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(第四章)第1話

 湊とのラブホでの蜜月以来、俺と国仲は映画の番宣で引っ張りだこで、案の定休む暇もなかった。湊とは、あの後二、三度食事ぐらいはできたが、一晩を共にするような時間はずっと取れずにいた。気がつくと、あのラブホでの夜から、あっという間に秋が過ぎ、気が付くと新年を迎えてしまった。  そんな中、奇しくも映画の評判は上々で、同性愛者のラブストーリーを真摯に丁寧に描いているとして、まさかの海外の映画祭にノミネートされてしまうほど評価されていた。多分、監督の力が大きいのだと思う。監督は俺と国仲を上手に持ち上げながら、俺たちの演技力を最大限に引き出してくれていたから。  いやでも、俺はガチの同性愛者だし、国仲はバイセクシャルだからな……。  そのことが、少しばかり同性愛者のリアリティが加味された可能性はあるかもしれない。だったらいっそのこと、俺はこの機会に、正直に自分はゲイだとカミングアウトしても良いと思っているが、今のこのタイミングでは、事務所にも、この映画に携わるすべての関係者にも多大な迷惑をかけることは大いに予想が付くので、もちろんまだ黙っている。それに、そんな大事なことは事前に湊に相談しないといけない。湊は責任感のある常識人だし、他人に迷惑をかけることも傷つけることも大嫌いな男だから。  俺と湊はあの日の夜色々話し合った。俺たちの今後の付き合い方について。俺は湊が俺と同じくらいに俺のことを好きだということが分かって、天にも昇るくらい嬉しかった。でも、湊のその『好き』は、やはり俺のこの『好き』とは若干質が違うということが、俺たちを悩ませた。それは湊に『重い』と言われた時に俺が感じた胸の痛みを、俺が見ない振りをしているからだ。そこを湊に指摘されると、俺はいつも自分が感じている思いを、不器用に湊にぶつけることしかできなくて、心底情けなくなる。 『俺は湊さえ傍にいれば他には何も要らない』  俺のこの言葉は、多分未来永劫変わらない。そんな思いを伝えれば伝えるほど、湊は苦しげに眉を寄せる。 『じゃあ一磨は、僕が自分の夢を追い求めることはどう思う?』  湊は俺の体を背凭れにして座っている時、控えめに目を伏せながら俺に振り返って言った。俺は背後から湊を優しく抱きしめると、『もちろん応援する』と、何の迷いもなく言った。『じゃあ僕も、役者の一磨を応援させて欲しい』。そう言われた時、俺は心の中で『違う!』と叫びたかった。俺が聞きたい言葉はそうじゃないと。  俺が何も言い返せないでいると、湊は言った。『僕は一磨とは違って、欲張りな人間なんだよ。一磨と自分の夢の両方を手に入れたい。はあ、最低だね……』と。  どこが欲張りなんだ! 自分のやりたいことと俺という男を同時に手に入れることに最低もクソもないじゃないか!  俺はそう強く伝えたかったけど、何も言い返せなかった。でも、湊との次の会話で、変わるべきなのは自分だと気づいた。 『一磨には夢はないの? こうなりたい自分とか』  そんなこと考えたこともなかった。  俺は生まれつき容姿がひどく整っていただけで、いつも人から視線を多く集めていた。俺はそれが俺の自尊心を高めたわけじゃなく、ただただ煩わしいだけだった。だってそれはただの生まれつきだから。俺の努力で手に入れたわけじゃないから。そんなものを自分の自信として持つことが本当にバカらしいと、思春期辺りからそう強く感じていた。でも、だからと言って、別な何かで、自分の自信を高めようとする情熱もやる気も、あの頃の自分にはなかった。多分それは、自分がゲイだという理由が大きかったのだと思う。俺はあの頃、そんな自分を完全に受け入れることができていなかったから。その自分のコアな部分がいつもブレていたから、俺は上手く自分自身を支え切れていなかったのだと思う。  