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最終話 ボンド
浴衣に袖を通し、最近になって始めたスキンケアをして髪を乾かす。
居間になっている和室に戻ると、翔の姿はなかった。
その代わり、和室と寝室を隔てる麻の葉があしらわれた欄間の隙間から暖色の光が漏れていた。
目の前にある襖を開ければ翔がいる。
準備に手間取って待たせてしまったのだから、早く寝室に入ろう。
鷹也は襖の引き手に手をかけた。
(うわ、手ぇ震えてる)
緊張している自覚はあるのだが、ここまで体が反応することは滅多にない。
これから行うことは、鷹也が望んでいることだ。
だからこそ、冷静ではいられない。
意を決してふすまを開けた瞬間、鷹也の心臓は全力疾走を始めた。
「おかえり」
「た、ただいま」
見るからに弾力のある大きなベッド。
その真っ白なシーツの上には、柔らかい枕を壁に立て、背を預けている翔がいた。
彼もまた、浴衣を身につけている。
初めて見る浴衣姿は、場所のせいか艶かしく見えた。
半年前より少し伸びた艶のある黒髪。
風呂上がりで血色のいい肌が覗く襟元。
鷹也の姿を見て緩む頬。
こんな扇情的な姿、他の誰にも見せられない。
見せたくない。
(ああ、もう、やばいって……)
翔がガイドでよかった。
もし翔が聴覚が発達したセンチネルだったら、鷹也の心臓の音は筒抜けだっただろう。
「緊張しているのか?」
翔がベッドから下り、入口で立ち止まってしまった鷹也を迎えに来た。
その言葉に揶揄いの色はないが、鷹也だけが緊張していると知られるのは恥ずかしい。
「俺が? まさか」
強がって見せるが、繋がれた手から伝わる熱と振動でバレバレだろう。
それを誤魔化すように、翔の手を引きベッドへとリードする。
「へぇ? 俺は余裕、ないぞ」
「そうは見えないけど?」
手を引いていたはずが、グッと手を引かれてベッドに倒される。
柔らかいベッドが鷹也の体を受け止め、その上に翔が覆い被さってきた。
枕元にある鞠のような形のベッドサイドライトが翔の顔を照らし出す。
暖色の光で僅かに薄まっているが、翔の頬から首筋、耳まで真っ赤になっている。
繋いで手は、翔のはだけた浴衣の襟元の中へ導かれ、胸元に押し当てられた。
鷹也と同じくらい高鳴る鼓動は、翔の言葉を証明している。
「これなら信じるか?」
信じる。
当たり前だ。
こんなにも鷹也を想って脈打っているのだから。
「ッ……う、ん……ふ」
鷹也が頷くと、濡れた瞳が近づいてきた。
重なった唇は熱い。
触れるだけじゃ物足りなくて、濡れた唇に吸い付いた。
体の中で燻っていた火種が弾ける。
途端、際限ない欲が溢れ出てきた。
それは、鷹也だけではなかったようだ。
翔は鷹也に負けじと舌を伸ばしてきた。
肉厚なそれは、鷹也の弱いところを探るように口内を舐り、そして見つけた。
上顎をなぞられると、背中がビリビリと震える。
感じていることは鼻に抜ける息で知られてしまい、体をホールドされ、執拗に舐められた。
最初からハイペースだと持たない。
いい加減にしろと、間近にある翔の顔を睨みつける。
だが、熱を帯び濡れた瞳を見てしまうと、反抗心はどこかへ消えてしまった。
時間はいくらでもある。
翔になら何をされてもいい。
鷹也は早々に白旗を上げ、与えられる快楽を享受していく。
互いの息が上がると、翔は激しい口付けを終わらせた。
それでも交わる吐息。
視界を占領する翔の顔は、幸せに染まっていた。
「やっと思いっきり触れる」
「やっと?」
「そうだよ。キス以上のことしたら、止まれる自信なかったからな」
