくて…」
秋がそう言うと、春は静かに首を横に振った。そうして自分の濡れていた頬をそっと拭った。
また少しの沈黙の後、秋は声と勇気を搾り出して尋ねた。
「……泣いてたの?」
すると春はじっと秋を見つめた後、目を逸らして、首を横に振った。
それはまるで拗ねて嘘をつく子供のように幼く見えて、こんな時にも秋は、そんな春の仕草を愛おしく思って、胸がキュッと締め付けられた。
そうして秋は視線を落とし、春が強く握りしめていたその拳にそっと触れた。
その手はつんと冷たく冷えて硬く握られていて、それをゆっくり解くように、秋の暖かい手で包み込んだ。
春はそれに抵抗しない。
そうして春の手を握り、秋はそっと春の顔に視線をやった。
そして、思わずその春の表情にハッとした。
春は目を顰め、唇をかみしめて、じっと俯いていた。
今春は何を思っているの?
どうしてそんな苦しそうな顔をしているの?
その手を離すこともそれらを尋ねることも出来なくて、しかし秋はそっと春に歩み寄り、その手を引いて、春をそっと抱きしめた。
胸がキリキリと痛む。
どうしよう。
なんて言ったらいいんだろう。
何から話せばいいんだろう。
秋の頭の中はひどく混乱して、しかしそっと抱きしめた春から懐かしいとも思えるような、秋の大好きだった春の香りがして、秋の胸はさらにキリキリと痛みを増した。
秋は考えるでもなく、ただ言葉をこぼれさせた。
「……帰ってきて
…おねがい」
そうして言葉を吐き出して、吐き出してから理解した自分の本音に、その願いに、その衝動のやり場を見つけられなくて、たださらに強く春を抱きしめた。
春は何も言わず、ただじっと秋の腕の中で震えて息を繰り返していた。
秋を抱きしめ返すこともせず、ただ、ただ、息を繰り返している。
春の身体が妙に冷たく感じる。
秋はそっと腕を緩め、そっと後退りをした。
そうして春の表情を覗き込もうとしたその時、突然ぐらりと視界が大きく揺れた。
咄嗟に足を踏ん張っても意味がなく、秋は倒れ込むように春に雪崩れ込んだ。
キーン、と大きな耳鳴りがした。
聞こえていた音が全て止み、静寂に包まれる。
視界は変わらずぐわんぐわんと揺れている。
そうしてその静寂の中、遠くの方で微かに声が聞こえた。
秋、秋、そう何度も呼ぶその声は春の声のように思えたけれど、しかし違うようにも思った。
――
ふと目を開く。
見知らぬ天井が見えて、秋はゆっくりとぐるりと周囲を見渡した。
知らない、誰かの家、だ。
そばの壁際に置かれている大きな本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。
そうしてぼんやりと、そういえば中野さんに呼ばれて中野さんの家に来て…と回想して、秋はハッとして飛び上がるように起き上がった。
すると頭が鋭くズキリと痛み、秋は思わず頭を抱えた。
カタン、と音がして、人が近づいてくるのが分かった。
顔を歪めてふとそちらに目を向け、その人が春だと分かった時、秋は目を見開いた。
「…寝てて」
春は静かにそう秋に言って、ベッドのそばにそっと跪くようにして秋に視線を合わせた。
春はひどく心配そうな目で秋を見つめ、秋はそれに絆され、おとなしく再びベッドに横になった。
何か言わないと、と思っても言葉が何も出ず、秋はまた再び部屋を見渡した。
先ほど中野由緒のアパートの玄関で、おそらく自分は倒れてしまったのだろう。
そうしてそのまま由緒の部屋に運び込まれたのか、と思いきや、見渡した部屋があの時少し覗いた由緒の部屋とは違うと分かり、秋は春に視線をやった。
すると春はそんな秋をただ眺めていて、秋の抱いた疑問が分かったのが、小さな声で言った。
「…秋が倒れちゃって…動揺して…
どうしていいか…分からなくて……
咄嗟に…実家に…連絡しちゃって」
「…実家…?」
うん、と小さく頷いてから、春は言った。
「……勝手に…連れてきちゃって……ごめんね」
「……ああ…うん…」
秋はそうぼんやりと返事をして、しかしすぐに事態を飲み込み、また飛び上がるようにして起き上がって、言った。
「…じ、実家…!?え…春の…?!」
「…うん……ごめんね、でも…今は寝てて」
そう言ってまた心配そうに春に見つめられ、しかし秋はベッドから這い出ようとしながら言った。
「……あ…挨拶とか……しないと…」
そう言って焦り出した秋に、大丈夫だから、と春がそれを制するが、秋はだめだって…とそれに応じない。
とその時、コンコンコン、と扉が叩かれ、そうしてすぐにその扉が開いた。
