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04.「あの時は目元見えなかったけど会ってみたらすぐ分った、巫男だって」
儀式のしきたりに従い、結局俺たちは最後までお互いの顔も知らぬまま別れた。
お盆期間は終わっていたから早めに学生寮へ戻り、大量に残った宿題を片付けるだけの夏の残り。
今年は夏祭りで遊ぶことなどできなかったし、隣県の大きな花火大会にも行けなかった。
海にも行けていないし、キャンプや川遊びもできなかった。
まだ村の人たちと顔を合わせるのなんとなく気まずかったし、母さんの目も気になった。
それに――未だに俺を見る父さんの目が、息子を見るというよりは性的な対象としてのメスを見るようなぬちゃりと湿り気を帯びたようなものに思えて居たたまれなかった。
だから寮へは早めに戻った。
俺が帰寮した頃は戻っている寮生は少なかったけど、運動部の人らは部活が始まるから戻り始めている。
俺があの祭りの夜に何をしていたか、ここに居る奴らは何も知らない。
あの夜、媚薬酒など飲まされながらも、わずかでも神が降りてきた瞬間なんてあったのだろうか? 俺すら知らない。
ただあのセックスの余韻はいつまでも俺の中から消えて行ってくれることはなく、まるで片想いの相手を思い浮かべるようにして顔も知らないツガイ役を思い出してしまう。
そして夏休みも終わり――ひと月が経過した。
俺はゆっくりと日常に戻ろうと、少なくても昼の間だけはあの夜のことを考えないように努めていた。
◇
高校での部活動はしていなかった俺が放課後に校内に残っているのは、2週間に一度の委員会の仕事がある当番日だけだった。
帰宅部は割と当番や負荷の多めな委員会を押し付けられることが多い。
特に俺は頼まれたらなかなかはっきり断れない性格も災いしているのだろう、寮生で登下校の時間があまりかからないこともあって保健委員だけでなく美化委員の仕事も押し付けられてしまっている。
つまり、週に一度はどちらかの仕事がある。
ちなみに今日の仕事は、美化委員の定期巡回だった。
面倒なだけで難しい仕事はないけれど、今日は月に一度美化委員全員で普段なかなかチェックできない特別教室とか倉庫とか設備などを見回る定期巡回日だった。
2人1組での巡回で、俺はいつも何かと話しかけてくる(くれる?)2年男子の先輩と一緒に周る。
北校舎西の3階から1階にある美術室やら視聴覚室やらを周って、体育館、体育館脇にある下駄箱やら更衣室。
体育館近くを歩くと、普段あまり接することの少ない運動部員たちが多くて、俺は意味もなく緊張する。
俺はどちらかというと陰キャって言われる部類だし、友だちも多い方じゃない。
先輩で仲良くしてくれてるのも、今日一緒に組んで周ってくれてるこの人くらいだし、寮で同室の奴ともそう打ち解けてるとは言いづらい。
愛想の足りないメガネってだけで何故か真面目だと思われがちぽいけど、そんなに成績優秀って訳じゃない。
せいぜい半分よりちょっと上の順位くらい。
身体を動かすのは苦手だから当然中学でも運動部に入ることはなかったし、かといって絵と書道とか一芸に秀でてる訳でもないから帰宅部選んでるし。
先輩は割と陽キャのコミュ強だから友だち多いみたいだけど、俺みたいなのにも話しかけてくれるタイプだからどこまでが友だちでどこからが知り合いなのか見ていて良く分からない。
体育館の周り廊下を歩き、更衣室へ向かう。
チェックするのは清掃状況と、備品の破損がないか? と、清掃道具が足りているか? 壊れていないか? あとは、忘れものや放置物の有無。
チェックリストをひと通り見て、問題なく終わる。
ゴミ箱の中身が片づけられていなかったけど、これは今週の清掃当番クラスに引き継ぐことになってる。
「ここのゴミ箱あんま触んない方がいいよ」
先輩の言葉に首を傾げた俺に、
「結構ここでこっそりヤッてる奴いるみたいで、そういうティッシュとかゴムとか捨てられてるらしい」
とんでもない情報を言い出した先輩に、
「噓でしょ!?」
って敬語忘れて言ったら、「マジw マジw」って笑ってた。
そんな学校で!? とか、俺なんて彼女すら居たことないのに!? とかパニクるけど――まあ、セックスしたことがない訳じゃない……と、スンとなる。
「オマエ潔癖ぽいもんな~」