翔から打ち明けられ、鷹也は「そういえば……」と思考を巡らせる。
戦場と化したタワーで再会してからこの半年の間、単純に時間がなかったというのもあるが、それでも手を繋いだり抱きしめ合ったりすることはあった。
だが、それとなく誘っても、甘えても、キスをすることはなかった。
疲れていただとか、気分ではなかったのだと鷹也なりに解釈していたのだが、まさか、キス以上のことをしてしまいそうだったから自重していたとは。
(なんだそれ。可愛いじゃねえか)
思いもよらない種明かしをされ、口元が緩む。
「だからキス拒否してたのか」
「ごめんって。これから嫌ってほどしてやる」
「嫌になることなんてねぇよ」
翔からされて嫌なことなどあるものか。
キスも、それ以上も、翔とすることを待ち焦がれていたのだ。
鷹也の情愛の深さを甘く見ないでほしい。
鷹也は首を伸ばして翔の濡れた唇に口付け、するりと帯を解いた。
重力に従ってはだけた浴衣の下から現れたのは、鍛えられた肉体だ。
弾力のある肌に手を滑らせ、その感触を楽しむ。
「煽るな」
「はぁ? 煽ってね……ぇあ、ん……」
鷹也は再びベッドに沈められた。
噛みつくようなキスは、息をすべて奪っていく激しさだ。
鷹也の腰に巻き付いた帯を解くことなく、翔の手が性急に浴衣の隙間から手が差し入れる。
熱を持った手は、盛り上がった胸を揉み、割れた腹筋をなぞっていく。
普段は何ともないところでも、翔に触れられると感電したように痺れが走る。
全身を駆け巡る電流は、背中を伝って腰に集まっていく。
翔も同じように感じてくれているだろうか。
鷹也は、翔の首筋をくすぐっていた指先を、その中心へと滑らせた。
「おいッ……」
「いいだろ? 前は俺ばっかり気持ちよくしてもらったからな」
衝撃的な現実を見せつけられ、信念を揺さぶられ、心がぐちゃぐちゃになったあの日。
翔には鷹也の昂ぶりを散々可愛がってもらった。
今日はそのお返しだ。
熱く勃ち上がった翔のものをボクサーパンツ越しに揉む。
ウエストから顔を出す先端からじわりと先走りが滲み、鷹也の手を濡らしていく。
直に触りたくなってずり下ろせば、翔は器用にそれから足を抜いた。
露わになった翔の剛直は、記憶の中のものより大きい気がする。
(これが俺の中に……?)
想像しただけで、ぞくりと肌が粟立ち、同時に愛おしくなった。
鷹也は翔と体を入れ替え、その足の間に体を滑り込ませる。
そして、口の中には収まりそうにない翔の剛直に舌を這わせた。
「ぁ……ッ、無理、すんな」
「してねえよ」
むしろ、しゃぶりつくしてやりたい。
吐息を溢した翔に見せつけるように、根元から先端へと舐め上げる。
すると、剛直はびくりと反応した。
いい気分だ。
だが、翔も鷹也と同じく負けず嫌いな節がある。
翔は鷹也の最も弱いところに指を躍らせた。
「ん……ふ、ぁ……そこ……」
「思いっ切りやれねえのが悔しいな」
「しょうが……ねえ、だろ」
鷹也がどうしようもなく感じてしまう耳。
二人の耳裏には、タワーの研究員から渡されたパッチが貼られている。
ミリ単位の小さなそれは、生体データを絶えず記録し、この旅館の本館に待機する研究員のパソコンに送信するものだ。
研究のためとはいえ羞恥心は当然ある。
それ以上に、小さいながらに異物があるのは体を繋げる行為の上で非常に邪魔だ。
翔は不完全燃焼となった欲の発散場所として、別の場所に狙いを定めた。
無防備になった鷹也の尻をなぞり、むっちりと揉む。
そして、流れるような動作でローションを垂らした指を後孔にあてがった。
「じゃあ、こっち」
「う、あ……」
ゆっくりと体内に沈められた指が根元まで入り込んできた。
