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第2話

 今俺は、映画の番宣で来ているテレビ局の楽屋で、本番が始まるまで、スマホをいじりながら時間を潰している。この少しの自由な時間を使って、俺は湊と次にいつ会えるかを相談しようと、湊のラインのアイコンをタップした。隣にはマネージャーが俺と同じように真剣な顔をしながらスマホと睨めっこしている。 「ねえ、一磨君……驚かずに聞いてね……今、社長からメール来たんだけど、ノミネートされてた映画……監督賞獲ったよ!」 「うそ?!」  俺は驚きとショックで顔が歪むのが分かった。自分が想像していたことがひたひたと近づいてくる恐怖から、俺は今全速力で逃げたい。  大丈夫だ。考え過ぎだ。俺なんかに誰も注目なんてしないよ……多分されるなら智希の方だな……。  俺はそうぶつぶつと独り言を言いながら、自分のこの行き過ぎた妄想を『アホラシイ』と一蹴する。 「凄いことだね! 更にね、一磨君の演技を見初めた海外の映画プロデューサーがいてね、今度一緒に仕事がしたいって早速連絡来てるってよ!……どうやら、次も同性愛者の役で出演してほしいってさ。でも、君のそのセクシュアリティがちょっと心配だよね」  俺は絶望のあまり、マネージャーの話が途中からゆっくりとフェイドアウトしていくのを感じた。どうやら俺には予知能力があるらしい。そんなどうでもいい能力これっぽっちも欲しくないのに。 「……そうだよ。前回だって俺社長のせいで、ゲイの役をやるっていう危険極まりないことしたんだよ? だから、その話は全力で断る! もし、それでもやれって言うなら、俺は今度こそカムアウトするけどいい?」  俺は怒りのまま立ち上がると、マネージャーにわなわなと震えながらそう言った。マネージャーはきょとんとした顔で俺を見上げると、『まあまあ。落ち着きなよ』と俺を窘めた。彼は少しな天然なところがある男だ。そんなマネージャーの、俺の気持ちを理解していないような平然な態度に、俺は余計苛立ちを覚える。  マネージャーは俺の手を引いて畳に座らせると、にっこりと微笑んだ。 「一磨君の気持ち分かるよ。君は自分が望むことといつも逆の方に行ってしまうみたいだからね。何の法則かは知らないけど。でもね、君がいる世界には、そんなチャンスが喉から手が出るほど欲しい人間で溢れてるんだよ? それを一磨君は見す見す捨てるの? それで本当にいいの? 一磨君のその気持ちはさ、この世界で必死に頑張っている人たちをバカにしてるのと同じだと思うんだよね……彼氏と約束したんだよね? この世界で頑張るって。彼氏にもっとかっこいい姿見せたくないの?」  マネージャーは、わざと湊を引き合いに出して俺を煽ると、俺の肩をポンポンと二回叩いた。俺はマネージャーにどんな言葉を返して良いか分からず、喉が詰まってしまう。 「……バ、バカになんてしてないよ! 俺はただそんなことに執着してないだけだよ! なのに何でいつもこうなるんだよ! こんなことひとつも望んでないのに~~!!」  俺は畳に仰向けで寝転ぶと、癇癪を起した子どものようにごろごろと左右に転がった。 「あはは……ほんと言うとね、僕たちはね、一磨君のそのスタンスに救われてる部分があるんだよ。君が自分軸じゃなく彼氏軸で頑張ってることにさ。その欲のない感じが、不本意ながらも多くの人を惹きつけちゃうんだろうね。でもさ、確かにそのくらいのスタンスの方が、この世界では生きやすいんだと思う。誰かの評価を気にして、もっと頑張らなきゃって自分を追い詰めたりすると、メンタル簡単に病むし。君は僕たちの事務所のことなんて基本どうでもいいもんね」  マネージャーは柔和な笑顔で俺を見つめながら、そんなことを言う。この人が天然そうに見えたのは、俺がまだまだ人として未熟な証拠だろうか?  俺は目の前の太った男をまじまじと観察する。 「うん。どうでもいい……俺は、湊さえ俺をかっこいいと思ってくれればそれでいいから」  俺はマネージャーをまっすぐ見つめながら、そうきっぱりと言う。 「……ほんと、君って人は……じゃあ、今回のこの依頼、本格的にそうなったら受けてくれるの?」 「……はあ、そうだね。多分、湊は俺に受けろって言うだろうし……」  俺は悔しさを込めながら溜息交じりにそう言った。本当はまた畳にごろごろと寝転んで、思い切り駄々をこねたい気持ちを隠し持っているけど、それをぐっと飲み込む。  湊……俺、めっちゃ辛いけど、取り敢えず頑張るよ……。  俺はスマホを手に取ると、待ち受けにしている湊の画像に、決心をするように口づけを落とした。

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