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本編1
眩しかった───
姉に見せられたDVDの映像に映っていたのは2人の男性。
スパンコールが散りばめられた衣装、サイリウムの海、降り注ぐスポットライト、どれもが輝きを放っていた。そんな輝きに負けず、寧ろ圧倒する程の強い光を纏っていたのはステージに立つ男たちだった。
「おれもなりたい。あの、完璧なアイドルに」
「ユニット再結成をしませんか?」
マネージャーである皆本が突然放った言葉に身が固まる。
「皆本さん、今ユニット再結成って言った?」
思わず聞き返すと彼はこくこくと少しこちらの様子を伺いながら頷く。どうやら本当のことだったらしい。ユニット、とても心が躍る言葉。憧れ、焦がれ、そして。そこまで考えた時、少し浮き足立ちそうだった気持ちが落ち着き現実へと引き戻される。
「ソロの時間が思ったより長くなってしまいましたが、ユニットとして活動していくという目標の再スタートにはそろそろ良い時期だと思うんです」
確かに、ユニットの活動は俺が皆本さんと出会ってから立てた目標のひとつだった。だけど、今の俺にはそれが果たせるものなのか自信が薄れている。つい俯いてしまった俺に皆本さんが言葉を続ける。
「それに、鈴木さん自身もソロでのアイドル以外の活動に限界を感じていましたよね?」
「...う」
物静かそうな雰囲気に反し、皆本さんはこちらの心情を全て見透かしているかのような発言をする。
皆本さんの言う通り、ソロの活動には限界を感じていた。色々あったにも関わらず、俺は夢や理想を諦められない頑固者だ。今でも必死にもがいている俺の姿を見かねてのことだろう提案には是が非でも乗りたかった。というか、乗るしかない。
「……再結成は、俺もするべきだと思う。でも、再結成するとしてもメンバーがいないんじゃ……」
再結成に対しほんの少し前向きな姿を見せた俺の様子に、皆本さんはその言葉を待っていたとでも言うように笑みを浮かべる。
「実は鈴木さんに丁度良い新メンバーを見つけてきているんです!資料を渡しますね」
用意が良すぎる皆本さんに、もしかしてこうなることが計算されていたのか?と疑念を向けながら新メンバーに関する資料を受け取るのだった。
ユニット再結成の話を持ち掛けられてから数週間。初めて新メンバーと顔を合わせる日になった。
頭がクラクラしそうになる。期待する気持ちが当日になればもう少し湧いてくるだろうかと思っていたが、変わらず湧いてくるのは不安だけだった。
「皆本さん、俺吐きそうかもしれない」
「はは、案外吐いた方が良いかもしれないですね。そのままで行きましょう」
なんて事を言うんだ。担当アイドルに対してマネージャーがそんな事を言うなんて聞いた試しが無いと恨みを込めて皆本さんを睨む。
そんな視線に気づいてか皆本さんはこちらを見つめてくる。
「鈴木さん、不安になる気持ちも分かります。でも、あなたが更に輝く姿を私は見たいです。この出会いはその姿を見られるきっかけとなると思います。」
こう言う皆本さんの顔は真剣だった。
そうだった、皆本さんは1番最初に俺を見つけ出してくれたマネージャーであり、ファンなんだ。そんなファンを悲しませることは出来ないし、俺の夢を叶えるためにはこんな所でうだうだしてる暇は無い。
意を決し、俺は新メンバーが待つ部屋の扉へ手をかけた。
ガチャリと扉が音を立てて開く。先日目を通した資料に載っていた写真の男、これから新しくユニットを組むこととなる川口颯太が椅子に深く腰掛けているのが見えた。
「お疲れーす」
川口が間延びした声で、椅子に座ったままそう言ってくる。正直、カチンと来た。
資料には、川口はまだ事務所に所属して3ヶ月ほどしか経っていないと書いてあった。それにも関わらずマネージャーや初対面の先輩に対してこの態度だ。厳しすぎる上下関係は俺も如何なものかと思うが、これは流石に最低限も出来ていない。
そうイライラを募らせている所に皆本さんが声を掛けてくる。
「まぁまぁ、一旦鈴木さんも座りましょう。川口さんは姿勢を正して座ってくださいね。」
