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第4話
二人でベンチに腰かけて、夜景をしばらくぼんやりと見つめた。この公園は夜景好きには割と有名な公園で、人気があるようだった。それを知った湊が、いつか俺と行きたいと言っていたのを俺は思い出し、湊を誘った。本当はこんな寒い冬の夜に誘いたくなかったが、どうしてもスケジュールが合わず、こんな形になってしまった。でも、湊は、『夜景は空気が澄んでいる冬が一番奇麗なんだよ』と言って、俺の誘いを快く受け入れてくれた。
そうは言っても、有り得ないくらいの寒さに、俺と湊は体を寄せ合いながらベンチに腰掛け、噂の夜景をブルブルと震えながら堪能する。
目の前の広がる夜景は、上品な儚い光が点々と散りばめられていて、とてもロマンチックだ。俺は寒さを堪えながら、夜景が放つ淡い光を、心を無にして見つめた。
「やっとここに一磨と来られた……嬉しいな」
湊はそう言うと、俺の肩に自分の頭を載せた。湊はフードを被ったままだから、俺は湊の横顔が見たくても、残念ながら見ることができない。
「俺も嬉しい。でも、さすがに寒すぎ……」
俺はそう言うと、俺の肩に乗る湊の頭に自分の頬をぐりぐりと押し付けた。
「そうだね。でも、とてもロマンチックだね……なんか、夢の中にいるみたいだ」
湊のその言葉に、俺も深く頷いた。
本当に夢の中にいるみたいだ。今この瞬間がずっと夢だったらいいのに……。
俺はまた叶わない思いにすぐ引き込まれてしまう自分の悪い癖を、『しっかりしろ!』と一喝する。
「あのさ……湊」
俺は意を決し、湊に語り始めた。
「何?」
湊は俺の声が聞きづらいのか、そっとフードを外した。そこからひょっこり現れた湊の頭に、俺は一瞬で心奪われる。公園の街灯に照らされた湊は、髪の毛にパーマをかけたのか、ふわふわの猫っ毛の髪が柔らかなフォルムで揺れていた。
「……か、可愛いっ……パーマかけたの?」
俺は興奮気味のそう言うと、自分の頭を自信なさげに触る湊を熱く見つめた。
「うん。なんか前の髪型飽きちゃって、かけてみた。もうすぐ就職するから、それまでね」
俺は一生そのままでいいと言いたかったが、湊を困らせると思い、その気持ちを慌てて飲み込む。
「すごい似合ってる……やばっ、すごいドキドキする」
俺はかなり気持ち悪いことを言ってしまい、ハッと口を噤んだ。慌てて湊の顔を覗くと、白い頬を赤く染めながら目を泳がせている湊に気づく。
「は、恥ずかしいこと言うなよ、もう」
湊はそう言うと、自分の頭で俺の肩を頭突きする。
「ところで、僕に何を言いかけたの?」
湊にそう言われ、俺はハッとする。今から現実と対峙するしかないことに、俺はやっぱりひどく落胆してしまう。
「あー、あのね、俺、四月からカナダに行くかもなんだ。まだはっきりと決まったわけじゃないけど、多分ほぼ確定なのかな。この間の俺の映画、海外の映画祭で監督賞獲ったでしょ? そしたらさ、案の定カナダの映画プロデューサーに、俺目を付けられちゃってさ、また、ゲイ役で映画に出ることになるみたいなんだ……」
湊は俺の話を聞くと、ぴくりとも動かず夜景をただ真っ直ぐ見つめていた。まるで蝋人形にでもなってしまったような湊の様子に、俺は急に怖くなる。
「湊? 聞いてる? 湊?」
俺は心配になって、湊の肩を揺すぶった。湊はハッとした表情を作り俺の方に顔を向けるが、その顔があまりにも苦しそうで、俺の胸がぎゅっと縮み上がる。
「……ああ、そ、そうなんだ、またゲイの、役で、カナダで……映画の、撮影なんだね……凄いな、一磨は……」
途切れ途切れに苦しそうに言う湊が、俺はもの凄く切なくて、湊の肩に腕を回すと強く抱き寄せた。
「何それ、何でそんな苦しそうなの? 湊が言ったんだろう? 輝いてる俺が見たいって。責任持てよ!」
俺は溢れる感情を抑えきれなくて、思わず強い口調でそう言った。
だから言ったじゃないか! 俺はいつだってこんな仕事辞めてもいいって言ってるのに!
俺はもう一度湊に自分の気持ちをぶつけようと思った。今度こそ湊は解ってくれるかもしれないと期待して。
「……ごめん、一磨、僕はまだまだだなぁ~」
「え?」
湊はそう言うと、いきなりベンチから立ち上がった。
「バカ野郎! バカ湊! お前は本当に大バカだ~~!!」
「え? え? 湊? 何してんの?」
驚いて俺も立ち上がると、いきなり、大声で何度も同じ言葉を夜景に向かい叫び続ける湊の後ろ姿を、俺は茫然と見つめた。
「一磨……大丈夫。僕は大丈夫だよ。よし、叫んだら元気出たし、体も温まった……」
湊はいきなり俺に振りそう言った。その顔は今日最初に会った時と同じ、いつもと変わらない笑顔の湊だった。
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