52 / 63

第52話 告白と花火がひらひら舞う

「……睦。ちょっと外、散歩しよ」 「え?」  玲乃に腕を引かれ、そのまま部屋を出た。ホテルの玄関先まで来て、ようやく手を離してくれる。  外の空気はもわっと生ぬるく、夏の匂いがした。黙って玲乃の背中についていくと、花火大会が行われる川辺へと誘われる。  花火見物の人たちが敷いたレジャーシートが、川沿いに点々と並んでいる。その一番端、石段の空いている場所に玲乃が腰を下ろした。僕も少し距離を空けて、同じように座る。  川のせせらぎだけが静かに耳に届き、夏の夜の闇に包まれている。  隣で、玲乃が大きく息を吸い込む音がした。 「睦。聞いて」 「……うん」  いつもの余裕のある玲乃とは違って、どこか緊張しているのが伝わってくる。額を伝う汗が、花火の灯りに微かに光った。 「俺が今まで睦にしてきたこと、その理由……知りたいんだよね?」  確かめるような視線に、僕は小さく頷く。すると玲乃は、僕の手のひらをぎゅっと包み込むように握った。 「好きなんだ。睦のこと」 「……っ」  その瞬間、川辺から試し打ちの花火が上がった。  夜空に咲いた淡いピンク色の輪が、きらきらと揺れている。花火の光に照らされた玲乃の横顔が、少しだけ赤く染まって見えた。 「睦は、俺のことを『内緒の友達』だと思ってくれてたみたいだけど」  玲乃は小さく、照れたように笑う。 「俺はずっと、睦に意識してほしくて接してきたつもりだった」 「……意識?」 「そう。友達以上だってこと、伝えたかった。でも睦が全然気づいてくれないから……少し強引になったこともあった」 「……そう、だったんだ」  信じられなくて、目を見開く。胸の奥から、じわじわと熱いものがこみ上げてきた。  玲乃が、僕を友達以上に思ってくれていた。  放課後に見せる甘えた態度も、距離の近さも──全部、好意だったんだ。  気づいた途端、頬が一気に熱くなる。昨夜の添い寝も、今日のお風呂も、全部『特別』だったのだと今さら理解してしまう。  積極的に気持ちを示してくれていたのに、それに気づかず、自分の想いに蓋をしていたのは……僕のほうだった。 「睦のこと、大好き。この世で一番好き」  両手で包まれた僕の手は、少し震えていた。僕はその手を、そっと握り返す。勇気を振り絞り、玲乃の目をまっすぐ見つめた。 「……僕も、玲乃のこと好き。小さい頃から、ずっと」  言葉が、喉につかえそうになる。 「でも……玲乃は人気者で、高校生インフルエンサーで……それに、僕は男だし。好きって言ったら、もう二度と傍にいられなくなるんじゃないかって……怖かった」  最後は声が震え、涙が滲んでいた。  玲乃は何も言わず、そっと顔を近づけてくる。高い鼻筋が、僕の鼻先に触れた。 「泣かないで。睦には、笑ってる顔が一番似合う」  次の瞬間、唇にふわりと柔らかい感触が触れた。  温かくて、やさしくて、すぐに離れてしまう短い口づけ。胸の奥に、じんわりと余韻だけが残る。 「ほら。泣いてる子には、こうして安心させてあげないと」  悪戯っぽく僕を覗き込む玲乃の瞳は、嬉しそうに細められていた。 「いいな」と僕は思った。 ずっとずっと幼い頃から抱き続けてきた気持ちを、ついに伝えられた。大好きだと口にできて、初めてのキスもして──心が今にも天に昇りそうなほど、嬉しくてたまらなかった。 隠し続けた日々は、本当に辛くて苦しかった。だけどその時間があったから、僕は玲乃のいろんな表情を知ることができたんだ。 学校で見せる気だるげで不機嫌そうな顔も、放課後に僕だけに見せる甘えた仕草も、はにかむような笑顔も、甘く低い声も──。 全部、玲乃の一部で、かわいいところもかっこいいところも、独り占めできるのは自分だけだと気づいた瞬間、嬉しさで胸がいっぱいになり、気づけば僕は玲乃の腕の中に飛び込んでいた。 一生分の勇気を振り絞り、玲乃の胸に顔をくっつける。最初は少し驚いていたようだけど、すぐに背中に手を回して頭を優しく撫でてくれた。その手のひらの温かさと柔らかさに、僕は自然と力を抜いて身を委ねる。 「僕も好き。大好きだから、離れないで」 「うん。離れないよ。これからもずっと睦と一緒にいる」 どんどん、と夜空に花火が上がる。川辺に座る人々の歓声と色とりどりの光が、夏の夜を染めていた。 「玲乃と見る花火、初めてだね」 「これから何度でも一緒に見に行こう」 上を向いた瞬間、玲乃がそっと唇に触れてきた。短く、柔らかく、優しいキス──心臓がぎゅっとなるくらいに甘くて、胸がいっぱいになった。  花火の光が僕たちの間に漂う。息が重なり、互いの温もりを感じる。何度も見つめ合って、笑い合って──それだけで、僕はこの夏のすべてを忘れられないものにした。  高校2年生の夏の終わり、川辺に咲く花火と一緒に、僕たちの思い出も夜空に輝いた。

ともだちにシェアしよう!