その声で我に戻り椅子に座る。それにしても川口の第一印象は最悪だ、皆本さんの推薦だからと信じていたが期待しない方がいいのかもしれない。
「お互い写真で顔は知っているでしょうが、初対面ですし自己紹介をそれぞれお願いします。」
「あ、じゃあオレからいきます。川口 颯太、23歳っす」
「……鈴木 陸です。26歳。」
俺がそう不満げに言うと川口は目を瞬かせる。
「鈴木さんって裏ではそんな感じなんすか?もっとナルシストっぽいのかと思ってました」
「ナッ......」
本当に失礼なやつだ、と思いつつも否定できない。俺は確かに仕事をしている時は自信家のように見せている。自分に自信が無い裏返しに強く見せようとしていたらついそうなってしまう。皆本さんにもっと楽にしてもいいと言われ続けているが、暗い部分はファンには晒したくない。
「それは置いといてですね、以前にも話した通り、お2人にはユニットを組んで頂きます。」
もう了承してしまったから嫌だとは言い出せないが、かなり忌避感を覚えている。こいつが相手で上手く出来るだろうか、こいつもいつかいなくなるんじゃないのか、俺のなりたいアイドルに近づけるのか、ぐるぐると暗い思考が渦巻き出す。
「顔合わせの一環として一通りレッスンをしたいと伝えていましたが、川口さんは事前に渡したレッスン内容に目を通しました?」
「OKっす」
「鈴木さんも」
「……あっ、ああ、はい」
「じゃあダンスから軽く通してみましょう」
皆本さんがスピーカーの再生ボタンを押すと音楽が流れ出す。いくら嫌悪感を抱いている相手が横にいるとはいえプロとして手を抜く訳にはいかない、と気合いを入れてステップを踏む。川口はどうだろうかと思いチラと鏡に映る姿を見る。
───上手い
真っ先にそう思った。自分の体の使い方、見せ方、リズム感や表現力。そのどれもが一流と言っても過言では無い出来をしている。
思わずダンスに魅入っていると曲が終わり、皆本さんがボイストレーニングへと移るよう促す。
結果、ダンスほどとは言わないものの歌もそのまま客前で披露しても申し分のないレベルをしていた。
この男はもしかしてとんでもなく逸材なのではないか、そう思わざるを得ない。態度は悪いが、それを補って余りある能力を持っている。言動はこれから直すように指導していけば良い、川口なら俺の理想とするアイドルに───
「今日もう終わりっすよね?先あがりまーす」
見直している隙に川口は脱兎の如きスピードでレッスン室を後にする。
「……能力は見ての通りです。それに」
「態度は悪い、ですか?俺あいつとやっていけるのかな……」
苦笑する皆本さんを背に俺はへたり込んだ。
いくら注意しても、いくら注意しても川口の言動が直らない……!!!!
初対面から更に2ヶ月、未だに川口の舐めた態度を改められずにいた。ひたすらレッスンをしていた期間だったが、川口は態度がそのままなどころかレッスンに来ない日も少なくなかった。今日も遅れている。それにも腹が立つが、そのような状態でも能力がブレないところに1番腹が立っていた。
俺が欲しいものをもっていながらどうしてここまでやる気を出さない、そんな態度をするくらいなら俺にその力が欲しかった。
怒りと共に、どうしようもない焦燥感が嫉妬心となって芽生えてくる。俺は早くあの時見た姿になりたいのに、また足踏みをしてしまうのか。
「おつかれーす、あれ、また遅れっすかね」
思案していると川口が呑気そうにレッスン室に入ってきた。イライラを呑み込んで冷静になろうと努める。
「……30分の遅刻だ。一昨日も遅れただろ、そんなんじゃアイドルとして」
「すんませんって」
言葉を遮るように心の籠らない謝罪をする川口。
「お前……」
堪忍袋の緒がそろそろ切れそうになってきた時、レッスン室の扉が開き皆本さんが勢い良く入ってくる。
「おはようございます!デビューライブ日が決まりましたよ!」
デビューライブ、俺にとっては2回目だが非常に喜ばしいニュースに拳を軽く握った。
しかし、今はそれよりも目の前の憎たらしいコイツが問題だった。このままでファンに喜んでもらえるようなライブが出来るのだろうか、不安しかない。川口は何を思っているのか分からないヘラヘラとした顔でおお~と一言だけ発していた。
