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第3話

 海外の映画プロデューサ―が俺を見初めたという話は、本格的に動き始めてしまった。俺にまた同性愛者の役をやらせたいらしく、そんなことをしたら、俺はゲイ映画専門の役者みたいなレッテルを貼られてしまうんじゃないかと、さすがの俺も危惧したが、事務所の社長は二つ返事でその依頼をオッケーした。  しかし、一度のゲイ役なら、何となく自分がヘテロだということをアピールできた気がするが、二度もやると、むしろゲイなんじゃないかと疑われるよう気がするのだが。更にその演技にリアリティがあったら、疑われる濃度が高くなると、俺は先日、社長にそう反論した。でも社長は、けろっとした顔をしながらこう俺に言い返す。 『大丈夫。今、世界中でゲイのドラマや映画が大人気だから。そこでリアルな演技ができる一磨は、大重宝されるのよ。私の目論見通り』  俺の目の前にいる年配の女性は、一代でこの事務所を立ち上げた凄腕の女社長だ。俺の肩をバシバシ叩きながら、元気良くそう言い放つからたまったもんじゃない。 『勘のいい人間に、撮影中にバレたらどうするんですか? 面倒なことが起きますよ?』  と俺が言うと、社長は不思議そうな顔をして俺の顔を見つめた。 『えー、何であんたがそんなこと言うの? ラジオの一件覚えてないの? あんなこと平気でしたあんたが言う台詞じゃないわね』  社長は嫌味ったらしく俺にそう言った。 『はあ、俺も気持ちを変えたんですよ。湊と約束したんです。この仕事を精一杯やるって。だからゲイだってばれると、多くの人に迷惑かけちゃうから、バレないように気を付けようって。湊は俺にこの仕事を続けて欲しいんですよ。俺にキラキラと輝いていて欲しいからね』  俺は社長の存在を半分忘れながら、うっとりとそう言った。 『なるほど。そういうことね。あなたって本当に自分がないのね。彼氏の言うことなら何でも聞くのね。まあ、こっちとしては好都合だけど、果たしてそのスタンスで海外に通用するかしらね』  社長はまた嫌味っぽく俺に言うが、俺はそんな言葉に動じたりしない。  取り敢えず俺は、与えられた仕事を自分なりに頑張ってみることはする。それがもし世間に評価されなくても、俺は全然構わない。社長は海外に通用する俺を望んでいるかもしれないが、正直そんなこと俺にはどうでもいい。  早速始まった英会話のレッスンの帰り、俺はマネージャーの運転する車に乗り込むと、ある場所に行ってくれと頼んだ。  マネージャーは呆れたようにハンドルを握ると、渋々その場所に向かい車を走らせる。  今日の俺のスケジュールはこれで終わり。時刻は夜の十時だが、それでもまだ眠りにつくまでには時間がある。  一月下旬の夜はとても寒く、外で会うことは躊躇われたが、湊が行きたいという場所でどうしても湊と会いたくて、俺とマネージャーはその場所に向かった。  ここは、都内二三区以外の市に存在する、奇麗な夜景が見下ろせるという高台の公園で、意外と穴場だったりする。  公園の駐車場に車を停めたマネージャーに、『帰る時に電話する』と伝え、俺は車から降りた。降りた瞬間、頬がピリピリと痺れるほどの冷気を感じ、俺は寒さを確かめるように、はあっと空気に向かい息を吐いた。すると、吐いた息が濃い白い蒸気を作る。  そう言えば、都内にも大寒波が来てるって、ニュースで言ってな……。  俺はそれに気づくと、こんな寒い中で湊を待たせていたら大変だと思い、湊と待ち合わせている、公園の一番高台にあるベンチまで、階段を思い切り駆け上った。  俺は階段を上りきると、息を切らしながらベンチを探した。ベンチは、芝生がなだらかに続く地面の、斜面ギリギリの場所に数台置かれていた。  運良く、こんな真冬の、しかもこんな寒い時間帯に公園にいる人などいなく、俺はホッと胸を撫で下ろす。ベンチには寒さで背中を丸めた湊だけが、ポツンと一人寂しく腰を下ろしている。 「湊―!」  俺はそう叫ぶと、湊の座るベンチまで駆け寄った。湊は黒いベンチコートのフードを被った格好で、俺に振り返る。 「一磨~、もう待ったよ! めちゃくちゃ寒い!」  湊はそう言って立ち上がると、ポンポンとその場でジャンプした。俺はそんな湊の行動が可愛くて、湊の前まで来ると、飛び上がった瞬間の湊をタイミングよく抱きかかえた。 「わっ、一磨!」  湊は驚いたように俺の首にしがみ付いた。俺は湊を抱きかかえたまま芝生の上をくるくると回転した。傍から見たらとんだバカップルだが、今ここには俺と湊しかいない。 「ちょっと、一磨、目が回る!」  そう言いながらも湊は、楽しそうに笑いながら空を仰いだ。頭上には冬の星たちが瞬きながら俺たちを見下ろしている。  俺は疲れてくると、わざと湊を抱えながら、芝生に倒れ込んだ。 「うわっ!」  そう言って俺に覆い被さる湊を、俺は愛しさを込めて見上げた。湊は心配そうに俺を見下ろすと、『大丈夫?』と聞いて来る。  あーなんて幸せなんだ……。  俺は堪らなくなって湊の顎を掴むと、そっと引き寄せ、チュッと音を立てながら優しくキスをした……。

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