なんて揶揄 うように言われるけど、今まで色恋沙汰に縁がなかっただけでグチャグチャなセックスの経験だけはある……とか、とてもじゃないけど言えないけど。
この時間になるとみんな部室を使うから、更衣室の鍵を閉めて廊下に出る。
内廊下にあたるここは陽も差し込まないので、他よりは少し涼しい。
風が通らないと暑いに変わりはないけども。
内廊下に並んだ下駄箱も、体育館シューズを履くために脱いだ上靴を入れておくためのものだから、大して汚れていないし破損も忘れものも無し。
「そういえばさー、●●神社の祭り行ったんだよ俺。ワンチャンでオマエに会えるかも? って」
「えッ?」
チェックリストを再確認しながら言う先輩に、俺は驚いて振り向く。
●●神社というのはうちの村の神社で、つまりはその祭りというのが俺が神儀の伽 を行った祭。
「だって夏休み遊ぼーって誘おうと思ってたのに、終業式の前から居なくなるし」
どこか拗ねたように言う先輩に、俺は気まずく作り笑いを浮かべる。
「母方の祖母 さんち行くことになっちゃって、俺は祭りいけなかったんですよね」
対外的にはそういうことになっている理由を述べると、今度こそ連絡先を教えるように迫られた。
確かに前にも訊かれたことはあったけど、本気で訊かれているとは思わず流してしまったんだった。
こういうところが俺のコミュ力の乏しいところだと思う。
数少ない俺のツレだってみんな寮生だからいつでも会えるし、休みの日まで一緒に出掛けるとかないから敢えて連絡先を交換するとかしてない。
もしかしたら俺以外の奴らでグループトークとかしてるのかも知れないけど……。
それにしたって……あの祭りの夜に、先輩もあそこに居たんだ? ってことにドキリとした。
俺が居たこと自体気づかれていないのだから何も慌てることなのないのだけど、何となく尻の据わりが悪いと言うか、気まずいと言うか。
「最後の大太鼓の乱れ打ち凄かったよな~」
思い出すように言う先輩に、今度の俺はギクッとして固まる。
あの音と響きでメスイキしたとか、バレたりするはずないのに顔が強張り引き攣った。
だけど先輩はそんなこと気づいた素振りもなく、「これで全部周ったかな~?」とか言いながら明るい方へと歩いて行く。
俺は自分が不審な動きをしてるって分かってるから、明るい方へ行くのが躊躇われて仕方ない。
体育館の周り廊下から北校舎へ続く渡り廊下に差し掛かると、運動部の面々が帰り始めていることに気づいた。
「おっ、サッカー部! わが校唯一の全国枠。今年は予選敗退で残念だったけど、1年でレギュラー入りしてるやついるんだろ?」
訊かれても、俺がサッカー部1年について詳しい訳がない。
弱って言葉を探してると、
「噂をすれば~……名前何だっけ?」
先輩の向く方に視線をやったけど、分かるはずもない。
ただ何となく、見たことがあるような気がする顔。
中学も違うし今のクラスも違うから名前とか分からないが、寮生だったような気がする。
そこには女子も含めて5人ほど固まって歩いてる姿があったが、先輩が言ってるのは誰のことなのかすぐに分かった。
なんていうか、デキるやつって見た目も違うじゃん。
背も1番高かったし、体つきもがっしりして、5人の中でも1番目を惹いた。
夏のあいだずっと外で活動していたのだろう日に焼けた肌はそれだけでカッコ良さ上がって見えるし、サッカー部ってたぶんめっちゃ足も速いんだろうな。
仲間内でわいわい打ち解け合ってる感じとか、たくましい肩に掛けられた汗まみれのユニフォームを詰めたスポーツバッグとか、彼の近くで笑ってる女子に恋されてるんだろうなって視線とか、むしろ彼女なのかな? って距離感とか――何もかもが、俺とは違う世界の人たちって感じする。
上靴の俺たちと、スニーカーで校門へ向かう彼らと、渡り廊下の途中ですれ違うだろうことに気づいて何となく譲るよう、俺らは足を止めた。
「あ、思い出した! ツガイくんだ」
「――えっ?」
先輩の言葉に、思わず振り返り声を漏らした俺は、ただ反射のように反応してしまっていただけ。
「ツガイ?」
「菅井 くん」
言い直され聞き間違いだったと気づくなり恥ずかしくなって、きっと俺の顔は赤くなっただろう。
だけど言い訳をする間もなく、
「巫男 ?」
声に、ゾクッ♡ と身体が背すじを這い上がる衝動と一緒に、掴まれた手首に目を見開く。
「あれ? 知り合いだった? ミコト」
先輩は言うけれど、彼は確かに「ミコ」と言った。「巫男」と。