やはり、上手くいく気がしない。
川口に対し、暖簾に腕押しのような状況が続くままライブ日になってしまった。
相方との関係が最悪なのはあまりにもコンディションとして悪いが、楽しみにしてくれている人たちを絶対に後悔させない。それがアイドルの使命だと自分に言い聞かせ、衣装を羽織る。
自分に用意されたマイクを握りしめ、出番を静かに待つ。川口は初の舞台だが大丈夫だろうかと横目で確認したがいつもと変わらない様子で立っていたので心配して損した。
MCにユニット名を呼ばれる。ようやく出番だ。スポットライトと観客の待つステージへと歩みを進めた。
ふうと息を吐く。疲れたが、やはりステージに立つのは楽しかった。他のアイドルのライブを目当てにしている客が多いが、昔から来てくれているファンの子も居た。俺のメンバーカラーのサイリウムが振られる度胸が高鳴り、その度パフォーマンスへの熱が入っていった。楽しんでくれただろうか、俺に興味が無かった人にも輝いて見えただろうか。
ライブの余韻に浸っていると珍しく真剣な顔をした川口が目に入る。流石にステージに立ったら緊張したのかと考えるが、いや、いつもと同じで何も考えていないだろと頭を振る。
後日、ライブが終わってから最初のレッスンを行う為レッスン室へ入る、するとそこにはなんと川口が居た。遅刻か、遅刻じゃなくても俺より遅く来ていた川口が居るなんてどういう風の吹き回しだと呆然としていると、本人が近づいてきた。
「おはよう、ございます」
何を言われるのかと思ったらまさかの挨拶。突然のことに反応出来ずにいると今度は
「オレ、次のライブではあんたの上に行きます」
宣戦布告された。本当に何が起こっているのかが分からない、皆本さんに来て欲しい。意図が全くわからない為どう返せばいいかも分からずオロオロしていると川口がハァと溜息をついて呆れたとでも言わんばかりの顔をする。
「なんでオレはこんな人に……」
そう呟くとくるりと背を向けられた。こんな人とはなんだと思いつつ、いつもよりやる気のようなものを感じる背中に少し期待している自分がいた。
オレはいわゆる天才肌というやつなんだと思う。特に何をしなくても人並み以上に出来るし、出来ない奴らが何故出来ないのかが分からない。そのせいか今まで人付き合いが長く続いたことがなかった。オレが舐め腐った態度をしているからもあるだろうけど。
芸能事務所に入ったのだってオレの才能を使って楽に生きたいからだった、顔も周りから高く評価される事が多いしオーディションは簡単に通過した。
そこから特に何かある訳でもなくテキトーに過ごしていたらオレのマネージャーだという皆本さんから「アイドルユニットを組みたい」と提案された。
「別にオレはなんでもいいっすけど、オレと一緒に過ごすなんて相手は楽じゃないと思うっすよ」
そう返すと皆本さんは大丈夫ですよと笑って言う。
「これから組むことになる人、鈴木さんと言うんですけど。鈴木さんは川口さんが懸念するようなことにはならないと思いますよ。」
嘘だ、今までオレの傍から離れなかった人なんていない。皆勝手に折れて勝手に恨んでくる。
「あー……まぁ好きなようにどうぞ、オレはテキトーにやるんで」
「ありがとうございます。実は鈴木さんに関する資料持ってきてるんですよ、この日に顔合わせをするので目を通しておいてくださいね」
手際が良すぎる。この人、オレがどういう反応をしようと絶対YESと言わせるつもりだっただろ。皆本さんって結構食えない人だよなぁ。
顔合わせ当日。会議室でスマホを触りながら皆本さんたちを待つ。
鈴木 陸。19歳で事務所に所属して20歳でアイドルデビュー。前にもユニットを組んでたことがあるらしいけど、解散。そこからはソロでアイドル以外の仕事をしていたららしい。
なんで解散したんだろうな、喧嘩とか?The王子様って見た目しといて案外性格悪かったりでもすんのかな、そしたら厄介者の寄せ集めユニットだ。
自虐しながら嘲笑してると扉が開く。件の男の姿を捉えると思わず唸ってしまった。写真で見たよりもずっと綺麗な顔をしている。
「お疲れーす」