扉から顔を出したのは、春の母親の、壱川樹香だった。
樹香とは以前、一度顔を合わせたことがあった。
春と付き合って本当にすぐの頃、春が体調を崩し入院することになった際、その見舞いに現れた樹香と、秋は会ったことがあったのだ。
樹香は優しく微笑んで、言った。
「お粥作ったけど…少しでも食べられそう?」
秋はああ…と動揺して言葉にならない言葉をあげた後、はい、と言って、何度もこくこくと頷いた。
そうしてすぐ、樹香はお盆の上にお粥の入った小さな丸い土鍋と取り皿、そしてさらに何種類かのフルーツが入った小皿を乗せて、ベットのそばまで運んでくれた。
食べられるだけでいいからね、と小さく笑ってそう言って、樹香はすぐに部屋を出ていった。
秋はベッドに腰掛けたまま足だけ床に落とし、ベッドのそばのテーブルに置いたお粥にそっと口をつけた。
溶いた卵と柔く煮立った米のふんわりとした甘み、そして出汁の優しい味わいに、秋は思わず声を上げる。
「……うまぁ…」
そう言ってふと視線を春に向ける。
春はベッドから少し離れた位置に置かれたおそらく勉強机であったのだろう机のそばの椅子に腰掛け、そんな秋の様子をじっと見つめていた。
春は本当に小さくだけ微笑んで、言った。
「…良かった」
久々に見るそんな春の微笑みに、秋の胸はトクン、と波打った。
それを誤魔化すように、秋は咄嗟に視線を外して、黙ってお粥を食べ進めた。
そうしてフルーツまで食べ終える頃、春が立ち上がり、秋の方へ歩み寄ってきた。
秋はそれにドクドクと心臓が高鳴るのが分かった。
なんだろう、何するんだろう、何を言うんだろう。
秋は恐る恐る視線を春に向けた。
すると、春はテーブルの上にそっと何かを置いた。
それは薬のようだった。
おそらく、病院で処方されたような梱包をされたそれに、秋は不思議そうに目線を春に合わせた。
春が言った。
「…さっき病院でもらった薬 解熱剤とか…あと喉の炎症の薬とか…そういうのだって」
「…病院…?」
そう秋が聞き返すと、春は言った。
「ここに来る前に、行ったんだよ
点滴してもらったりして…覚えてない?」
「…え…お…覚えて…ない…」
「……しんどそうだったもんね
…少しはましになった?」
「う、うん…なった…なったなった」
「そっか …飲んでね、薬」
「あ…うん…あ…ありがとう」
「ううん」
そうしてそっとまた先ほどまでいた椅子まで戻ろうとした春に、秋は咄嗟に春の手を掴んだ。
そうして言った。
「……こ、ここに居て」
春は何度も早く瞬きを繰り返した後、しかし素直にそれに応じ、秋が腰掛けている横、少しだけ距離を置いて同じようにベッドに腰掛けた。
秋は春にじっと視線を向け、そして言った。
「…ごめんね」
すると春は力無く首を横に振り、小さな声で言った。
「…秋が謝るようなこと……何もないよ」
「…あるよ
春に…嫌なこといっぱい言っちゃった」
秋はそうしてふっと目を逸らし、静かに話し出した。
「俺…独占したかったんだと思う
春の気持ちとか…人生とか……
そういうの全部…独り占めしたかったの
出会うまでのこととか…そういうの…仕方ないことなのに…それでも……そんなこと冷静に考えられないくらいになっちゃって」
秋は小さくため息をついて、続けて言った。
「嫉妬した…
羨ましかったの、中野さんのことが…
俺より先に出会ってたこととか…もしもっと…中野さんよりももっと前に俺が春に出会ってたら…それならって……」
秋は続けた。
「…あの時…ほんとに…頭ぐちゃぐちゃで…どうしようもないこといっぱい言った
それに…本当に思ってないことも…言った」
そうして秋は春に視線を合わせ、言った。
「…俺……思ってないよ
"やめとけばよかった"とか……思ってないよ
春を好きになって…春と一緒に過ごせて…俺ほんっとに…ほんっとに…本当に幸せだったから…
なのに……あんなこと…言って……
…春が不安に思うようなこと言って…
…本当に…ごめん」
そうして秋は目を伏せ、震える息を深く吐き出してから、また続けて話し出した。
「帰ってきてって…言ったけど……でも俺…
またあんなふうに…春を不安にさせるようなこと…言っちゃうかもしんないって…いっぱいいっぱいになったら…またあんなふうに…春を傷つけちゃうかもって………
…あの日から何回もそれ…想像して……
俺なんかじゃなくて…春を不安にさせたりしないで…春のこと愛してくれる人が……絶対いるし…その方がいいのかなあって…俺なんかと別れたほうが………春は幸せになれるかなあって……」
