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第50話 京都散策2日目

「おはよう! さてさて今日は伏見稲荷行こか。食べ歩きごっつ食うたるでー」  班のリーダーの冴島くんは明るく朗らかで感じのいい男の子だ。僕は玲乃と共に冴島くんの後ろをついていく。ホテルでモーニングを食べた後だが、高校生男児の食欲たるや底知れない。  朱色の鳥居が見えてきた。観光客で賑わいを見せている道をはぐれないように玲乃の後ろにくっついていると手を握られた。 「迷子にならないように手繋いで」 「……うん」  玲乃は普段のように感情の見えない目をしている。僕は昨晩のことを思い出しそうになりふるふると首を横に振った。大門や本殿を見つめては立ち止まり3人で写真を撮った。稲荷大神のお使いである狐がそこかしこで目に入る。  狐かわいいな。玲乃とおそろいのキーホルダーも狐だし。  ぽんやりと思い耽っていると人波にのまれてしまいそうになる。 「お前らちゃんとついてきとるか? ここからが一番綺麗な景色や。ほら、見てみい」  冴島くんが玲乃と僕を手招きしている。なんとか人波を抜けて辿り着いたのはかの有名な千本鳥居だった。  厳かな雰囲気に自然と背筋がしゃんと伸びる。鳥居をくぐっていくと一つ一つに趣があり見ているだけで心が浄化されていくように感じた。  観光客が途絶えた場所で写真撮影をする。僕、玲乃、冴島くんと単体で撮ってから、ツーショットと集合写真を撮る。木々のざわめきや吹き抜ける風の清らかさに心が和んでいたときだった。僕に突如、強い衝撃が加わったのは。  どん、と背中から誰かに押された。睦は鳥居の柱にぶつかりそうになり慌ててしゃがみこむ。冴島くんがすぐに駆けつけてくれて「大丈夫か?」と心配してくれる。幸い目に見える怪我はなかったので安堵していると、甲高い女性の声が辺りに響き渡った。 「インフルエンサーの玲乃くんですよね? わー。まさかこんなところで会えるなんて嬉しい! 何かの撮影ですか?」 「……今あんた人を押し倒したよな」  玲乃にぎろりと睨みつけられても声をかけてきた女性は怯む様子を見せない。むしろ迷惑そうに僕を見下ろしてきた。 「え? あー……あの人邪魔だったんで。それよりも! わたし玲乃くん推してきて1年目なんですっ。一緒に写真撮ってもらえませんか?」  女性は押し付けがましく玲乃にずいずいと迫る。玲乃は呆れて言葉が出ない様子だったが、深くため息をついて女性を見た。その瞳の色には失望の念がありありと浮かんでいるように見える。 「俺はプライベートで写真は撮りません。押し付けがましいの嫌なんで。それに俺ら修学旅行中なんで話しかけないでください。さ、みんな行こ」  玲乃はこういった迷惑なファンの対応に手馴れているらしく、座り込んでいる僕に腕をまわして起こし冴島くんとその場から立ち去ろうとする。ファンの女性は納得ができない様子で玲乃の肩を掴み怒りの金切り声を上げる。 「ちょっと! 今の何なの? ファンに向かって失礼じゃない?」  玲乃は話の通じないファンに対して一言 「うるさい」  と睨みつけその場から立ち去った。女性はぽかんとした間抜けな表情のままカカシのように動かなくなってしまった。 「にしても迷惑なファンもおるんやなあ。あれは困るでほんと。守須のこと突き飛ばして謝りもせんで、推しの玲乃にまっしぐら。ああいうファンは痛くて見てられんわ」  稲荷大社を出て立ち並ぶお店でみたらし団子を買って、小道で食べていると冴島くんがうんざりした表情で言葉を洩らした。  僕もみたらし団子を口に含みながら同じことを考えていた。玲乃は無表情のままみたらし団子を手に持っている。玲乃の瞳の色は暗く影を落としていた。 「インフルエンサーって周りからちやほやされるからええやんって勝手に思っとったけど、ああいう迷惑なファンおるのはしんどいわ」  冴島くんの同情するような言葉に玲乃は声色を変えずに返した。 「ああいうのもいれば、普通にモラルがあるファンもいる。ほんと、人による。女性マネージャーの|杵島《きしま》が俺と一緒にいるところを見たファンが『玲乃に彼女がいる』ってSNSに盗撮写真を上げるのはもう日常茶飯事。