緩くそう言うと鈴木が眉を顰めたのを見逃さなかった。皆本さんが鈴木を席に座るように促すと大人しく座ったがオレにイライラしているのは伝わってくる。こりゃ長くは続かないだろうな、そう既に結論付けるともうどうでもよくなり、色々言われていた気もするが全て流した。
数ヶ月鈴木と一緒にいて分かったことがある、この男はオレと合わない。
それなりにダンスも歌も出来ているのにそれでもレッスンを死ぬ気でやろうとするし、オレに歩み寄る気が無いのなんて分かってるはずなのにまだオレに期待をして色々口出ししてくる。
鈴木は「アイドル」という単語をやたら持ち出すし、ライブが決まったと皆本さんが言ってた時は目が輝いてた。余程アイドルという存在が好きなんだろう。
そりゃ、ただ楽に過ごしたいからアイドルになったオレがそんな鈴木と反りが合うわけが無い。
メンドくさいな。そう思いながらライブまでのカウントダウンは進んでいった。
特に何か大きな変化も無いままライブ当日になった。緊張することも無くぼーっと出番を待っているが、隣の鈴木はギラギラと滾っているようだった。暑苦しいなとうざったく思っているとオレたちの番になる。
歌い出しもダンスもいつも通り、そう思ったのに、鈴木の様子が一変した。可もなく不可もないとレッスン中思っていた鈴木のパフォーマンスが、一緒に立っているオレの存在なんか見えなくしてしまう程の圧倒的な光を放っている。
なんで、どこにそんな力を、そう考えていたが、時間が経つ毎に鈴木の迫力が増していく。
完全にこの男に食われていると冷や汗を流しながら鈴木の顔を見る。しかし、鈴木の瞳にはオレなんか1ミリも映っていなかった。ただサイリウムを見つめ楽しそうに歌い踊る鈴木に、オレは初めて強い感情を覚える。
この男の目を、独り占めしたい。この輝きを、俺に向かせてやりたい。
今まで出てくることの無かった激情がドロドロと溢れ出して昂るオレに、曲は終わりの音を無慈悲に告げる。
鈴木の締めの挨拶に観客は湧くが、オレには鈴木の顔や声しか入ってこなかった。
あの宣戦布告の日以来川口はレッスンに真剣に取り組むようになった。それはいいのだが……
「鈴木さん、今度オレとメシ行きましょうよ~何回誘ったら来てくれるんすか」
代わりにかなり面倒な絡み方をされるようになってしまった。前みたいに歩み寄る気の無い舐め腐った態度をされるよりは数倍マシだが人との距離の取り方が下手すぎるんじゃないのか。
「行かない。急に何なんだ、そんな暇があるならレッスンでもしてろ」
「ツンケンせずに、オレにもライブ中みたいな王子様スタイルで接してくださいよ」
「嫌だ。ほら、前合わなかった振りの練習するぞ」
ケチだな~と文句を言いながらも川口はスタート位置に着く。こんな奴だが、最近はレッスンを真面目にしているからか既に上手かったダンスが更に上達している。嫉妬を相変わらず覚えてしまうが遅れるようなことがあってはならない、俺はアイドルに、完璧なアイドルにならなくてはいけない。
次のライブまで時間が無い、ステップを踏む足に力が入った。
休憩時間、スマホを開くと連絡アプリに1件の通知が来ていることに気づく。皆本さんからだろうかとアイコンをタップすると、相手はユニットを解散してからパタリと会話が途絶えていた元ユニットメンバーの原田 高人だった。
「会って話しがしたい。今日の午後にでも会えないか、事務所横の喫茶店で待ってる」そう書かれたメッセージに息を詰まらせた。高人とは円満とは言えない別れ方をした、しかも俺に要因がある。
高人は芸能界を引退し、俺はアイドルとして再スタートした。きっとなじられるだろう、高人だって芸能界を夢見て一度はこの世界に入ってきたのだ。
怖くなりスマホを閉じようとした時「それって元相方っすよね」という声に、反射的に息を呑んだ。
「お前っ、勝手に人のスマホを覗くな!」
バッとスマホの画面を隠すと川口はケラケラと笑う。
「会ってきたらいいじゃないっすか」
「そうは言っても……あいつは俺を恨んでる、と思う」
俺を見つめてくる川口の顔を見れず、下を向いてしまう。川口はふーんと言い、離れていったが顔を上げることが出来ない。
