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第1話 人身事故の車内にて

  電車が大きく揺れた。大きく揺れて窓にぶつかったのだけど、周りの人たちはなにもなかったかのように携帯を見ている。車社会の田舎から出て長いのに電車にはまだ慣れない。 「ただいまこの電車はお客様との接触が発生しましたため、電車を急停止しました」 耳に着く詳細なアナウンスにぎょっとしたけども、やっぱり周囲の人たちは天井を見てすぐに携帯に戻った。それはめずらしくもないことのようで誰も動揺したりしない。  持っていたリュックを担ぎなおして、電車の進行方向に向かって歩く。  歩いても歩いても車両が続く。都会の電車は長い。歩いていると俺を目で追っている人がいるのが分かった。ロン毛を雑に結んだ髪に眼鏡、全身黒のゆるめの服で、若そうだけど、学生にもリーマンにも見えない男が、事故で止まっている電車で前に向かって歩いている。視線だけで不審な男というレッテルがはられているのが分かった。  視線の置き場がなく上を見ると、旅行の広告と目が合った。今と不釣り合いな笑顔が押し付けられる。旅行をしたことがないと話すと必ず勧められたことを思い出した。  窓の外が駅になる。駅にたまりだした人間はうろうろしたり、引き返したりとみな思い思いの行動をとる中で、若い女がうずくまっていた。隣の男が覆いかぶさるように背中をなでている。事故を目撃してしまったのかもしれない。あの二人にとってこの事故はトラウマになるのだろうか、それとも話題の一つになるのだろうか。  車両のつなぎめの扉を開けると、車掌が乗る空間があった。そこに男がうずくまっていた。男は具合が悪そうな顔色でこっちをまっすぐ見ていたので目が合った。  とたんに「うえっ」と今にも吐きそうな胃腸の不調がわかる声というより音を出す。 「すんません、なんかビニール袋的なもん持ってません? やばい、やばい……」 限界の人特有の絞りだした息と声が一緒にでている呼びかけ。  男は俺よりは年上に違いないが、若いけど若くないという年頃だ。どこかで見たことがあるような気がするが気のせいだろうか。 「ありますけど」  リュックを開けてさっきコンビニで買ったこまごまとしたものを入れているビニール袋を中身をひっくり返して渡した。 「どうぞ」 「ありがとう」  男はすぐさま、口にそれをあてる。吐いた息で袋が膨らんだ。 「見ちゃったんですか?」  事故がどこで起こったのかは知らないが、男はちょうどいい場所にいたのだろうか。若い女と違ってひとりこんなところでえづいてる。同じ立場なのに、暗いこの場所の効果もあいまってみじめさがにじみ出ていた。 「えっ、何を?」 「えっ?」 男がなぜか盛大な疑問符を顔に浮かべた。人身事故と言おうとしたとき、男は盛大にせき込む。 「うえっ、あ~~。あかん、出そうで出ぇへん。やば、もう、気持ちわる、だから電車はあかんねん」男は盛大に荒く息をすると、眉根を寄せた。「…あ、見ちゃったって幽霊? なに、出んのこの電車?」  男は息も絶え絶えなのに、律儀に俺の問いかけの主語を考えてくれたらしい。 「違います」 電車の幽霊なんて聞いたことがない。男がよだれがでたのを服の袖でふいたので、俺はもらったポケットテッシュを出して男に渡した。 「ありがとう」 「だいぶきてますね。吐いた方が楽じゃないですか? しばらく出られないでしょうし」 「出られない?」 「人身事故ですよ。ここは放送聞こえなかったんですか? にしても電車止まってるでしょ」 「人身、……人身?」  男は顔をひねり窓の方を見た。俺も一緒に窓の外の景色をみる。夜空の下の屋根は動いていない。 「ほんまや、電車止まってもうとるやん。そんなん、じゃあ、おれ元気にならなつじつまあわん」 「あんたはなんで体調崩してるんですか、場合によっては俺すぐ移動しないと」 夏は終わったがまだ日によって日中は熱い。ノロがはやるのはいつだっただろうか。 「電車酔いや……っ」 男は食い気味に叫び、その勢いでゲロを噴出した。ぼとぼとと液体が袋に落ちて、狭い場所に酸っぱいにおいが充満する。

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