秋は目にいっぱい涙を溜めながら、しかしじっと春を見つめて、言った。
「俺…春のこと…本当に…本当に大好きなんだ
だから……
春には…絶対に幸せになってほしくて…
なってほしいっていうか…そうじゃなくて…
幸せになれるって…思うから…
だから……だから…
俺が…言うと……あれかも…だけど……」
話しながら溢れる涙を、秋は必死に何度もぬぐった。
しゃくりあげて上手く話せなくなり、秋は何度か大きく深呼吸した。
その間にも涙は溢れてきて、秋は深呼吸を繰り返し、俯きながらそれを何度も拭い、そうしてそのまま話し続けた。
「…なにも…怖くないって……
…好きになるのも……好きになってもらうのも……怖くないって……
春に…言いたくて……伝えたくて……
俺なんかが…言ったんじゃ……
…信用…ないかもだけど…でも……っ」
そう言いながら秋はふと顔を上げて見た春の表情に、思わず言葉を止めた。
春はひどく顔を顰め、その目にいっぱいの涙を溜め込んでいた。
強く噛み締めた唇は小刻みに震えている。
――ああ、どうしよう。
今すぐ、抱きしめたい。
春を抱きしめたい、でも――。
俺なんかがそうしたって――。
激しい葛藤の末、秋は思わず春が強く握りしめていた拳に触れた。
春がこぼした涙の雫が、秋の手の甲に落ちた。
すると、小さな震える声で、春は言った。
「………ごめん………逃げて………
……何回も……逃げて…ごめん……
終わりにしようって………
…自分で…そう言って逃げたのに…
…あの日のことずっと…
…毎日…毎日……
ああ言えば良かったとか……何回も思って……後悔して…」
春は震えた声で続けて言った。
「…ずっと…思ってた…
…自分から…逃げたくせに……
…連れ戻しに来て…欲しいって……
…
…
…本当に…臆病…で……っ……
…秋が…悪いんじゃなくて……
…ただ…僕が…秋を…好きで…好きで…好きで……
…だから……だから怖くて……
…そばにいたいなら変わらなきゃって………何回も…これまで思ったのに……
…でもずっと…こんなことになっても……
…臆病で……弱虫で………
…全然…変われないで…っ…
…今度こそ…ほんとに…
…愛想尽かされてるかもって……
…怖くて………会いに…行けなくて…っ」
嗚咽混じりにそう吐露する春を、秋は堪らずに引き寄せ、抱きしめた。
強く、強く抱きしめた。
すると春は、声を漏らして泣きじゃくりはじめた。
まるで小さな子供みたいに、その身体を震わせて泣いている。
秋はそんな春を強く抱きしめながら、何度も繰り返し、春の髪を、頭を撫でた。
痛い。
苦しい。
苦しく思うほど、愛おしい。
秋は自然に溢れ出た涙をこぼしながら、ひどく優しい声で春に尋ねた。
「……じゃあ…
……連れ戻していい?」
すると、本当に小さな子供みたいに、春は言った。
「…………うん…」
秋は泣きながら、小さく息を吐き出して微笑んだ。
そうして抱きしめた春に顔を擦り寄せるようにして、また再び強く春を抱きしめた。
そうして秋は再び、ひどく優しい声で言った。
「…愛想尽かすわけないよ
俺は……春の全部が大好きなんだから
臆病とか弱虫とか……春はいうけど……でも…
それが……ほんとに…かわいくて…かわいくて仕方ないんだよ…
愛おしくて……仕方ないんだから」
そうして秋は春が泣き止むまで、ずっとギュッと抱きしめて、頭を撫で続けた。
何度も泣き止んではまた春は泣いて、それはずっと長く続いて、でも、秋はそんな時間さえ本当に愛おしく思えた。
2人はベッドに腰掛け、あのまま寄り添い抱きしめあっていた。
トントン、と優しく規則正しいリズムで、秋は春の背中を撫でた。
春はぴったりと秋にくっついて、静かに息を繰り返す。
時たまスンスン、と泣いた後の仕草をする春に、秋はその度にふっと口角をあげた。
秋がそっと春の顔を覗き込む。
俯いたままの春の頬にそっと触れ、くい、と顔を上げさせる。
まだ少し潤んだままの目で秋をじっと見つめた春に、むず痒く苦しくなるほど胸がざわめいた。
堪らず口付けしそうになって、秋はハッとしてそれをやめた。
そういえば発熱していたんだ、とやっと思い出して、万が一にもうつしてはいけないな、と思ったからだ。
しかし春はじっと秋を見つめ、きゅ、と秋の服を掴んで引いた。
キスをねだるようなその仕草に、秋は堪らず理性が揺らぐのが分かったが、必死に持ち堪える。
秋はそっと春の口元に自分の手のひらをかさねた。
そうして自らの手の甲越しにそっと春にキスをする。