高人は良い奴だった。一緒にアイドルを夢見てユニットを組んだ日は今でも輝かしい思い出だ。
だが、俺は自分の理想に早く近づきたいあまりに高人に無理を強いてしまった。そんな日々が続き喧嘩が絶えなくなり、ついに高人は芸能界を辞めると言い出しユニットは解散。
俺が高人のアイドルという夢を途絶えさせてしまった。そんな相手に今更どんな顔をして会えばいいのかわからない。
暗い気持ちを切り替えるようにしてレッスンを再開した。
足が重い。今まで不調なことは多々あった。しかし、ここまで足が動かないのは初めてだ。歌も思うように声が出ない。
理由など分かりきっている、高人からのメッセージだ。「話がしたい」、あの言葉を見て以降、全身が鉛を付けられたかのように重く感じる。
「川口」
「なんすか?」
「今日はもう、レッスンを終わりにしてもいいか?」
「は?あのレッスン激ラブ鈴木さんからそんな言葉が出てくるなんて熱でもあるんじゃないっすか!?」
川口が軽口を叩いてくるが、その言動に何か反応をする気にもなれない。
「鍵をよろしく頼む、あと照明を消し」
て、と言いかけた所で川口が急に俺の額を触ってくる。
「熱は無いっすね。家に帰るんすか?」
「あ、ああ。そうだな、家に帰る」
「原田さんのとこに行くのかと思いました」
俺は目を見開いた。相変わらずこいつはずけずけと触れられたくない部分に遠慮なく掴みかかってくる。本当に苦手だ。
「……うるさい。高人の件は川口には関係ないだろ」
睨みながらそう言うと川口は更に遠慮の無い言葉を吐いてくる。
「鈴木さん、今日ステップ何回間違えた?オレについて来れない場面何回あった?歌詞が飛んでたし、キーもズレてた」
こいつ、こんなに他人を見ている奴だったか?そう疑問に思ったが、今はそれどころじゃない。川口にも不調を見抜かれてるほどに弱っているなんてプロとして失格だ。あまりにも情けない俺の姿が全面に写ってしまう、鏡だらけのレッスン場から早く去りたいのに川口が逃がさないとばかりに腕を掴んでくる。
「離せ……!!」
そう言い振り切ろうとするが更に力を込めて握り締める。痛い。
「ハァ、もう本当に頑固だな!!」
初めて大きな声を上げた川口に体が飛び跳ねる。
「アンタがバカが付くくらい頑固なのは分かってたけど、本当にバカだ!」
「いっつもうるさいくらい言ってる“アイドル”に今の鈴木さんがなれると思ってんの?アンタが言うアイドルって今みたいなパフォーマンスで満足しないんだろ?なんで問題の原因になってることといつもみたいにバカ真面目に向き合わないんだよ」
川口は矢継ぎ早にそう言い切る。あまりにも正論で、返す言葉が見つからない。でも、俺はここまで言われてもなお、高人と向き合う事を怖いと思ってしまっている。
「川口には、分からないから……」
「そうだよ、俺は原田とか言う奴会ったこともないし。でも鈴木さんは関係ある。今鈴木さんとユニットを組んでるのはオレだよね?」
それに、と川口は言葉を続ける。
「オレは初めてのライブからずっと鈴木陸というアイドルが頭からずっと離れなくなっちまってる。あの時のアンタはオレの人生で初めて眩しくて、手を伸ばしたいと思った存在なんだ。なのにそんな腑抜けた状態を続けられたらオレは光を失ってしまう」
そう言い切ってから川口は小さくやべ……と呟く。そんな事を思っていたのか。俺が呆然と川口を見ていると、川口はバツが悪そうに頭を掻き、再び俺の目を見てくる。
「……こんな事言うつもり無かったのに最悪だ。オレがここまで言ってんだから、ちゃんと問題解決していつもの小煩い鈴木さんに戻ってくださいっすよ」
いつもの軽薄な口調に戻ってしまったが、今の言葉には熱い思いが込められているのが伝わってきた。
「そうだな……川口の言う通りだ。問題を先延ばしにしても苦しくなるばかりなのは知っている筈なのに、怖がって動こうとしなかった」
「じゃあ原田さんのとこ行くってことすか?」
「ああ。それに俺のファンである川口の前でこんなカッコ悪い姿見せ続ける訳にもいかないしな」
「ちょっと待って、オレが?鈴木さんのファン???」