風呂で準備をした際、ある程度慣らしてきたそこは、翔の指を易々と受け入れる。
それどころか、待ち望んでいたように食んでいた。
「柔らかい。準備ありがとう」
「翔の、でかいからな」
「そりゃどうも」
「まんざらでもないくせに」
その証拠に、鷹也が舌を這わせる翔の剛直はぴくりと跳ねた。
「その減らず口、いつまで続くかな」
「ッ……ぁあ、ん、翔、こそ……うぁッ……」
挑発しすぎたのだろうか。
翔の指が鷹也の中を蹂躙していく。
浅いところまで引き抜かれたかと思えば、ゆっくりと奥へ沈んでいく。
途中、腹側のしこりを引っ掛けられると、今まで感じたことのない衝撃が体に広がった。
「ひッ……ぁ……く、う……」
押し出される声を止められない。
翔の剛直を舌や唇で愛撫しようと思っていたのに、そんな余裕はなかった。
鷹也の右手は翔の剛直を握ったまま、何もできずにいる。
だからだろう。
鷹也は翔からその剛直を手から抜き取られ、ベッドの上に仰向けで転がされてしまった。
翔は鷹也の後孔を弄りながら、至る所にキスの雨を降らせてくる。
鷹也は翔の背に腕を回し、押し寄せてくる快感に悶えた。
(こんなはずじゃなかった)
冷房が効いている部屋のはずだが、鷹也の肌にはじわりと汗が滲んでいる。
頬を伝ったそれは、白いシーツに吸い込まれていった。
「もういいか?」
翔が指を抜いてそう問いかけてきたとき、鷹也は荒い呼吸を繰り返していた。
風呂で準備をしたときは違和感しかなった後孔。
今は、ほんの少し擦られるだけで快感を拾う性感帯となった。
翔の愛撫は丁寧で、しつこいと言っていいくらいだ。
これなら、彼の大きなものを受け入れられる。
「来いよ」
散々痴態を晒した気がするが、それでも余裕ぶりたい。
筋肉質で固い尻を左右に開く。
ローションで濡れた後孔は、少しひんやりと冷たかった。
ごくりと、翔の喉仏が上下する。
心なしか強く掴まれた太もも。
後孔にあてがわれた、火傷しそうなくらい熱いもの。
それが、焦らしているのではないかと思うほど、ゆっくりと鷹也の中へ入ってきた。
「は、ぁ……」
「ッ……力、抜けるか?」
「抜いてる……つもり、なんだけど……ぁ、やば……ッ」
翔が鷹也の中を擦ると、背中に電気が駆け上がる。
無意識に翔を締め付けてしまうのは許してほしい。
「ごめん、もう無理」
「無理って、何、ぇ、あッああ……!」
翔の先端が奥に当たる。
それが合図だったように、翔は鷹也を深く貫いた。
ぐちゅりと響く水音が響く。
浅いところも深いところも粘膜が触れ合い、奥は腰を押し付けられたまま突き上げられた。
無理と言いながらも、翔の動きは鷹也の快感を優先している。
でなければ、鷹也は翔にしがみつくことしかできないくらい乱れていない。
翔もちゃんと気持ちよくなっているだろうか。
揺れる視界に翔の顔を捉える。
僅かに寄せられた眉。
獰猛な欲を燃やしている瞳。
熱い息を吐き出す唇。
「かけるッ……キス、した、い……」
鷹也がそう願うと、翔はすぐに叶えてくれた。
貪り合うように口付けを交わし、唾液を混ぜ合わせる。
腰に溜まった熱が暴れ始めた。
もう、我慢できない。
「ん、ぁ、翔、ぅ……もう、イくッ……」
「ふ、ぁ……俺も、だ」
「一緒に……ッ」
水音が激しさを増す。
鷹也は翔の背中にしがみつき、頭を引き寄せ、苦しくてもキスを続ける。
頬にかかる鼻息がどちらのものか、わからない。
「う、ぁ……翔、好きだッ……好き、ぃ……!」
「俺も、鷹也を愛している……ッ……ぅ……!」
勢いよく白濁が散り、後孔には翔の熱が広がった。
大きなうねりとなった快楽が体を突き抜け、青白い閃光が視界を焼く。