一瞬の躊躇いのあとに、俺は顔を上げ俺の手首を掴んだ彼を見上げる。
俺より上背のある、日に焼けた精悍な顔立ち。
熱くて大きな手は力強い。
「同高だったとか……」
ツガイ役が俺に訊かせていたのは内緒話のような囁きばかりで、低く呟くようなそれが同じもだとははっきり言えなかったけど、
「あ……え、と……ひさしぶり?」
俺はここでもコミュ症を発動して、上手く笑えず上手く話せなかった。
だけど彼の目が――菅井くんの目が、はっきりと俺を見つめて離さないのに、全身の細胞がざわめくような喜びに、俺の鼓動以外の周りの音が一切聞こえなくなっていることに気づいた。
◇
菅井 くんも寮生で、だけど部屋は離れてた。
夕飯が終わってからの学習時間に自室を抜け出して、俺たちは食堂の隅でノートを広げ自習しているふりをしながら対峙した。
菅井くんは2個隣のクラスで、サッカー部の1年レギュラー。
男村だという谷向こうの村の生まれで、近隣の町内のやっぱり俺とは違う中学出身。
一緒に歩いていたうちの1人はやっぱり彼の彼女で、中学の時から付き合っているらしい。
俺は夏休み最後の日に、彼の村に行ったことがある。
ダメ元で、村の人に『ツガイ役』について尋ねたけれど、何も教えてはもらえなかった。
俺が女村の『巫男 』だということは誰も知らないはずなのに、尋ねた人みんなが諒解しているみたいな表情で穏やかに笑ってた。
祭りの後に『巫男』が『ツガイ役』の素性を探しに来るのはよくあることなんだろうか?
結局何も分からないまま、当然彼に会えるはずもなくて、俺は羞恥しながら学生寮へ戻った。
たぶんきっと、その頃には彼もこの学生寮に戻っていたのだろう。
そうして彼は、ずっと俺の近いところに居たんだ。
菅井くんは俺がツガイ役の村を訪ねたことまで知っていた。
誰か村の人に聞かされたのだろう。
それも恥ずかしくて顔を伏せた俺に、
「逃したから、もう会えないかと思った」
菅井くんは言って、テーブルの上の俺の手を握った。
思わず手を引っ込めて周りを見回した俺に、菅井くんは平気な顔してる。
こんなことして、誰かに噂されたらどうするんだろう? って思わず軽く睨んだ俺に、一瞬顔を背けてから向き直って笑う。
「やっぱ可愛いーな、オマエ」
笑いながら言われても、小バカにされているように感じる。
こんな意地悪な奴だったのか? って思いながらも、あの夜はもっと意地悪なこともされたと思い出し、顔が熱くなる。
「ミコ、って本名?」
「違う、尊 ……が名前、下の」
そうでなくても彼の声は俺の身体を喜ばせるから、話しかけられるだけでドキドキする。
「ミコト? 巫男 だから?」
「巫男は5年後にまた、違う人もなるし」
「まあ、そっか」
「菅井くん家は……」
「ツガイ様って呼んでくれねーの? また」
「呼ばない」
「あっそw」
またバカにされてる。
だけど揶揄 うようなその言葉さえ嬉しくなるのはなんでだろう。
こうして話しかけてもらっているだけで、構ってもらえるだけで嬉しくなってしまう。
「ツガイ役も家の家系からとかって訳じゃないから、たまたまグーゼン呼び名が似てただけ」
それでも俺の意図したことを答えてくれたのに、
「そっか……」
俺はそんな答えしかできずに会話を止めてしまう。
「――ガッカリしたんじゃないかな、会ってみたらこんなだし」
「こんな?」
「メガネだし」
「メガネは好きでしてんじゃないの? 嫌ならコンタクトにすれば? 俺はどっちでもいいけど」
卑屈なこと言った一言を3倍で返されて、また黙ってしまう俺に、
「あの時は目元見えなかったけど、会ってみたらすぐ分った、巫男 だって」
今度は思いがけぬほど優しい声が掛けられて、ときめいてしまう俺は自分でもちょっと気持ち悪いと……え?
……目元?
……って、目元どころか俺たちは、互いに目隠ししていて、
「目……隠してたよね?」
「うん、目隠ししててもトロ顔可愛かったけど」
「え? 菅井くんも、してたよね? 目隠し」
「あッ! ――あ~……オジサンたち引っ込んだら、すぐに外して、っていうかズラして見てました! 神主さん来た時は慌てて直したけど、ずっと見てたミコトのこと」
「見……て?」
「うん♡ すっげぇエロいミコトをずっと見てたから、ドすけべ過ぎて興奮ヤバかった♡」
「ぅえええええええええええええええぇッッ!?」
思わず声を上げていたのは、言われたことが色んな意味で信じられなかったから!