川口が慌てたような顔をする。今まで他人を舐めたような顔ばかりをしていたらから、こんな顔を見るのは新鮮で、少し仕返ししたような気持ちになって不意に笑ってしまった。
「俺はさっきの告白をそう受け取った。ありがとう、川口。帰宅は止めて、高人に会ってくる」
俺は高人が待つであろう喫茶店に行く為、レッスン室の扉に手をかける。
「間違っちゃいないけど、ファンって一括りにされるのはなぁ。なんかもっとトクベツな……」
まだ微妙な顔をしている川口を背に、俺は部屋を出た。
カラン、と音を立て喫茶店へと足を踏み入れる。店内を見渡すと懐かしい顔と目が合った。
「鈴木」
高人は俺の名前を呼ぶと目の前の椅子へと手招きをした。深呼吸して高人の元へ行く。もう覚悟は出来た、どう言われようと受け止めて俺は前へ進む。
「高人、ごめん」
椅子に座るやいなやそう謝罪した俺に、高人は予想していなかったのか驚いた表情をする。
「俺のひとりよがりな理想を押し付けたせいで、高人に無理をさせてしまった。芸能界を引退するまで追い込んでしまった。本当に、申し訳ない」
高人に伝えたかった謝罪の言葉を続けた。今更と怒るだろうか、そう思いながら恐る恐る顔を上げると高人は困ったように笑った。なんで。
「陸、俺も言いたいことあったんだ。まず、芸能界を辞めたのはお前のせいじゃないよ。まぁ、お前の押し付けにも多少イライラしてたからミリくらいはあるかもな」
「う、ごめん……」
「そんな縮こまるなよ。俺が芸能界を辞めたのはさ、俺自身が折れたからなんだよ。俺、お前に嫉妬してた」
そう言う高人の顔は吹っ切れたように清々しかった。
「陸はアイドルとして本当に輝いていた。そんなお前の横に立つ俺はいつもお前と自分を比較して、惨めな気分になって、それでお前の言うこと全てに反発していた。醜いやつだよな」
初めて聞く高人の思いを、俺は黙って聞いた。
「陸は時間が経つ毎により階段を登って行ったけど、俺にはもう陸と同じように歩いてはいけないと思ってアイドルという階段は降りたんだよ。その時にはもう芸能界でやりたい事も無くなってたし、未練もなかったから引退して、今は営業マンとして働いてる」
未練は無い、芸能界を辞めたのは自分の意思、そう聞いても俺の気持ちは晴れなかった。
「陸、お前また暗い方に考えてるだろ。お前の性格を考えたら俺との喧嘩別れを引き摺ってそうだなと思ってたけど案の定だ。来てよかったよ。
俺は折れてしまって、お前と顔を合わせるのを避けてた。けど俺、お前のライブがネットニュースで取り上げられてたの見ちゃったんだ」
来た……!やはり、怒っているんだろうか、凝りもせずまたアイドルとしてスタートした俺を。
「その写真のお前を見たらさ、俺思い出したんだよ。俺は確かにお前の横に立つのが惨めになって嫉妬していた、でもお前のファンだった事をさ」
「え……?」
予想外の一言に情けない声が出てしまう。
「お前と初めてステージに立った日、俺は同じ場所に立ちながらも陸の姿に見惚れてた。あの時俺は鈴木陸の相方でありながらファンにもなったんだ」
「そんな事一言も……」
「言えるわけないだろ、恥ずかしすぎるわ」
高人はそう言い笑う。
「そんで、ニュースで見た時1番に思った感情が“応援したい”だったわけ。嫉妬で一時期グチャグチャにはなったけどさ、俺は今でも鈴木陸のファンらしい。推しの活躍を見る為には少しでも障害は無くしたいのがファンだろ?俺のことは、気にすんなって言いに来たんだよ」
高人の言葉に、俺は心が軽くなったような気がした。思わず目頭が熱くなり、涙が1滴頬を伝った。
「なんで泣くんだよ!?俺が泣かせたみたいだからやめてくれ!」
一度流れ出すと涙は止まらないらしく、次々と涙が溢れ出し頬を濡らす。
俺はファンに恵まれているな。今日だけで2度もファンに勇気づけられてしまった。本来、アイドルの俺がファンを勇気づける筈なのに、貰ってばかりだ。
「泣きやめ……!他の人もいるんだから!」
「あーあ、原田さんが鈴木さん泣かせた~」
突然聞き覚えのある声が割り入ってきた。思わず涙が止まる。
「川口……?なんでここに」
「なんでってまぁ、保護者みたいな?」
