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第1話

 僕の友人の名は北村一磨(きたむらかずま)。高校入学と同時に出会った、とても仲の良い親友だ。  彼は3年前、大学2年生の時に芸能事務所にスカウトをされた。一磨自身は芸能界に興味はなかったが、僕が『凄い! やってみなよ!』と言ったら、少し興味を持ったようで、軽い気持ちでそのスカウトを受けた。飽きたら直ぐ辞めるくらいの覚悟で。でも運が良いことに、一磨の事務所は、多くの人気俳優や歌手を輩出しているかなりの大手事務所だった。一磨も、ドラマの端役から始まった芸能活動だったが、あれよ、あれよという間に頭角を現し、今では、ドラマや映画の主演を務めるほどの大人気ぶりだ。  こんな遠い存在になっちゃうなんて……。  確かに一磨はめちゃくちゃ格好いい。スカウトされた時は、ついに来たなと思ったくらいだから。僕が一磨を芸能界の道に勧めたのは、こんな輝かしい存在が、このまま誰の目にも止まらず終わるのは本当にもったいないと思ったからだ。  でも、本人はいたって自分に興味がなくいつも飄々としていて、やりたいことも特にないみたいだった。だからこそ、一磨が輝ける道を、親友の僕がアシストしたいというような、かなりお節介で自己中な感情が、あの時芽生えたのは事実だった。  一磨自身も『湊(みなと)がそう言うなら』と、自分の意思などまるでないような態度でスカウトを受けたが、今では、演技の面白さに目覚めたみたいで、この道を究めてみたいという、前向きな欲望が芽生えてきているらしい。それを知った時は、僕のお節介も役に立ったと思えて嬉しくなったが、本音の本音としては、一磨に会えないことが辛くて堪らない、という感情が僕の中で爆発しそうだった。  僕は一磨が好きだ。親友としてではなく恋愛感情として。僕は誰にも内緒にしてきたが、実はゲイだ。もちろん家族も一磨もそのことを知らない。  一磨の前で、自分の感情を押し殺しながら、親友として付き合うのは正直とても辛かった。だからかもしれない。一磨を芸能人にしてしまえば、自分の推しを推すように、遠くからずっと好きでいられると、あの時の僕は無意識にそんな考えも持っていたのかもしれない。  でも僕は、今になってそんな自分に後悔をしている。去年までは月に一回ぐらいは会うことができたが、今年になって会えたのはもう4か月も前だ。最近では、電話は繋がらないし、メールのやりとりも滞っている。いくら一磨を推しとして愛することができても、もし一磨が芸能人になっていなければ、今まで通り親友という形で自由に繋がることができていた。例えそれが叶わぬ恋であっても、そっちの方が何倍もマシだと、今になって思い知るとは……。  僕は苦しい胸を押さえながら、大学のカフェテリアでスマホの画面を見つめた。僕、桜井湊(さくらいみなと)は、大学院に在籍していて、将来はマスメディア関係の仕事に就きたいと思っている。言い訳に聞こえるかもしれないが、決して一磨を追いかけてこの業界に進みたいと思っているわけではない。僕は昔からラジオが好きで、ラジオに携わる仕事がしたいという純粋な夢からだ。  僕のスマホにはマッチングアプリで知り合った男性からの返事が表示されていた。 『来週の日曜日大丈夫です。楽しみにしています』 山田勇二(やまだゆうじ) 『了解です。僕も楽しみにしています』桜井湊。  彼はまだ見ぬ、僕の恋人になるかもしれない人。僕と彼は同じようにラジオが好きで、毎週聞いている好きな番組も一緒だった。容姿も清潔で僕好みだし、真面目なエリートサラリーマンだ。多分僕たちはとてもいい感じになると思う。  そう。恋人を作れば、僕は一磨のことを諦めることができるはずだ。会えない苦しみと寂しさからも解放される。僕はこれから、北村一磨という俳優を、一生推しとして愛する道を選ぼうと、強く心に決めたのだった。

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