じっと見つめあって、秋は言った。
「…うつしちゃうかもだから」
そうしてぶつかった鼻先をそのままに、秋は言った。
「…やっぱり…連れ戻すんじゃなくて…
……春が帰ってきて
俺のとこ…ちゃんと帰ってきて
俺………待ってるから」
その言葉に、春はじっと秋を見つめながら、小さくこくりと頷いた。
そうして秋はにっこり笑って、冗談ぽく言った。
「……春が帰ってきたら…ちゅーしよーっと」
そうしてまた秋は春を手繰り寄せ、力一杯に春を抱きしめた。
――
その後、春は秋の腕に包まれながら、秋に出会うまでのことを話し出した。
途切れ途切れに、何度も震える息を堪えながら、それでも懸命に、不器用に、春は言葉を紡いで秋に伝えた。
初めて好きになった人のこと。
その人にうまく寄り添えず、嫌な思いをさせてしまったこと。
その人は自分のことが嫌いだったけど、それでも好きだと伝えたこと、だれどそれをとても後悔していること。
好きだと伝えて後悔して泣いてしまっていたとき、偶然会った由緒と初めて話したこと。
とても好かれるか、とても嫌われるか、人はそのどちらかで自分に接すること。
由緒はそのどちらでもなく、"普通"に接してくれたこと、そんな由緒には何も偽りなく、自分のことを話せたこと。
そうして由緒が唯一の友達になったこと。
好きだった人に再会して男の人が好きだということを笑われた時、由緒が自分のことのように怒って泣いてくれたこと。
それにとても救われたこと。
その後由緒が付き合おうと提案してくれたこと、それにとても動揺したこと。
由緒のことを人としてとても好きだったこと、だから由緒なら恋愛として好きになれるかもしれないと思ったこと、そうして付き合う提案を受け入れたこと。
出来ないと思ったセックスが出来たこと。
けれどその後、由緒のことを大切に思う気持ちは増していったのに、もう一度そんなふうに触れたいとは思うようにはなれなかったこと。
それでも別れるまで、由緒はいつも春を大切にしてくれたこと、いつも好きだと、大切だと言葉にして伝えてくれたこと。
別れる時した由緒との約束のこと。
お世辞にも上手く話せてはいなかった。
何度も言葉がつっかえて、ときに何度も言い直して、上手く話せなくてごめん、と春は何度も謝りながら、それでも話すことをやめなかった。
秋は春を優しく抱きしめながら、ただ、うん、うん、とずっと小さく相槌を打って聞いていた。
こんなふうに自分に起こったことを、自分のその時の感情を、春は人に話したことがなかったんだろうな、と秋は思った。
話したことはおろか、話そうとしたこともないんだろう。
だから、上手くまとまらなくて、綺麗な言葉に出来なくて。
でも、それでもちゃんと話さないと、と伝えようとしてくれるその春の必死さが、痛いほど嬉しかった。
そして、そうして話してくれることは、秋なら分かってくれるだろうという安心感を春が抱いてくれているのかもしれない、と思えて、それに秋はただただ心が満たされていった。
そうして由緒とのことをやっと話し終えて、秋が話してくれてありがとう、と耳元でそっと呟くように言うと、春がそっと、秋のことを抱きしめ返した。
秋もそれに応えるように、さらにきゅっと春を抱きしめた。
鼻を啜った春は、ぽつりとまた話し出した。
「秋と…秋と話すの…楽しかった」
「…ん?」
「いつも…ろくに…ちゃんと…話せないのに…僕が…話すの…待ってくれて……嬉しかったし…話すの…楽しくて」
「…そうなの?」
「…うん……ずっと……気付いたら…目で追っちゃうようになって」
「…俺のこと?」
「…うん」
「…高校の時?」
「…うん…」
「…そうだったの?」
「……それで…好き…って……気付いて……でも……何回も…だめだと思って……」
「うん…」
「初めて…好きって言ってくれた時……勘違いだと思うって…言ったの……否定したの……本当に…苦しくて…悲しいって…思って……でもそれより……ちゃんと言ってくれたのに…ああやって言ったこと……ずっとあれ…秋に謝りたかった…」
「…うん」
「…はじめて…ライブ…行った時……歌ってくれた曲……僕に…書いてくれたって……あれ…あのあと…何回も聴いて……凄く嬉しかった…けど……でも…何回も………聴くたびに…泣けてきて…でも……今でも…あの曲…凄く好きで……花束も…恋だも……あとは…あとは……」
「…んふふ…嬉しいよ」
「……あ…あと……ご飯…食べに来てって……誘ってくれるの…いつも嬉しかった」
「ふふ…うん」
「…お皿……買ってくれてたのも」