えっ?
目隠しズラしてたって、ズルじゃん!!
神事のしきたりなのに!?
平気で破れちゃうの!?
罰 とか怖くないの!?
しかも……しかも、俺のこと全部見てた、って……やだ、やめろよ、そんな……あんな姿を……恥ずかしくて、死ぬ!! 死んじゃう!!
だって、だって……。
「最初はちょっとだけ覗き見るつもりだけだったんだけど、ミコトがあんまりにもエロ可愛いから、我慢できなくて……ガン見してました!! あと、目隠ししてる相手に好き放題できちゃうって背徳感もヤバかった!! とにかく俺にめちゃくちゃにイカされるミコトの姿を目に焼き付けながら、ますます勃起止まんなくなる永久機関最高だった!!」
「信じらんない……しんじらんないしんじらんないしんじらんない……」
「怒った?」
「当たり前だろっ!!」
「怒った顔も可愛いな♡ はぁ~~、セックスしてぇええ~~」
「彼女いるんだよね?」
「何となく惰性で付き合ってるけど、ミコトがヤラせてくれるなら別れてもいい」
「ばっ……、なに、それ」
「口元ゆるんでるよ♡ 俺とヤリたい?」
「ちっ、違くて……」
「それとも、犯 られたい?」
その言葉に、声に、ビクッ! と震えちゃったのに、もうバレバレなの言い訳ができない。
ノートなんて広げてるだけで自主勉なんてしてない俺たちは、周りから見たらどんな風に見えるのだろう?
さっき大声出しちゃったし……。
でもまさか、一晩かけてグチャグチャな雄交尾 した2人だなんて……誰も思わないんだろうな。
「あれから、毎晩オマエ犯す妄想で抜いてる」
ビクッ! って震えちゃうの、俺は恥ずかしいくらい誤魔化せてない。
「だ、から……彼女居るんでしょ?」
「彼女とか関係ない、今はオマエを犯す話してんの」
ヒッ♡ って変な声出そうになって、口を押える。
ゾクゾク♡ すごくって、涙まで浮かんできた。
「あ"ー♡ そんな目ぇしてたんだ?」
「そんな……って」
「メチャクチャニシテ♡ って瞳 」
「こ、こんなとこで何言って……」
「キスしたいな?」
「……ッ」
「オマエもしたいよな?」
「……ンぐ♡」
「いっぱいいっぱいシたもんな?」
「ま……って、ちょっと待って……俺、そーいうんじゃ……」
「顔真っ赤にして、涙目で、今にもチンポクダサイ♡ って言い出しそうな表情 してんのに?」
「ちが……」
「違わない」
言い切られて黙っちゃったの不覚だったけど、近くに人がいないとはいえこんな共用スペースでそんな赤裸々な指摘されて言葉を失うのは仕方ないことだと思う。
それに俺だって、あれからあの夜のこと思い出して……菅井くんのちんぽ思い出して自分でケツほじる指止められなくなってるんだから――きっと考えてることは同じ。
「夏休みの間にうちの村来たって聞いて、内心浮かれた」
それを知られていることは俺も再会を望んでたってこと知られてるってことで、変な汗が浮かぶ。
俺のことジッと強く真っ直ぐ見て来る目から視線から逃げ出すようにイスから腰を上げかけて、ガシリと手首を掴んで来た手に思わず悲鳴が出そうになって、
「そんなのいじらしいッつーか、愛しいッつーか……欲しくなるじゃん」
そう言ってニヤリと笑った菅井くんが、殺すように押し込めるように笑った声はあの夜の熱を思い出させる。
俺の手首を握る手は強くて、今度こそ振り払えそうにない。
「今すぐにでもオマエをブチ犯したいけど、場所ないからな~」
最後は弱ったように言いながら眉を歪める仕草は、同い年なはずなのにやけに色気を帯びていてドキッとして。
そのとき俺の脳裏によぎった、あの更衣室。
ゴミ箱に捨てられるコンドーム。
皆こんなヤリ場のない欲望を抱えて、あの部屋に向かうのだろう。
他にもそんな場所は存在しているのかもしれない。
触るなと忠告してくれた先輩には申し訳ない気持ちになったけど。
期待にゴクリと鳴った俺の喉に――手首を握る菅井くんの力は緩んだけど離れてはいかなかった。
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