(熱い)
溶けてしまいそうだ。
いや、文字通り溶けている。
青白い視界には、鷹也のスピリットアニマルの鷹と、翔のスピリットアニマルの鹿の影が浮かんでいた。
二つの影は互いに引き寄せられ、溶け合い、ひとつになる。
これが、ボンドを結ぶということ。
(ずっとこうしたかった)
多幸感に、じわりと涙が浮かぶ。
揺れる視界には、再び二つの影が現れた。
鷹は逞しい四つ足を持つ獣に、鹿には豊かなたてがみが増えている。
よく見ようと瞬きをすると、目を見開いた翔が視界いっぱいに広がった。
「今の、は……?」
鷹也の疑問に、翔は確信を持って答える。
「俺たちはパーフェクトマッチだ。スピリットアニマルが神獣化したんだろう」
「ボンド、結べたんだよな」
「ああ。だから……」
翔の指先が鷹也の耳を掠める。
ぴり、と耳元で聞こえたのは、耳裏に貼られていた小さなパッチを剥がす音だ。
「思いっきりここを可愛がれる」
「ッあ、今はダメだって、ぇ……!」
「却下」
最も弱い耳を舐られる。
果てたばかりの鷹也には強すぎる刺激だ。
思わず後ろを締め付けると、鷹也と同じく喜悦を味わったはずの翔の剛直がすでに固くなっていることに気付いた。
「な、なんで……⁉︎」
「鷹也が好きだからに決まってるだろ」
耳に直接注ぎ込まれた音。
背中に走る痺れが腰に直撃する。
再開した耳への愛撫は止まらない。
変になってしまいそうだが、それでもいい。
翔にだったら、すべてを委ねられる。
鷹也は堪えることなく、翔の首元に熱い息を吹きかけた。
*
黎明の空は、朱鷺色に染まっていた。
翔の熱を背に微睡んでいた鷹也は、とろとろと柔らかい幸せを感じて微笑んだ。
ほぅ、と吐き出した息が大きかったのだろうか。
背中の熱がもぞりと動いた。
「起きていたのか?」
「ちょっと前にな」
掠れた声で答えると、昨晩のことを労うように、首筋に口付けられた。
「痛むか?」
不安げな声が聞こえて、ころりと寝返りを打つ。
心配していますと言わんばかりの顔に、鷹也はくすりと笑った。
「平気だ。俺が頑丈なの、知ってるだろ」
「ああ」
ぴたりと隙間なく抱き合えば、翔の温もりが伝わってくる。
もう二度と、この温もりを離さない。
気が緩んだからだろうか。
それとも、ボンドを結んで少し制御が不安定だからだろうか。
体から青白い光が漏れ出し、「グウォンーという鳴き声が聞こえた。
現れたのは、二匹の大きなスピリットアニマルだ。
「これって、グリフォンと麒麟?」
「だな。凄い……」
ボンドを結んだ時に浮かんだ姿は、それぞれ空想上の生き物だった。
改めてスピリットアニマルを観察すると、鷹也の鷹は、雄々しい鷹の顔と、しなやかな獅子の体を持つグリフォンに変わり、翔の鹿は、顔が威厳ある龍に変わり、体には光に反射して瞬く鱗が生えていた。
グリフォンと麒麟は、仲睦まじく顔を擦り付け合い、まるで挨拶をしているようだった。
それが終わると、二匹はどちらからともなく夜明けの空へと駆け出した。
旭日に照らされた彼らの姿は、どこまでも自由をだ。
旭日が空の色を変えていく。
長い長い、夜が明ける。
「翔」
空を眺める翔の唇を奪えば、負けじと唇を食まれた。
こんなに何度も深く口付けを交わせばきっと伝わっている。
(愛している)
翔から向けられる吐息と視線。
それは、鷹也と同じ気持ちだと如実に語っている。
想いが通じ合った心地よさに、鷹也はうっとりと目を閉じた。
探し求めていた旭日は、鷹也のすぐ傍にある。
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