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第10話

 人生って本当に何が起きるか分からない。だからこそ不安でもあり、ワクワクもする。僕は今、痛切にそう感じている。今こうして、一磨と手を繋ぎながら本番を待っているのだから。 「うー、俺、人生で今が一番緊張してる……」  一磨は僕の手をぎゅっと握ると、上ずった声でそう言った。確かに、こんなに緊張をしている一磨を見たのは初めてかもしれない。 「僕は意外と冷静だよ」  そう言う僕を、一磨は頼もしそうに見つめるから、僕は思わず吹き出しそうになる。  しかし、こんな日が来ることを誰が想像しただろうか。でも、これはもう、あの時一磨がここで僕に告白をした時から、こうなることは既に決まっていたのかもしれない。その自然な流れに沿って、僕たちは今ここにいる。だからこそこの行動は、僕たちにとって間違いではないと信じたい。  でも、僕たちを取り巻く人間たちに与える影響は、良くも悪くも大きい。そのことだけは強く心に刻まなければならない。僕たちの行動で、あのメールをくれた青年にまた勇気与えられる可能性は得られるだろう。でも、一磨の事務所に与えるダメージや、一磨と僕という人間に対する周りの目は明らかに変わり、その余波は想像に難くない。  でも、僕と一磨はそれを承知で今ここにいる。僕たちは深く愛し合っているから。この先何があろうと怖くはない。同性愛者の芸能人が、同性と愛し合っていることをわざわざ公表することに何のメリットがあるのかと問われても、僕たちの答えは一つだ。 『自分に正直に生きたい』それが、一番僕たちが望んでいること。  今日の放送の構成は、僕がインターンとして出演したあの番組の放送枠に、特別企画として、一磨と二人で出演をさせてもらう。  この放送の告知は敢えてしていない。ただ、司会者とスタッフには、僕たちが話す内容について事前に説明をしている。  番組スタッフがゴーサインを出した。僕と一磨はスタジオに入ると、司会者の前に並んで腰かけた。  司会者は僕たちを見ると、笑顔で『ようこそいらっしゃいました』と言った。 「さて、今日は何と、お二人の男性がゲストでいらしています。自己紹介をよろしいですか?」  司会者にそう振られ、僕と一磨はともに頷いた。 「視聴者の皆さん。こんにちは。俺は俳優の北村一磨です」  一磨はシンプルにそう自己紹介をすると、僕の方を見た。 「皆さん。こんにちは、僕は……北村一磨さんの恋人の、桜井湊です」  僕はそうはっきりと言った後、確かめるように一磨を見た。一磨は僕を見つめ返すと、口を開いた。 「皆さん。以前こちらの番組で、俺が男性に告白をしたというドッキリを覚えていますか? 実はあれはドッキリなどではなく、本当のことだったんです。俺の隣にいる桜井湊さんに、偶然にもスタジオで出会ってしまったことで、俺は感情を抑えきれずに、正直に湊に自分の気持ちをぶつけてしまったんです。でも、その告白は、誤魔化すことが賢明だと判断され、ドッキリという扱いで終わりました」  一磨は一旦そこで区切りを付けると、僕に続きを促した。 「僕は今、このラジオ局で働いています。あの放送の時はインターンとして、番組に出演しました。僕は一磨からの告白に動揺してしまいスタジオを飛び出してしまいました。でも、僕もずっと一磨を好きだったから、本当に夢みたいに嬉しくて……だから、むしろドッキリという扱いになったことに安堵していたんです。一磨がゲイだとバレずに済めば、一磨の芸能生活は変わらず順調だろうって……でも、僕の勤めるこのラジオ局にある一通のメールが届きました。それは同性愛者の男性からでした。あの放送で、一磨の情熱的な告白に勇気を貰ったのに、実はドッキリだったと知り深く傷ついたと。彼のメールにはそう書かれていました。僕はそのメールを読んだ時、胸を強く鷲摑みをされたみたいに、とても苦しかったんです……このままじゃいけないって……そう、思って……」  僕はそこで胸が詰まってしまい、言葉を紡げなくなった。それに気づいた一磨が、僕の背中を優しく摩った。 「俺もそのメールを湊から見せられて、ハッとしたんです。やっぱり本当のことを伝えなきゃいけないって。俺は正直いつカミングアウトしても良かったんですよ。芸能界に執着なんてなかったから。でも、最近、カナダで映画を撮ったことで、俺に変化が訪れました。役者という仕事にやっと情熱を持てるようになったんです。だから俺はこの先、もし仕事や人気が減ったとしても、どんな形でもいいから、ありのままの自分で役者を続けていこうと思っています。まあ、カナダの芸能界では、俺みたいなゲイの役者が、特別視されることなく普通に活躍してますけどね」  一磨は最後に皮肉を込めてそう言った、僕はやっと心を落ち着かせると、一磨からバトンタッチする。 「僕たちは自分を偽りません。嘘はつきません。僕たちがゲイなことも、愛し合ってることも事実です。僕たちはそんな自分たちに、これからも誇りを持って生きていきます。ね? 一磨、そうだよね?」  僕は一磨の手を握るとそう問いかけた。 「もちろんだよ。湊。俺は湊を永遠に愛してる」  一磨はそう言うと、いきなり僕の頬にキスをした。目の前で、男同士のキスを目の当たりにした司会者は、瞳を丸くしながら驚いている。 「僕もだよ……僕も一磨を、ずっとずっと愛してる」  僕たちの恋の話がどこまで伝わり、どこまで理解してもらえたかは、いずれ放送後の反響である程度知ることができるだろう。もしかしたらそこには、ネガティブな反応もあるかもしれない。でもあのメールをくれた青年には、必ず僕たちの思いが伝わっていると信じたい。  そしていつか、僕たちの恋の話が、見知らぬ誰かの勇気になることを祈りながら、今度は僕の方から、一磨の頬に心を込めてキスをした……。                      完    

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