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第9話

 奥村に自分の考えたラジオの企画構成案を伝えらえたのは、神野が『自分も一緒に伝える』と言ってくれたのが大きかった。  僕は奥村の一週間分のスケジュールを確認し、この日と決めたタイミングで、神野と一緒に声を掛けた。  奥村を別室まで連れ出すと、そこで俺と神野は、あの視聴者からのメールを見せながら、ラジオ放送の企画構成案を、奥村に緊張しながら提案をした。  奥村はしばらく黙り込んでいたが、何かを心の中で決めたのか、ゆっくりと顔を上げると、僕をまっすぐ見つめた。 「正直ね、俺も気にはなっていたんだ。視聴者に嘘をついてしまったことをさ。俺はあの時、上手く立ち回れた自分に悦になっていたけど、何となくずっと心に引っかかっていたんだよ。その引っかかってるものが何なのかが、今日このメールを読んではっきりしたよ」  奥村はそう真剣に言うと、テーブルに両手を握りながら肘を突き、その両手を自分のおでこにくっ付けた。 「うーん。どうせやるならきちんとやろう。やる前にすべてのリスクを想定して、ちゃんと準備をしておかないと。まずは、桜井君と北村一磨に対してのSNSの反応だな。そのためには、局としての誠意のある公式コメントを考えないと。あとは、桜井君を守るために、局内のコンプライアンスをもっと強化する必要がある……でも、本当に君と北村一磨は、こんな思い切ったことをしていいのかい? その覚悟だけはちゃんと確認しておきたいよ」  奥村はおでこから両手をどけると、もう一度僕の顔をまっすぐ見つめた。 「はい。後悔しません。一磨から昨日連絡を貰いました。事務所から理解を得られたって。たいぶ一悶着あったみたいですけど、結局、一磨の性格上、遅かれ早かれ、同性愛者だとバレてしまうだろうから、自分の口でカミングアウトした方がマシだろうってことになったみたいです」  僕は夕べ、一磨から聞かされた話を思い出す。一磨の声はいつもより何倍も活き活きとしていて、躊躇いや不安など微塵も感じられなかった。  事務所の社長も、いずれこうなることを覚悟していたそうだ。もしそれで、一磨の仕事が減っても、自分は一磨を手放さないと強く語ってくれたらしい。  時代はどんどん変わっていく。日本の芸能界は、セクシュアリティに対して柔軟に対応ができるようにならないといけない。  きっとこの先、一磨へのヘテロ役のオファーが減ることや、スポンサーにそっぽを向かれてしまう可能性は十分にあるだろう。でも、社長は一磨のカミングアウトのことを、凝り固まった芸能界へ一石を投じる良いチャンスだと燃えているらしい。そしてむしろ、その起こり得る困難が、自分の強いモチベーションになると言ったそうだ。僕はそれを一磨から聞かされた時、思わず感極まって涙ぐんでしまった。  僕たちの周りには、こんなにも優しい人たちで溢れている。もちろん世間は優しい人たちばかりではない。でも、例えそうであっても、僕は今、人からの優しさを、痛いほど感じている。 「よし、まずはこの企画構成案を基に、各部署と詰めながら、編成局長に俺が責任を持って提案する。何としても実現できるように頑張ってみるよ」  奥村はそう言って椅子から立ち上がると、僕と神野の肩を交互に掴んだ。  「ありがとうございます!」  僕と神野はともに頭を深々と下げると、下げながらお互いを見つめ合った。  「二人には、立派なラジオ人になれる素質があるぞ。期待してるからな!」  奥村はそう言い残すと、颯爽と部屋から出て行った。

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