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君にプレゼント
例えばの話だ。
女子ならば編み物なるものをして、恋人のためにマフラーを編むんだろうけれど生憎俺は男で、唯一編み物を教えてくれそうな姉は去年家を出た。
母さんに頼むわけにもいかないので、コツコツとバイトしてみたり、足りなさそうな分は貯金を切り崩す覚悟をしてみたりした付き合って初めての冬。
「どれが良いのかわからん」
はぁ、と溜息を吐いてスマホの画面を再度見つめる。
スクロールして、タップしてスワイプ。それの繰り返しだ。
長年の片想いが奇跡的にも実った長い夏を越えて今はすっかり季節的にも冬になったわけで、クリスマスも近いから何かプレゼントをあげたいしせっかくだから喜んで欲しい。と、言うか蒔田と付き合ったらしてみたいことだった。
「やっぱマフラーかな……」
俺達の代ではあまり聞かないけれど、姉の代は恋人にマフラーをあげるのが流行っていたらしい。
蒔田もマフラーは持っているけれど、贈ったらどんな顔をするのか見てみたい。きっと喜んでくれるんだろうけれど、どんな風に喜んでくれるのか考えるだけでも楽しい。
「高すぎてもなぁ……」
気を遣わせるだけだから高すぎるのは良くない。そう言うものは大人になって、もっとちゃんと稼げるようになってからのほうが良いに決まってる。
そんな日まで蒔田と付き合ってるんだろうか……なんて考えが一瞬だけ脳裏をよぎったけれど、良くない。ダメだ、そんなこと考えちゃ。
不安は尽きないからこそ、毎日を積み重ねていきたいと去年の姉を見て学んだ。
「……もうちょっと探してみるか……」
蒔田の喜ぶ顔が、驚く顔が、いや、いろんな表情がみたい。
蒔田のことを考えるだけで自分の頬が緩むんだからアイツはずるい。俺ばかり好きみたいじゃないか。
ああ、蒔田に会いたい。
でも今日は蒔田は部活の日だ、会えないから夜電話してみようかな……
***
「もーりーやー!」
どん、と後ろからぶつかってきた蒔田に思わずよろける。
運動部のガチめの体当たりはなかなかに痛いけれど、蒔田に会えるなら何でも良い。
「……え、ニヤけててキモい」
「キモいって言うな」
「痛いの好きなの?」
「好きじゃない、好きなのは蒔田」
「ば、馬鹿!」
「痛っ!」
バシッ! と蒔田は俺の背中を小気味の良い音がするほど叩く。力強い、流石だなぁ……と思いながら少し涙目になってしまうけど耐える。力加減が出来ないところも可愛らしいと思ってしまうのだから俺って末期かもしれない。
「で、何処行く?」
「俺の家とかどう? 母さんもいないし」
「えっ……そ、それって」
「違っ! そう言う意味じゃなくて、その……!」
変な意味に捉えられてしまったかもしれない。
でもそんなつもりがないわけでもなく、ただ……まだ段階的には早いと思っている。
蒔田のことは大切にしたいし、“そう言うこと”をしなくても俺は全然大丈夫だ、まだ。
「ま、蒔田が嫌なら別のところに行こう」
「嫌じゃない! ちょっと緊張するだけ……でも、その……森屋の家に行くの……慣れておきたい……」
頬をほんのりと赤らめ、そんなことを言う蒔田を今すぐ抱き締めたい衝動に駆られたけれど我慢した。公衆の面前は良くない。でも誰もいなかったら危なかった。
「とりあえず行こうか……?」
「ん……」
二人で並んで他愛の無い話をしながら俺の家まで歩く。
クラスは違うから話題は尽きないし、蒔田は部活での話もしてくれるから聞いてて楽しい。
そうこうしてるうちに俺の家に着き、蒔田を部屋に招く。
母さんは友達と出掛けると行っていたし、父さんは飲み会の季節だから夜遅くなるはずだ。
だからこの家には俺達二人だけ……
その事実が妙に胸にくるけれど、何かする気は本当にない。
ただ、プレゼントを渡せたら良い。それだけだ。
「まき……」
「何これ」
飲み物を片手に部屋に戻ると蒔田が紙袋を手に目を丸くしていた。それは疑うこともなく蒔田へのプレゼントで、ベッドの下に隠しておいたのに見つけ出してきたようだ。
「何、ブランドの紙袋とか誰に貰ってない」
「貰ってない」
「隠すようにベッドの下に置いておいたくせに」
「そりゃ……まぁ……蒔田を驚かせたかったからな」
「え?」
怪訝そうな表情をしている蒔田は俺の一言に信じられないと言わんばかりだ。そりゃそうだろう、逆の立場なら俺もそんな簡単に信じないだろう。
でも姉の今までの恋愛遍歴を間近で見てきて、少女漫画も読まされてきた俺にはわかる。
此処は意地を張らず、素直に言うべき場面だと。
「それ、蒔田へのクリスマスプレゼント、ちょっと早いしサプライズで渡したかったんだけど」
「え?」
「開けてみ?」
「え、え、ちょっと待って……え? 俺に……?」
「蒔田以外にはあげないけど」
「いや、お母さんとか」
「母さんにはやらねーよ」
あげるなら誕生日だろう。
どうやら蒔田は動揺しているようだ。
ゆらゆらと瞳が揺らしながら俺とプレゼントを交互に見て、瞬きを繰り返す。本気で動揺してて可愛い。
蒔田は恐る恐る紙袋の中から箱を取り出し、それをゆっくりと開く。中にあるのはノバチェックのマフラーで、勿論新品だ。
「こ、これ……!」
「蒔田へのプレゼント」
「こんな高そうなの悪いよ!」
「良いんだよ、使って」
買う時に蒔田を思い浮かべて買ったけれど、実物が並ぶとやっぱりノバチェックのマフラーは蒔田に似合っていると思う。
「なぁ、それ巻いて?」
「え、えぇっ……」
「お願い」
蒔田は俺のお願いに弱いのはわかっている。わかっててそう言う俺はずるいけれど、こんなにベタ惚れにさせた蒔田が悪いんだから仕方ない。
それにこんなもので蒔田を繋ぎ止められるのなら安いものだと考えてしまう。
「……あったかい……」
「だろ?」
「……ありがと……大事にする」
マフラーに口を埋めてそんなことを言うものだから胸が高鳴る。
でも俺よりも先に蒔田の唇を奪ったマフラーが羨ましくて仕方ない……なんて言ったら蒔田は笑うだろうか。
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