「ふふ……気付いてたの?」
「…嬉しかった」
「…今でも取ってあるよ、あの春専用のお皿」
「……そうなの…?…捨てちゃったかと思ってた……」
「捨てられないよ」
「……いつもあの後…秋の家行った後……後悔して……行かなきゃよかったって…悲しくなって…」
「……うん」
「でも……誘われるの嬉しくて…あ……一回……一回だけだけど……レッスン…サボって行ったこともあって…」
「ええ…あは……嘘ぉ…ほんとに?」
「…うん…………どうしても……行きたくて…」
「…あは…でも…後悔した?」
「…うん……何してんだろって…」
「…あはは…俺は嬉しいけどなぁ…あはは…ごめんねぇ…サボらせて…」
「ううん……あと…あと………あ……向井さんのこと…秋には…秋だけには……ほんとは…知られたくなくて…だから……嫌な態度…あの時…いっぱい取っちゃったと思う…」
「…そんなことないよ」
「…それだけじゃなくて…いっぱい…何回も…近づいて…離れて…繰り返して……ほんとに…嫌なこと…秋にいっぱい…したと思う…」
「春にされたことないよ、嫌なこととか」
「…そんなことない、絶対…」
「そうかなぁ…じゃあもう覚えてない 嬉しかったことが多すぎて」
「…何回も…それで自分のこと嫌になっても…秋が……いてくれたから…付き合ってからも……秋が好きだって…言ってくれたから……何回も…何回も……」
「何回も言っちゃうよ、好きなんだから…そうさせてるのは春なんだよ?」
「……僕…もう……秋がいないと…生きてけない」
「…あは…何それぇ……何それ…そんなこと思ってくれてたの?言ってよ」
「………かっこ悪いもん…」
「…かっこ悪くないよ……かわいい」
「………どんどんかっこ悪くなる…」
「…どんどん可愛くなるからいいじゃん」
「………好きでいてくれる?」
「当たり前でしょ」
そんなふうに、春はぐずる子供のように、思いつくままに秋と出会ってからのことをそれからもずっと話し続けた。
秋はそれに、春をあやすように答え続けた。
春が話すことは秋が初めて聞くことばかりで、少しも退屈しなかったし、嬉しい本音ばかりだった。
こんなふうにあからさまに春が秋に甘えるのは初めてだった。
それが秋は嬉しくてたまらなかった。
そうして散々話してから、春がふと、寝ないと…と泣き声混じりに言って、秋は思わず大きく吹き出して笑った。
寝かしつけてあげる、と秋はそれまでと同じように優しく春を抱きしめて、トントンと背中を優しく叩いた。
そうしているうちに寝落ちてしまった秋がふと目を覚ますと、変わらず腕の中にはすっぽりと春が収まっていて、春は目を瞑って静かに息を繰り返していた。
秋はそんな春を見つめ、寝ぼけながらも昨夜の春の様子を思い出して、ふっと笑みをこぼした。
そうしてそっと、春の髪を撫でた。
すると、もぞ…と春が目を開き、視線がピッタリと交差した。
いつもの起きたての寝ぼけたとろんとした目ではなく、ぱっちりとその目は開いている。
秋は尋ねた。
「……あれ…ねれなかった?」
すると春は、素直にうん、と小さく声を上げて、再び秋の胸に潜り込んだ。
まだ甘えたモードだ、と秋は小さく笑って、優しく抱きしめてまたそっと髪を撫でる。
秋は尋ねた。
「いつまで京都で撮影?」
「…明後日…」
「そっか 明後日の夜は東京帰ってくる?」
「…うん」
「…起きて待ってるから」
「…うん」
「…帰ってきてね」
そうして春はシャワーを浴びると言って、名残惜しそうにしながらも秋を残して部屋を出ていった。
秋もいつまでもお邪魔しているわけにはいかない、と、ベッドから出て簡単に布団を整えていると、部屋の扉がコンコンコンと鳴らされ、ゆっくりと開いた。
「おはよう、体調はどう?」
扉から顔を出し、春の母親、樹香がそう優しく声をかけてきた。
秋はしゃんと背筋を伸ばし、少し緊張しながらもそれに答える。
「あ…はい、も、もう大丈夫です!」
思えばすっかり身体は随分軽くなり、喉も若干掠れてはいるがさほど気にならないほどだ。
樹香はにっこりと優しく微笑み、おいで、と秋を手招きした。
部屋を出て樹香に案内されるまま春の家の中を歩いていく。
随分大きな家だと秋は驚いた。
思えば、先ほどまでいた春の部屋も、子供部屋にしてはかなりの広さだった。
そうして螺旋階段を降りていくと、広く吹き抜けたリビングへたどり着いた。
リビング中央に置かれたテーブルにはすでに朝食が準備されていて、樹香は秋に「食べられるだけでいいからね」と言い、キッチンへ戻っていった。