恥ずかしいところを見られてしまった。心配してこっそりついて来ていたのだろうか。尾行は感心しないが、その優しさに胸が温かくなる。
「円満解決したみたいだから言うんすけど。鈴木さん、皆本さんがカンカンに怒ってましたっすよ」
今まで温まっていた体が一変、その言葉を聞きサーッと冷える。皆本さんに何も言わずレッスンを途中で切り上げたからだろうか、急いで外へ飛び出す準備をする。
「高人、今日はありがとう!また必ず連絡する、喫茶店代はここに置いておく、それじゃあまた!」
皆本さんの怒りが膨らまないでくれ!!と祈りながら店を飛び出した。
「ハハッ、面白~。皆本さん何も怒ってなかったっすけどね」
鈴木さんが顔を真っ青にして飛び出していくのを見送り、オレは原田さんへと顔を向ける。
「なかなかいい性格してそうだね君……。川口颯太、だっけ」
「そうそう、よろしくっすよ原田さん」
「よろしく」
笑って返す原田さんを観察する。顔は元々アイドルしてただけあってまぁまぁ整ってる。鈴木さんほどの華々しさはないが、人好きのする顔をしている。
「川口くん、陸に悪い虫でも付かないように着いてきたの?」
「ハァ?」
唐突な物言いにオレは呆気を取られる。なんでそんな思考になる。
「川口くん、俺と同じような目をしてたからさ。君も陸の眩しさにあてられたんだろ」
「……うるさ、勝手に折れてるから弱い人なのかと思ってたけど、案外強かでしょアンタ」
意図して棘のある物言いをしたが、原田さんは笑って躱す。オレこの人苦手かもと不満ゲージを上げていたら原田さんは穏やかな顔をしてポツリと喋りだした。
「陸がまたユニットのアイドルとしてスタートすると知った時、相方が潰れないか心配になったんだ。でも今日川口くんにも会えて良かった。君は俺のようにはならなそうだ。陸は眩しすぎるが、頑張れよ」
「……まぁオレは折れたりなんかしないっすよ。泥臭く足掻いてでもあの人の隣に立ってやるし、寧ろ追い越してやる。絶対にこの場所から離れていってやらないっすから」
本当に嫌な奴ならぶっ飛ばしてやろうと意気込んで来たが、今の言葉で完全に毒牙を抜かれてしまった。
言われなくとも全力で、オレの持てる力全てであの人に近づいてみせる。
「でも陸をあんま困らすなよ、川口くんの感情ってファンとしてだけじゃないだろ。どう見てもこ」
いと言いかけた原田さんの口を必死に塞ぐ。何言ってんのこの人!?否定出来ないがこんな人に見抜かれるようなオレ、まだまだだ。それにしてもこんな人目のある所でこういう事言うか?普通。
「オレアンタのこと嫌い。指くわえてオレが鈴木さんと一緒にステージ立つとこでも見てろ」
「ハハ、名前呼されてもないような人にマウント取られても痛くないや」
やっぱりぶっ飛ばした方がいいかもしれない。
高人との再会から1週間、俺はライブ会場の楽屋にいた。高人と和解して以降体は羽の生えた様に軽くなり、気持ちも以前とは比べ物にならないくらい更に高まっていた。
ピロンと音を立てたスマホを開くと、高人から「ライブ頑張れよ。俺も会場で見てる」とメッセージが入っていた。
嬉しくなり返事をしようとすると画面を手で隠された。
「何してるんだ、川口」
川口は不満そうな顔をしてスマホの画面から手をどけようとしない。
「本番直前っすよ。昔の男に声掛けるより、今目の前にいる男に何か言った方がいいんじゃないっすか」「昔の男って、お前言い方ってものが……いや、そうだな」
スマホを机に置き川口を見る。初めて会った時とは比べ物にならないくらい頼もしく感じる目だ。
「川口。俺は、お前となら俺が夢見るアイドルへと駆け上がれると信じている。今日も、明日からも一緒にステージに立ってくれ。」
「もちろんっすよ。アンタがオレを置いていきそうになっても絶対逃がさないっすからね」
楽屋に皆本さんが出番を告げに入って来て、頭を切り替える。
サイリウム、スポットライト、ファンの輝く笑顔、全てに照らされて歌い踊る俺と、川口を想像して口角が勝手に上がってしまう。
幕開けまでもうすぐだ。俺たち───『rivibell』の姿を皆に見せよう。
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