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第1話

1話 青天の霹靂  ボロい天井。ギリギリのところで雨漏りがないだけありがたい。  ちゃんと締らねぇ水道。水がポタポタ落ちるのが勿体無くてバケツ置いてる。  電源のない洋式便所。冬場と朝方は尻が冷たくてびっくりする。  そんなんでもここはオレ、如月玲央(きさらぎ れお)の城。家賃3万円のそれなりに駅近、格安物件である。  ――いや、城とか言ってみたけど、布団敷いちまったらほぼ埋まる6畳のアパートなんだけどな?  壁は薄いから隣のテレビとかよく聞こえるし、上の階から椅子を引く音だとか、走り回る音だとかもよく聞こえる。  それなりの値段のところには、それなりに礼儀があるヤツが住むように、この値段帯には、それなりの値段帯のヤツが住む。世のことわりを見てしまって悲しくなった。  ――ガチャガチャガチャ!!  突然オレの家のドアノブが回される。当たり前でが家主はオレ1人なわけで、得体の知れない恐怖が背中を上る。  もしかして、先週こっぴどい理由で振った女に家突き止められたトカ?  いやいやいや、それはあり得ない、あの女には港区の高層マンションに住んでいると法螺吹いたわけだし。……信じているかどうかは知らねぇが。深い話をする前にヤっちまったから捨てたんだった。  相変わらずガチャガチャうるさいノブに、痺れを切らせて、玄関まで近づく。  ベニヤ板の様な薄っぺらい扉に、ドアスコープなんて便利なものはついていない。  心許ないチェーンをかけて鍵を開ける。開けた瞬間、ガッと伸び切るチェーンに悲鳴をあげた。 「ギャー!!」 「あれ?」 「俺ん家から人?」なんとも寝ぼけたことを言っているドア越しの人間はそれなりに知っている。隣の家の鷹巣 陽(たかす・よう)とか言った。  いつも朝方からスーツを着てどこかに行く姿を何度も見ている。黒髪を、七三分けしているところも合わせてみるに、なかなか生真面目な性格なんだろう。 「鷹巣さぁん、ここオレん家ですわぁ、アンタん家、と・な・り」  トントンと薄い壁を指の骨で叩く。その姿にまだ現状が理解しきれていない鷹巣は仕切りに、あれ?だの、はえ?だの言っている。  なんだこの男、めんどくせぇ。埒が開かないじゃあねぇか。勘弁してくれよ、シコって寝ようと思っていたのに。  ムラムラとイライラ、その両方に苛まれ目の前の男がなんだか恨めしい。  ……そうだ。少し嫌がらせ、してやろう。  作戦はこうだ、親切なふりして、扉を開け、鷹巣を自宅に返す。その隙にかばんか何かに、昔罰ゲームで買わされたアナル用ディルド(未使用)を入れといてやろう。  翌朝、鷹巣が目覚めた時に大声を出すなりして驚けばいい。完璧に面白い作戦だ。そうと決まれば、鷹巣にプレゼント(意味深)する、ディルドを持ってこよう。 「鷹巣さ〜ん?大丈夫ですか?今、いきますから〜」  オレは部屋の奥からディルドを持ち出し、チェーンを外して扉を開けた。  目前に現れた鷹巣は、目が座っており、少し顔が赤い。おまけに体から酒の臭いを漂わせている。明らかに『飲まされすぎました』と顔に書かれている。 「鷹巣さん?お酒弱いんですかぁ〜?ダメじゃないですかぁ」 「いやはや、面目ない」 「しっかりしてくださいねェ〜。それに、2回目ですけど、アンタのお家隣っすよ」 「?」  自宅は隣だと、何回言い聞かせても納得しない鷹巣に痺れをきらしそうになる。いや、耐えろ玲央。今耐えれば明日の大爆笑は約束されている。 「も〜、鍵開けますから、カバン貸してください」  そうだ!このまま!カバンにディルドを入れればいい!任務遂行まであと一歩である。  大人しくカバンを渡した鷹巣から、振り返り鞄を漁る。鍵を探すふりをして、ディルドを下に入れ込んだ。 「ほらァ、鷹巣さん、鍵……」 「ありましたから」そう言おうとしたのに、急に口と手を拘束されて、自分の家に引き摺り込まれる。見知った玄関で突き飛ばされれば、鍵は呆気なく閉められ、カバンも手元から消えていた。    ――何が、起きた?呆然と冷たいフローリングから上を見上げれば、目元に影を落とした鷹巣。状況がイマイチ飲み込めず、「あの〜」だとか、「え?」だとか短い言葉ばかりを発してしまう。 「やっと……」 「?」 「やっと手に入ったぁ……♡」 「ヒッ……!」  しゃがみ、オレに目線を合わせた鷹巣は、目元だけではなく耳まで蒸気させ、だらんとただらしなく双眸を蕩してオレを見ている。  隣人に向けるにはあまりにも異質な表情に、腰が抜け怖気付いてしまった。 「長かったなぁ♡俺、ずっと玲央くんが気になっててね」 「鷹、巣さん……?」 「女の子と付き合ってるの知ってたから、一回は身を引こうと思ってたけど、やっぱり遊びだったもんねー、嬉しかったよ」 「また、フリーになってくれて♡」そう言いながらネクタイを緩め始める。シュルシュルと青色のそれが解けたと思ったら、急に腹の上に馬乗りになり、両手を上で拘束される。 「は!?」 「あ、そうだ」  俺の上から、傍に落ちたカバンを手繰り寄せ、中身をゴソゴソと見始める。あ、まった、その中は……。  青ざめるオレを他所に、鷹巣はおかしそうに目を歪めた。 「ディルドじゃん。これ、俺が見つけてびっくりさせたかったの?」 「発想、可愛いー!♡」馬鹿にした様に、取り出したディルドをペチペチとオレの顔に当ててくる。 「コレ、玲央くんの私物?使ったの?」 「は!なわけ!!!」 「へぇ」品定めする様な声色と表情に、色々なものが縮こまる。 「じゃあ、使い方、教えてあげるよ♡」  鷹巣が言い出した、一言。コレが最悪の幕開けだった。オレは取り返しのつかない人に執着されたらしい。

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