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第53話 忘れられない修学旅行

 花火大会が終わり、玲乃と僕は人混みをかき分けてホテルへ戻った。  部屋に入ると、冴島くんの姿はなく、代わりにグループチャットに「お前らどこ行ったん? ぼっち寂しいから隣の部屋に行くわ」と泣き顔の絵文字付きでメッセージが入っていた。  「……ごめん、冴島くん」  僕は少し申し訳ない気持ちになりながら、自分の荷物をまとめる。修学旅行最終日に向けて、忘れ物がないか念入りにチェックした。玲乃と僕の荷物は整理整頓されていたけれど、冴島くんのベッド周りだけはスナックの袋や服が散らかっている。  「……結構汗かいちゃったな」  じめじめした外の暑さのせいで全身に汗がにじんでいた。ボディーシートで拭こうか迷ったけれど、いっそ髪も洗いたくなり、浴室へ向かうことにした。  脱衣所のドアを閉めてTシャツを脱いでいると、玲乃がやってきた。手には泡洗顔のボトルやパックを持っている。  「なっ、なんで……!?」  僕は慌てて脱衣所の隅に移動する。玲乃はにっこり笑ったままスラックスを脱ぎ始め、僕は背中を向けて立ち尽くす。汗が顔からだらだらと流れ、落ち着かない。  「俺も汗かいたからシャワー浴びようと思って。一緒に入ろう」  「いや……それは……ちょっと恥ずかしいよ」  僕がもごもごと言い訳すると、玲乃は残念そうに眉を下げて笑った。  「そう? 残念」  そう言って浴室に入る音が聞こえる。シャワーの水音が響く中、僕はその場にぺたんと座り込んだ。  さっき告白したばかりで、一緒にお風呂に入るのはさすがに恥ずかしい。でも、誘ってくれたことは嬉しい……。複雑な気持ちが交錯して、僕は少し混乱していた。  そのとき、部屋の玄関ドアが開く音がして、僕は硬直した。  冴島くんが帰ってきたのだ。慌ててバスローブを羽織り、脱衣所の外へ出る。  「守須ーっ! なんでお前と玲乃は部屋にいなかったんや!? 男3人で花火を見るためにお菓子も買ってきたのに。ずっと待ってたんやで!」  冴島くんは咥えていたスイカバーを手に持ち直し、僕に向かって振りかざす。  「ちょっといろいろあって……ごめん」  僕は謝りながら、どうにかごまかす。  「まあ、隣の部屋の奴らと見れたからええけど……玲乃は? あいつどこや?」  「あっ……玲乃なら今シャワー浴びてる」  「ふうん。お前もバスローブ着とるっちゅうことは、シャワー浴びたんか?」  じろりと僕のバスローブを見つめる冴島くんに、僕は苦笑しながら曖昧に答えた。  「今、ちょうど順番待ちなんだ」  「そうなんや。じゃあ俺はアイス食べて、歯磨きして先に寝るわ。明日の朝早いしな。お前らも早く寝るんやで」  鼻歌混じりに自分のベッドへ戻る冴島くんを見て、ほっと息をつく。どうやら突っ込みはないようだ。  「お待たせ」  シャワーを浴び終えた玲乃が脱衣所から出てきた。上半身は裸で、下には灰色のスウェットを履いている。露天風呂の湯気で見えなかったけれど、玲乃の腹筋はきれいに割れていて感心してしまった。顔には白いパックをつけていて、旅行先でも美容に気を使っているのが伝わる。  「早く浴びてきな。汗冷えしちゃうから」  玲乃にバスローブ越しに背中をぽんと押され、僕は慌ててシャワーを浴び、全身の汗を流した。  修学旅行3日目の朝、目覚めは驚くほどすっきりしていた。  昨晩はシャワーを浴びた後、玲乃が顔のパックを一枚、僕に貼ってくれて、そのままうとうとしてしまった。僕が眠ってしまったのを見て、玲乃はそっとパックを外してくれたみたいだ。  今は玲乃も冴島くんもまだ寝ている。  ベッドの中で大きく伸びをしてから、スマホを手に取り、3人のグループチャットを見返す。アルバムには、修学旅行の写真や動画がいっぱいだった。  冴島くんがふざけている写真、観光名所でモデルのようにポーズを決める玲乃、そしていつ撮ったのか分からないけれど、冴島くんが撮ったであろう僕の寝起きのふにゃふにゃした顔……。  どの写真も、修学旅行の思い出がぎゅっと詰まっている。  2人が起きてから、僕たちは朝食のビュッフェへ向かった。最後のホテルでの朝ごはんをお腹いっぱい食べ、チェックアウトを済ませる。  その後はお土産屋さんで買い物。  冴島くんは家族用にご当地グルメの缶詰や漬物を両手いっぱいに抱え、楽しそうだ。  僕と玲乃は一緒に店内を歩き、家族へのお土産を選んだ。  新幹線で東京へ帰る間も、修学旅行の余韻は消えず、3人で冴島くんの持ってきたトランプを楽しむ。  葉月先生は引率で疲れたのか、座席に背をもたれて眠っていた。  東京駅に着くと、それぞれ解散。  冴島くんと別れ、玲乃と僕はタクシーで自宅へ向かう。  キャリーケースにはお土産がいっぱいで転がすのも大変だから、タクシーで正解だった。  午前中はまだ見慣れない京都の街にいたのに、夕方にはいつもの通学路が見えて不思議な気持ちになる。  「キャリー、俺が運ぶからエレベーター開けて待ってて」  「うん。ありがとう」  マンションの下にタクシーが停まると、玲乃の指示で先にエレベーターのボタンを押し、彼を待つ。  程なくして玲乃がキャリーケースを2つ引いてエレベーターに乗り込み、すうっと上階へ上がっていく。  それぞれの部屋の前に着き、鍵を開けようとしていると、玲乃が真剣な顔で名前を呼ぶ。  「睦。荷物置いたら、俺の部屋で休憩しよ」  「……うん。また後でね」  手を振って自分の家の玄関に入る。  「ただいま」  返事はいつも通りない。そう思っていたら、廊下からぱたぱたとお母さんが駆け寄ってきて、目を丸くして驚く。  「お母さん、今日仕事は?」  「おかえり。睦が修学旅行から帰ってくるの心配だったから早番にしてさっき帰ってきたところなの。どう? 楽しかった?」  お母さんが僕のキャリーケースを持ち、部屋まで運んでくれる。  僕は自然と笑顔になって、「うん! すごく楽しかった!」と答えた。  このあと玲乃の家に行くことを伝えると、お母さんは笑顔で「いってらっしゃい」と見送ってくれた。

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