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第1話 ひっそり佇む教会で ***
とある国の、国境にある小さな村。
その村の郊外に、その教会はひっそりと佇んでいた。
年に二回の催しと、月に一度の懺悔の儀以外は年老いた村人らしか訪れることのない、忘れ去られたような場所。
たまに礼拝に訪れる信者のために、そこに在籍する聖職者は神聖な場所を欠かさず磨き清めている。
そして今日は、月に一度の懺悔の儀が設けられた日だった。
聖職者は終日そこに訪れる者たちの懺悔を聞いては親身に寄り添い、場合によっては解決の糸口を導く役目を担っている。
この教会の懺悔室は、壁沿いに設置してあり、内部は壁や仕切りで完全に分かれている。
信者と聖職者の間には格子があり、声だけが通る構造で顔は一切見えない。
教会内にある木製扉はひとつで、その扉は信者が入室するためのものだ。
一方の聖職者は、壁一枚隔てた向こう側にある待機部屋と呼ばれる少しだけ広いスペースと一体化した空間から出入りを行う。
格子の前には長時間の加重に耐えられる頑丈な椅子と、教典を置くための小さな小棚があるだけだ。
「――というわけなのです。私はいったい、どうしたらよいのでしょうか」
その月の懺悔の儀に訪れた最後の信者は、自らの性的嗜好について打ち明けた一人の年若い男だった。
近くの村に住まう者ではない。
自分の住まう地から離れたこの教会だからこそ、懺悔という形で秘密を告白することができるのだ。
「……ッ」
「……?」
「あなたは、もう、十分に……です……ッ」
「は、はい?」
途切れ途切れに聞こえた言葉をきちんと受け止めようと、若者は耳をそばだてる。
「――胸の内には、誰もが個々の想いを秘めたるものです。主は、秘めることを咎めはしません。その欲望を他者に向けることのなきよう、祈りましょう」
今度は耳に心地よいしっかりとした低い声が響き、若者はこくりと頷いた。
「はい」
「抑えつければ抑えつけるほど、反発というものも大きくなります。自分の欲とよく向き合い、受け入れ、そして少しずつ他人には迷惑を掛けない形で発散していくことができれば、貴方の人生はこれまで以上に満たされたものとなるでしょう」
「はい!」
そうだ、自分が欲を抱えること自体は、悪ではない。
それを他者に向けた時こそ、初めて悪となるのだ。
まずはこの欲を抱えた自分自身をよく見つめ直さないと。
「ありがとうございました、司教様。これからも祈りの中で、自分の生きる道を探っていきたいと思います」
「ええ。主はあなたの罪を赦します」
目の前の木製格子から、優しい声が響く。
「主の平安が、いつもあなたとともにありますように」
若者はすっきりとした顔をして跪き台から立ち上がると、信者側の懺悔室から出て、そのまま教会を後にした。
「……どうぞ、カリスト様。もうお声を出しても、平気ですよ」
「~~ッッ」
聖職者側のスペースでは、三人の男が密集していた。
椅子の上に悠々と座るのは、先程までの懺悔に応えていた聖職者であるアダン。
そしてアダンの上に跨り、アダンのペニスをそのお尻の穴に突き入れられている聖職者、カリスト。
そして、そんな二人の前に座り込みカリストのペニスを口内に含んで美味しく味わう聖職者、ジウズである。
「僕は戸締りをして参りますね」
「ああ、頼む」
ちゅぽ、とカリストのペニスから名残惜しそうに口を離したジウズは、口元を法衣で拭いながら立ち上がり、戸締りをするために部屋から出て行く。
残されたアダンは、カリストの両乳首を捏ねていた手を離すと、両足をがっしりと後ろから抱え込む。
そして、声を出すまいと必死に耐えていたカリストを上下に激しく動かし、前立腺めがけて何度もその尻穴を自分のペニスで貫いた。
「んあああ“ッッ♡♡」
その激しい突き上げに、カリストのペニスは堪らず、びゅるるる、と精を解き放つ。
「はは、今日は調子がいいですね。信者を前にして、興奮していたのですか?」
ひぃひぃと快楽に喘ぐカリストの耳に舌先を入れて弄りながら、アダンは囁いた。
着衣を許されることのないカリストの、露わになった細く白い身体の至るところに、二人分の接吻の痕や歯形が赤く浮かび上がっている。
この教会は一カ月前まで、カリストひとりだけが、その教会に身を置いていた。
それまでの静かで慎ましいカリストの生活は、アダンとジウズ、二人の弟子たちを迎え入れたところから、変化した。
***
「カリスト様、お久しぶりです!」
「カリスト様、戻って参りました!」
名前を呼ばれたカリストは、落ち葉を掻き集めていた箒の動きを止めて、振り返る。
大きく手を振りながら近付いてくるその青年たちを目にした彼は一度首を傾げたあと、その二人の姿をまじまじと見ながら瞳を大きく見開いた。
「もしかして、君は……アダン、ですか? わぁ、久しぶりですね。それと、ジウズ? 二人とも、こんなに大きくなって……!」
カリストはいったん箒を木に立て掛けると、笑顔で両腕を広げる。
二人の青年たちは代わる代わるその腕に飛び込み、その存在を確認するかのようにキツく、ギュッと抱き締めた。
以前はカリストのほうが背が高かったはずなのに、今では頭ひとつ分、青年たちのほうが背が高い。
背が高いだけでなく、かなり鍛えているのか筋肉が付き体格も良くなっている。