そんな時、俺は湊に出会い、恋に落ちた。その時俺が感じたのは、信じられないくらいのエネルギーだった。あの時ほど、自分がゲイだということを強く自覚したことなどない。『俺はこれでいい! これが俺なんだ!!』と、俺は全身を戦慄かせながらその思いを強く感じ取った。  湊を好きになればなるほど、俺は湊の望む男になりたいと思った。湊がかっこいいと思う男になれるなら、俺はどんな努力も惜しまないと自信を持ってそう思えた。  俺は初めて、努力して手に入れたいものを見つけた。完璧な容姿とかいう先天的のものじゃなく、努力して手に入れる後天的のものを、俺は湊に出会いついに見つけた。 『俺は湊が望む男になりたい……』  俺がそう言うと、湊は肩が上下するほどの大きな溜息を吐いた。でも、その後すぐに俺に振り返ると、また困ったように眉根を寄せながら、湊はこう言った。 『……解ったよ。じゃあ、今から僕が一磨に命令する。僕が望む一磨は、役者として輝いている一磨だよ。だから一磨は、これからもこの世界で頑張ること』  俺は湊の言葉に、湊の倍以上の溜息を吐いた。湊の変わらない強い思いを、またここで強く突きつけられてしまったことに、俺はベッドに沈み込みそうなくらい落胆する。 『一磨? 聞いてる?』  湊は心配そうに俺から離れると、俺の正面に正座になって座り直した。 『あのね、本当はね、僕だって、一磨と会いたい時に会えないのが死ぬほど辛いんだよ。共演者に嫉妬だってしちゃうし。だから、一磨が芸能界を辞めればいいって思ったことも何度かあったよ。でも、思うんだ。やっぱり一磨はこの世界で生きていくべきだって。一磨はたくさんの人に元気を与えているんだよ。僕だけが独り占めするなんて、そんな重荷、一磨は僕に背負わせたい? 大丈夫だよ。僕たちはこの関係を絶対に乗り越えられる……そうだよね? 一磨? 僕たちは離れていても、ずっと繋がってるんだからね!』  湊は俺を真っ直ぐ見つめそう訴えた。その透き通った瞳を見つめていると、俺の中からも前向きな情熱が僅かに生まれてくる。本当にそろそろ悪足掻きせず、この仕事に真摯に取り組むべきだなと。  そうだよ……湊がそう言うなら、俺たちは大丈夫。『会えない時間が愛育てるのさ』という昔の歌謡曲の歌詞思い出しちゃったよ……。  俺はあの日のことを、噛み締めるように反芻する。  しかし、軽い気持ちで受けた仕事が、何だかどんどん大事になっていく様を、俺はどこか自分事ではなく、他人事のような冷めた感覚で受け止めている。自分を置いてきぼりにしたまま、この映画が、このまま映画祭で賞を獲ってしまうような面倒なことだけは全力で避けたい。そのせいで俺が、海外の映画監督ないし映画プロデューサーに、目敏く目を付けられてしまう可能性が出てくるかもしれない。そんなことになったらマジでたまったものじゃない。  もし、そのせいで映画の撮影で海外に行くことになったら、一体どれだけの期間を撮影に拘束されてしまうか。その前に英語の勉強なんかもさせられるだろうし。日本にいても、月一回会うのもままならないというのに。俺はこれ以上本当に湊との時間を奪われたくない。  そう。俺は取り敢えず、湊の望む男になるために、与えられた仕事は全力で取り組もうと気持ちを変えた。そのためには、自分がゲイだということがバレてしまうような軽はずみな行動はしないと決めたし、パパラッチにも気を付けると誓った。でも、それ以上に俺は、湊と会える時間を変わらず確保することを、今全力で頑張っている。  解ったよ、湊! 俺も欲張りな男になったぞ! 両方手に入れたいからな!  多分、大幅に意味はズレてるかもしれないが、俺はそうひとり納得すると、テレビ局の楽屋に入った。

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