白いご飯に味噌汁、だし巻きに焼き魚、漬物にヨーグルトとフルーツ。
理想的で豪勢な朝食に呆気に取られる。
そうして秋の座ったテーブルの横には小さな平たい器に小ぶりなおにぎりが二つ置かれていた。
春用…なのだろうか。
秋はいただきます、と小さく呟き、朝食に手をつけ始めた。
「…おいしい…」
一口味噌汁に口をつけて秋がそう呟くと、良かった、と笑って樹香がキッチンから戻ってきて、秋の目の前に腰掛けた。
秋は思わず背筋をピンと伸ばした。
すると樹香は笑って、気にしなくていいのよ、と優しく秋に言った。
しかしそれでもやはり緊張しながら朝食を食べ進めていると、シャワーを終えた春がリビングに戻ってきた。
すっかりいつもの春の様子に戻っていて、秋は小さく微笑んだ。
春は秋の横に静かに腰掛け、いただきます、と小さく手を合わせ、置いてあったおにぎりを食べ始めた。
樹香はその様子にニコリと微笑み、そうして秋に向かって言った。
「今瀬くんもおにぎりが良かった?」
「えっ、え、いやいやそんな…」
「春が家にいた時は朝はいつもおにぎりでね…癖みたいに作っちゃったんだけど…ちゃんとしたご飯のほうがいいかな?って思って…」
「う、嬉しいです!」
「そう?それなら良かった」
そうして樹香は春に視線を向け、言った。
「春も食べたかったらあるけど、どうする?」
「ううん、おにぎりが良い」
春がそう答えると、樹香はまたニコリと微笑み、再び秋に視線を向け、言った。
「なんかねぇ、昔からおにぎりだったら食べてくれるのよ」
あとはカレーね、とお茶目に笑って言った樹香に、秋はああ…と嬉しそうに微笑んだ。
カレーは春の好物だ。
ご飯何がいい?と尋ねると、春は決まってカレーがいい、と言った。
昔から好きだったんだなあ、と秋は微笑ましく思った。
春はおにぎりを一つ食べ終えて、ごちそうさまでした、と小さく手を合わせ、春は静かに立ち上がった。
そうして秋に目配せして、またね、と小さく言った。
秋がそれに箸を置いて立ちあがろうとすると、それを制して、食べてて、と微笑んで言った。
そうして樹香と春は2人、玄関へ向かった。
しばらくして戻ってきた樹香は、秋の隣に腰掛け、残ったおにぎりを手に取って、食べ始めた。そうしてその様子を見ていた秋ににこりと微笑んで、言った。
「いつもね、ふたつ用意してたんだけど…ひとつしか食べないの」
「…そうなんですか?」
「そうそう、だからね、いつも残ったひとつをあの子が学校行った後に食べるっていうのがルーティンで…」
懐かしい、と言って樹香は優しく微笑んだ。
そうして樹香は秋に言った。
「手の込んだもの作ると余計に食べなくなっちゃうの」
樹香のその言葉に、秋は確かに…と何度も心の中で頷いた。
春は仕事が立て込んで忙しくなると、ご飯作らなくて大丈夫だよ、と言うことが増える。
それでも秋が用意していれば食べることもあるが、少し口をつけるだけで、申し訳なさそうに明日食べる、と言って残してしまうことも多い。
そうして食べないかもな…とシンプルな食事を用意しておくと意外にもそれは完食したりして、しかしまたそれに喜んで豪勢に用意しても、あまり進まずまた残して…の繰り返しだった。
ただただちゃんと食事を摂ってほしい、という想いだけで、秋はそれに怒りの感情などは全くなく心配だけだったが、昔からそうだったんだ、と妙な安心感を覚えた。
樹香は優しい表情をしたまま、茶目っ気いっぱいに言った。
「作り甲斐がない」
秋はそれに思わず笑ってしまう。
樹香も秋が笑ったのを見て、同じように笑った。
朝食を食べ終えた秋に、樹香が言った。
「そうだ、春のアルバムでも見る?」
「えっ…え!い…いいんですか…?」
秋が目を輝かせると、樹香は秋を手招きして、とある部屋へ連れて行った。
その部屋は整理整頓された物置部屋のようで、壁一面が本棚のようになっていて、そこには綺麗にぎっしりと物が並んでいた。
ふと目にした一角には、雑誌がぎっしりと並んでいる。
樹香が秋の視線に気付き、これはね、とふと一冊に指をかけてその雑誌を引いた。
「春が初めて載った雑誌」
そうして樹香はペラペラとページを巡り、中を見せてくれる。
まだ幼い春がページの隅に載っていて、秋はそれに目を輝かせた。
そうして樹香は次々と雑誌を開き、これはこの作品の時ね、と逐一教えてくれた。
秋は尋ねた。
「全部取ってあるんですか?」
「そうね」
「えっ…いやいやそんな…でも…すごい数じゃないですか…?その…最近とか特に…」
