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第5話

 マネージャーの運転で湊を家まで送っていく間、俺と湊はずっと手を握っていた。車は大きなバンだから、一番後ろの席に座れば、マネージャーからは俺たちの様子は伺えない。  湊の手は完全に冷え切っていて、俺はそれを温めるように、湊の手を丁寧に摩りながら握った。  湊は窓際に座り窓に額をぶつけながら、外の景色を眺めている。  俺にカナダに行く話を聞いた時の湊は、明らかに苦しそうだった。それでも、自分を奮い立たすように自分を卑下しながら叫んだ後の湊は、いつもと変わらない湊に見えた。でも俺は、本当に湊は大丈夫なのかと、まだそれを信じ切れていない。きっと湊のことだから、またストイックに自分の感情を飲み込んでしまうのではないかと訝しんでしまう。  俺は窓の外の景色をぼんやりと見つめる湊に、そっと耳元に囁いた。 「多分、撮影期間は半年くらいじゃないかな。それまで俺たち会えないけど、湊は本当に大丈夫?」  俺は念を押すようにもう一度確認する。湊は少し気だるげに窓から額を離すと、俺に顔を向けて静かに頷いた。くるんとカールされた髪が微かに揺れる。 「うん。大丈夫だよ。その頃は僕もラジオ局の勤務が始まるからね。多分、一磨のこと考える暇もないくらい忙しいと思うよ」  湊は強がるように笑顔を作るとそう言った。俺は湊を探るように澄んだビー玉のような瞳を覗き込む。湊はそれには負けないとばかりに、瞳に力を入れて俺を見つめ返す。 「はあ、分かったよ。湊は大丈夫……俺もそれを信じるよ」  俺は観念するようにそう言うと、湊に体を寄せて、そのまま包み込むように湊を抱きしめた。 「ダメだよ。マネージャーさんいるのに……」  湊は俺を押し戻すと、また窓の方に体を傾けようとする。俺はそれを制するように湊の腕を掴むと、湊をずる引くように引っ張り、そのままシートに押し倒した。 「一磨っ、何するんだよっ」  湊は驚いたように目を見開きながら、俺にわざと小声でそう言った。 「平気だよ。俺のマネージャーはそんな野暮な男じゃない」  俺は軽口をたたくようにそう言うと、湊に顔を近づける。 「大丈夫。前列の背もたれで俺たちのこと見えないから……」 「ったく、何考えてんだよ。もうっ」  湊は俺から顔を背けると、呆れたようにそう言った。 「カナダに行くまでにあと二か月しかないんだそ? 湊の家に着くまでキスするくらい、構わないだろう?」 「……二か月か……その間、僕たちまた会えるかな?」  湊は急に険しい表情を作ると、悲しげに俺に問いかける。 「分からないな。でも、多分俺は、この先も仕事の合間に英語の勉強をこれでもかとぶち込まれると思うよ……はあ、もう、泣いていい?」  湊は眉根を寄せながら俺の話を聞くと、いきなり俺の首に腕を回した。 「はあ、一磨、泣きたいのは僕の方だよ……分かった。時間の限り、僕にキスして……」  湊は切なげに瞳を揺らすと、俺にそう言った。 「うん……ありがとう、湊、愛してるよ……」  俺は、俺の言葉に胸を打たれたように瞳を揺らす湊をしっかりと確認すると、湊の唇目掛けて、猛然とキスを落とした……。  

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