俺といると周りの人を困らせることが多い」  微かに笑う玲乃だったが、かなり頭を悩ませているらしく僕は心配になる。だから玲乃を安心させたくて勇気を振り絞って言葉を放った。 「大丈夫。玲乃に何かあったら僕がいつでもどこでも駆けつけて守るよ」 「……睦」  少しでも安心してもらいたくて僕は笑顔で頷く。すると玲乃は目を伏せて唇を引き上げた。 「俺も忘れたらあかんで。玲乃に近寄ってくる変な奴は俺が追い返したるわ! 任せとき!」  眩しい笑顔で白い歯を輝かせる冴島くんに玲乃が小さく笑いかける。ややリラックスしたような表情を見ることができて僕はほっとする。 「2人ともありがと」  みたらし団子に食いつきがよくなった玲乃を見て僕と冴島くんはにっこりと互いの顔を見合わせた。 「よっしゃ。もっと食うたるで」 「うんっ」  先を歩き始めた冴島くんに僕が駆け寄り、後ろを歩く玲乃に手のひらを差し出した。  玲乃はそれを一瞬眩しそうに目を細めてから力強く握りしめた。ぎゅぎゅ、と玲乃が握りしめてくるから僕も返事をするようにぎゅぎゅ、と力を込めて握り返した。  3人は伏見稲荷近くの店で最中や大福、いちご飴やマスカット飴を食べてまったりとくつろいでいた。  15時から近くの観光客向けの店で生八ツ橋作り体験に参加する予定のため、3人はそれまで休憩をとることにした。  休憩している間、冴島くんが聞きづらそうにに玲乃に声をかけた。 「玲乃ってさ、所謂クズ男キャラやんな? あの噂ホントなん? 女をとっかえひっかえして一夜限りの関係を何人もの女と重ねてるっちゅうやつ……」  僕は冴島くんの質問に玲乃が怒るんじゃないかと思ってはらはらして2人の動向を見守っていた。すると玲乃は「ふは」と軽く乾いた笑い声を洩らす。 「それも全部フェイク。女のついた嘘が広まって噂になっただけ。俺、そんなことするような男に見える?」  ごく、と冴島くんが生唾を飲み込んだ音が僕には聞こえた。直後、冴島くんはニカッと笑って玲乃の肩に手を置く。 「み、見えてまう……すまんな。見た目ええからそっちも遊び人なんかと思うやつ多いんとちゃうか? なあ、守須もそう思うやろ?」 「へ?」  不意打ちの問いかけに僕はびくっと肩を跳ねて反応してしまう。冴島くんは同調を求めるようにじっとこちらを見つめているし、玲乃は表情の読めない顔で僕を見つめている。深く息を吐いて、震える唇から本心を口にした。 「僕は玲乃がクズだとは思わない。見た目はたしかに遊び人に見えるけど、本当は繊細だし、寂しがりやだから。その噂も嘘って知れて僕はうれしい」  大丈夫。ちゃんと玲乃の目を見て言えた。僕の気持ちが伝わるといいな。  僕は玲乃の反応が気になって仕方がなかった。 「……睦はやっぱりお利口さんだね。100点満点花丸の解答。冴島は睦の解答見習ってね」  先程まで張り詰めていた空気がぷつんと切れたように玲乃の表情が柔らかくなった。冴島くんは「すまんて」と笑いながら謝っている。僕はそれをほっとした気持ちで見つめていた。 「おー。お前らも生八ツ橋作り体験に参加するのか」 「葉月先生!」  伏見稲荷から出てきた葉月先生に突然声をかけられたので3人は驚きその場で姿勢を正す。 「葉月センセはおひとりで参加するん?」 「あー。まあ優雅なおひとりさまというやつだ」  ぽりぽりと後頭部をかきながら葉月先生がぼやく。ちょうど受付の時間も迫っていたので4人で店まで向かうことになった。 「よー。守須。これやるよ」 「……ありがとうございますっ」  葉月先生に手渡されたのは熱中症予防のための塩飴だった。葉月先生は普段はテキトーに見えて、細かい気配りのできる頼りになる担任なのだ。 「先生。俺には?」  ジト目で見つめる玲乃の視線に耐えかねて葉月先生はリュックから塩飴を取り出し玲乃の手のひらいっぱいに載せる。 「へいへい。主濱と冴島の分もあるぞ」  葉月先生は「あちー」と言いつつ日傘をさして歩き出す。冴島くんと玲乃、僕は日傘を持ってきていなかったのでこっそり葉月先生の日傘でできた影に身体を入れた。

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