「この部屋じゃ収まらなくなってきちゃった」
そう笑って言って、樹香は部屋の奥に秋を手招きした。
「これが昔の…芸能始める前のアルバム」
そうして秋に一冊の分厚いアルバムを手渡した。
秋はそのアルバムのページをめくる。
写真に写る春は4〜5歳だろうか、あどけない笑顔で笑っていて、秋は思わずかわいい〜…と声を上げた。
樹香はそれに微笑んだ。
そうしてページを見進めて、それに伴って春が成長するにつれ、今の容姿にどんどんと近づいていき、洗練されていくのが分かった。
同じように写っている周りの子供達とは明らかに一線を画していく。
写真でさえ、春が"特別"であることがまざまざと認識できる。
秋はそれを凄い、と思ったが、しかしそれにつれ、春があまり笑わなくなっていっていたのにも気付いた。
そうしてそれまで頬を緩めていた秋の表情が変わったのが分かると、隣で同じようにアルバムを眺めていた樹香が、突然、秋に言った。
「私って美人でしょう?」
「えっ…?あ…あ、は、はい、とても…」
「あはは」
樹香は笑って続けて言った。
「私は美人に産まれてね、たくさん得したの
努力しなくても人に好かれることが多かったし、それ以外にもたくさん得したの
この姿に産まれたこと、生きてきて嫌だと思ったことなかったの」
樹香は続けた。
「子供たちみんな…親の私が言うのもなんだけど、みんな綺麗に産まれて育って
けどね、春はちょっと…
綺麗すぎたのかなって」
秋はじっと樹香を見つめて樹香の話に耳を傾けた。
「人が集まるようなところ…例えば幼稚園とか小学校とか…そういうところに行くようになってからね、何度も揉め事があったって呼び出されてね
慌てて行くとね、いつもその揉め事の原因は春なの
でもね、よく話を聞いてると、春は何もしてないのよ
ただ周りの子が春を取り合って喧嘩した、とか…それで大きな問題になったりとか…そういうのが何度も何度もあったりとか…
持ち物が頻繁になくなったりとか、ね 本人は"失くしちゃった"って言うんだけどね
そういうのでどんどんね…あんまり家でも話さなくなったり、笑わなくなったりして あんまり出かけなくなったりもして
大きくなるにつれ…綺麗になるにつれ、そういうのは増えていってね」
樹香は優しく微笑んだまま、話し続けた。
「昔一度ね、家族で話したことがあったの
もし生まれ変わるならって
春以外の子供達はみんな、生まれ変わってもまた自分がいいって言っててね、けど春は"他の人がいい"って "自分以外ならなんでもいい"って」
樹香は秋の手に持っていたアルバムを受け取り、ページを進めてめくった。
そうして眺めながら、話を続ける。
「芸能の仕事を始めて、私は良かったかなって思ってたの
容姿も才能だと認められるような場所は…春にとっては生きやすい場所なんじゃないかなって
けど…どうなのかなって今でも分からない
仕事を始めてから…春は逆に…いつでもずーっと笑うようになって いろんなこと隠すみたいにね
ふと思うの
今でも"他の人に生まれ変わりたい"って思ってるのかなって」
そうしてふと、アルバムから目を離し、秋を見て樹香は言った。
「春が入院した時、病室に来てくれてたのって、今瀬くんだよね?」
「あ…あ…はい」
「私びっくりしたの
"こういう時にそばにいてくれる人、いたんだ"って
友達を紹介してくれたことなんてなかったし、びっくりして…でも嬉しくてね
今瀬くんがそばにいてくれたことも嬉しかったし、そうやって今瀬くんがそばにいるのを…自分が弱ってる時にその姿を見せることができる人を…それを許せると…春が誰かに思えてることがね、嬉しくて」
樹香はニコッと微笑んで言った。
「春と仲良くしてくれてありがとうね」
秋は、目を伏せて、ただ少しだけ口角をあげて小さく頷いた。
部屋にある膨大な量のそれはどれも綺麗に整理整頓されていて、春の活動の全ての作品を樹香はそうしてきちんと保管しているようだった。
きっと樹香は、春の活動をしっかりと追っているのだろう。
もしかしたら、というか、きっと、SNSで騒がれていた春と秋の一件も、知っているだろう。
こうして春のことを話してくれたのは、樹香なりの思いがあるのではないだろうか。
息子の恋人として、色々と話してくれたのではないだろうか。
秋はそう考えて、付き合っていると言うことを話すべきなのではないのだろうかと、思った。
しかしすぐにその考えを取り消した。
春に相談せず、樹香に話すのは良くないだろう。
春はきっと、樹香に男の人が好きである、ということを打ち明けたことはないだろうな、と秋は思った。