「君たちが孤児院を出て行ってから、もう四年……いや、五年は経つのかな? 二人とも、本当に立派になりましたね」
カリストは、その綺麗な青い瞳に涙を滲ませながら微笑んだ。
カリストがこの辺境の地にある教会に身を寄せることになった理由は、彼らにあった。
もう少し詳しく説明すれば、この村から一番近い人口五万人程度の街の教会に在籍していたカリストが、孤児院で日常的に行われていた虐待を領主に告発し、最終的には孤児院で行われていた横領やら人身売買やらが露見することとなったのだ。
この事件は領民を巻き込んでの大騒動となったため、領主はその孤児院を厚遇するようになったが、この騒動をきっかけにカリストはすっかり有名人になってしまった。
そのため、その教会に在籍した責任者である高位聖職者が、もっとカリストが落ち着いて仕事ができるよう、また他者からの好奇の目にこれ以上晒されることのないよう配慮した結果が、この辺境にある村の教会への異動だったのだ。
そして街の教会に在籍していた時、カリストが虐待の実態を知るきっかけとなった、懇意にしていた孤児院の子どもたちこそ、まさにアダンとジウズだったのだ。
別れた頃はまだ少年のようだった彼らは、今や筋肉隆々とした立派な若者として、カリストの前に現れた。
時が経つのは早いものだな、と思いながらカリストは眩しそうに目を細めて、二人を見る。
「はい、俺たちはあの街を出てから傭兵として身を立て、国中を転々としていました」
黒髪短髪のアダンが、軽快に笑いながら胸を叩く。
「もう一生働かなくても普通に生活できるくらいには稼いだので、カリスト様のお手伝いをしたくてこの村に来たのですよ」
赤髪癖っ毛のジウズが、頭を掻きながら長い前髪の隙間からカリストを上目遣いで見る。
「ふふ、二人とも、身体は大きくなったのに変わりませんね。どうぞ、お入りください。質素なものしかお出しできませんが、精一杯おもてなしをいたしましょう」
カリストは指先で涙を拭いながら、二人の来訪者を歓迎した。
元気に戻ってきてはくれたものの、二人の身体には一生治ることのないだろう傷が、あちこちに見てとれる。
言うほど楽な仕事では決してなかっただろう。
何度も死線をくぐり抜けてきたに違いない。
それでもこうして五体満足で成長した姿をわざわざ見せにきてくれたのだ。
貯蔵庫に入れておいたお肉はまだあったかな、などと思いながらカリストは足取り軽く、二人を招き入れたのだった。
***
「こいつ、その時調子に乗って飛竜にも乗ろうとして……」
「おい、それを言うならアダンだって、オークの群れを奇襲する時、オナラで起こしたっていう迷惑千万な伝説があるだろ!」
「ジウズてめぇ、よくもカリスト様の前でその話をしたな!」
三人で食卓を囲み、カリストは二人の賑やかなやり取りをニコニコとして見守っていた。
こんなに楽しい晩餐はいつぶりだろう、と嬉しく思う。
聖職者であるカリストはお酒を飲んではいけないが、村人たちが善意で寄贈してくれたワインが貯蔵庫には眠っていたので、今日は特別にそれを出した。
主神に感謝を捧げながらひとり粛々といただく食事とは違いすぎる。
カリストは、絵本の読み聞かせをしてもらっている子どものようにハラハラドキドキしながら、二人の冒険譚に聞き入った。
それはとても楽しいひとときだったが、やがて夜も更け、カリストはそろそろ就寝時間だと酔っ払い二人に声を掛ける。
「君たちは、これからどうするのですか?」
「俺たちは今日から、カリスト様の弟子ですよ」
「これからは、この教会を一緒に守っていく聖職者です」
「……え?」
寝耳に水の話に、カリストは目をしばたく。
「だから今日からここが、俺たちの居場所です」
「カリスト様、こちらが任命書です。僕らはこれからずっと、カリスト様と一緒ですから」
「ええと、ひとまず任命書を私に見せていただけますか?」
渡された任命書に目を通したカリストは、愕然とする。
そこには、カリストが信仰する宗教を束ねる教皇の名前が記載されていたからだ。
「……これは、本物でしょうか?」
はっきり言って、こんな辺境の地に未来ある若者二人を弟子として寄越すとは思えなかった。
もし二人が何かしらの誤解でこのような境遇に見舞われてしまったのなら、直談判してでもこの任命を解いてあげよう、と固く決意する。
「本物ですよ、カリスト様」
「俺たち、傭兵の時にお偉いさんを助けたんです。で、何か願いを叶えようって言われたので」
「僕らがカリスト様の傍にずっといたいと、お願いしたんですよ」
「え?」
二人が教皇にお願いした、と聞いてカリストは首を傾げた。
誤解でも罰でもないという二人の話は理解できたが、行くならばもっと良い地はいくらでもあったのではないかと不思議に思う。
「そうですよ。だからこれから、よろしくお願いいたします」
ジウズは頭を深々と下げる。
「俺たち、傭兵時代に狩りもしてたんで。これからは食事が豪華になりますよ、カリスト様!」
アダンはニカッと邪気のない笑顔を向ける。
「お話はわかりました。……ではまず二人とも。今日から禁酒ですよ、この教会の聖職者になるならそのくらいの教えは守ってくださいね」
カリストは笑顔で、酔っ払い二人を涙目にした。
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