だったら、春と秋の関係も、春から話すべきだろう。
秋は黙って静かに立ち上がった。
すると樹香は優しく尋ねた。
「今瀬くん、今日東京に戻るの?」
「ああ…そう…ですね、今日一度実家に顔出して…それで夜には戻ろうかなって思ってます」
「ご実家、どこなの?」
「兵庫で…」
「あら、送っていこうか?」
「ええ!いやいやそんな!大丈夫です!」
「ドライブがてらに久しぶりに遠出したくって…迷惑かな?」
「いやいや…迷惑とかそんなわけは…え…ええ…でも…」
秋がそうやって吃っていると、じゃあ準備できたら声かけてね、と樹香は笑ってその場を去っていった。
そうして秋はアルバムを片し、一度春の部屋に戻って身支度を済ませたあと、リビングに向かった。
するとなにやらリビングから話し声が聞こえた。
そっとリビングのドアを開いて秋が顔を覗かせると、小さな女の子がトタトタと拙い歩みで近づいてきて、秋のズボンの裾をきゅっと掴んだ。
秋はそれに驚いて、えっ…と小さく声を上げる。するとその子を追うようにして1人の女性が近付いてきて、その人の顔を見て、秋は目を丸くした。
「秋ー!久しぶりやなあ!」
「っ…!柊花 さん…!」
その女性: 柊花は秋の足元にいるその小さな子供を抱き上げ、言った。
「無事に産まれてん、美知 でーす」
そう言って抱き上げた子供:美知と一緒にひょい、とお辞儀をして、柊花は笑った。
柊花は、春の2つ年上の姉だ。
柊花も春と同じように芸能活動をしている。
韓国の大手事務所に所属し、アイドルグループのボーカルとして世界中にファンがいる大人気アーティストだ。
しかし、春との兄弟関係は公にされていない。
あれは2年ほど前だっただろうか。
柊花は突然春の住む家にやってきた。
そうして柊花に隠れひっそりとキスをしていたところを目撃されてしまったことから、春と秋が恋人同士であることを知っていた。
その時の別れ際、「妊娠してん」と告げて去っていた彼女は、その後体調不良を理由に芸能活動を一時休止、その一年後に復帰し、その際に結婚と出産を公にした。
人気アイドルグループの一員であった柊花の突然の出産報告には全世界で賛否両論が巻き起こり、柊花は大きなバッシングも受けていた。
しかしそれに対して柊花は「私の仕事は素晴らしいパフォーマンスをすること。それは私の人生の犠牲の上に成り立つわけではない。私は私の人生を精一杯生きて、その上でさらに素晴らしい表現活動をする」と堂々と宣言し、その潔い宣言で柊花には逆に強く熱狂的なファンがつき、出産前よりも強い人気を得るまでになっていた。
その一連を秋はネットで見ていて、凄い人だなあと感心していたのだが、あの時から変わらないハツラツとした柊花の笑顔に、秋は嬉しくなった。
秋は言った。
「本当に…おめでとうございます…!…わあ…かわいい…」
秋は柊花の子供 美知を見て頬を緩ませた。
美知は幼いながらもキリッとした目鼻立ちをしていて、柊花にそっくりだ。
柊花は嬉しそうに言った。
「せやろぉ、可愛いやろぉ、まあ柊花の娘やし当たり前やけどな」
秋はそれにあはは、と笑い声を上げた。
柊花は言った。
「柊花らもついていくわ、ドライブ」
「えっ…!」
「ええやん、折角やし!ママ〜!秋来たで〜!」
柊花がそう大声で呼びかけると、はいはい、と言いながら樹香がリビングへやって来た。
そうして皆で玄関口へ向かう途中、柊花が言った。
「やっと春も彼氏連れてくる気になったんやなぁ!」
突然の柊花のその一言に、秋は声をあげて飛び上がった。
「…何ぃ?大きい声出して…」
「…や…いや…あ…の…えっと…」
秋がしどろもどろになりながら恐る恐ると言った様子で樹香に視線をやると、樹香はふんわりと優しい笑顔で言った。
「…まだ2人の秘密よねぇ?」
すると柊花が眉を顰めて言った。
「秘密って何?え、言ってなかったん?」
変わらず秋はしどろもどろに返答をする。
「…や…あぁ〜…え、えっと…」
すると柊花はあっけらかんとした様子で言った。
「春と付き合ってんねんて、ずっと一緒に住んでるんやんなぁ?」
「や…ちょ……柊花さん……」
そう情けない声を上げた秋に、樹香は優しく笑って言った。
「まあ時間もあるし…ドライブしながら、ね?」
そう言ってそそくさと玄関先へ向かう樹香と柊花たちに、秋は情けなくか弱いため息をついた。
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