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本編2

 今、オレには大きな悩みがある。それは───  『鈴木さん、今日オフっすよね。飲みに行きましょうよ』  『嫌だ』  『鈴木さん、仕事終わりました?メシ行きましょ』  『嫌だ』  というように鈴木さんを外食に誘っても全く靡いてくれない事だ。    衝撃のデビューライブ後、俺はレッスンをサボらず真面目に取り組んでいる。あの人に追いつくため。  そんなレッスン中、以前よりも親しみやすく接しているつもりなのだが、どうにも初対面での悪印象が尾を引いているようで鈴木さんはオレを警戒している。  自業自得とはいえ、想い人にこうも振られ続けると流石にショックだ。  そんなこんなしていると鈴木さんがレッスン室にやって来た。今日もめげずにアタックをする。  原田さんと鈴木さんが和解してから数ヶ月。雑誌のインタビュー後に鈴木さんに声をかけられる。 「川口、その、この後ご飯を一緒にどうだ」  突然の誘いにポカンと口を開けて動きを止める。 「む、無理だったらいいんだ!忘れてく」  れ、と言わせずすぐさま気を取り直して返事をする。 「行きます!絶対に行きます!オレ良い店見つけてるんすよ!」  鈴木さんが誘いを撤回する前に早口で捲し立てる。何があって鈴木さんからオレを誘うことになったのかは分からないが、こんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。オレは目にも止まらぬ早さで衣装から私服に着替え、鈴木さんの帰りの支度が整うのを待つのだった。  ガヤガヤとした焼肉屋の奥にある個室へと店員に案内される。席に着くと、鈴木さんはその……と喋り出す。 「川口には高人との件で世話になった。せめてものお礼として、一緒にご飯でもどうだろうと思って誘ったんだ」  相変わらず真面目だなと呆れると同時に愛おしい気持ちが湧いてくる。ステージ上であんな圧倒するような存在感を見せる男とは同一人物とは思えない程恐縮する姿を見せる鈴木を可笑しく眺めた。 「そんくらい気にしないでいいっすよ。それより鈴木さんも明日はオフっすよね、酒呑んじゃいましょうよ」 「ああ、そうだな……折角なんだ、飲ませてもらう」  素っ気ない猫がやっと懐いたみたいで可愛いな〜。  1時間ほどして、ようやくオレは酔いが回ってきたかなという頃。鈴木さんは完全に仕上がっていた。  白い肌を朱く染め、濡れた瞳。いつもの真面目な表情からは考えられないくらい緩んだ顔立ち、呂律も上手く回らず、舌っ足らずになっている鈴木さんは目に毒だ。  他のやつが飲みでのこういった場面など複数回見た事がある筈なのに、鈴木さんに対しては初な反応をしてしまう自分を完全に恋にのぼせてるなと自嘲する。  というか鈴木さんてこんな弱いのか、他人のいる飲み会なんか参加させられない。この姿をオレ以外の誰にも見せたくないから、と決意を固めていると鈴木さんが「おれはもう帰ってねる」と言い出し財布を取り出す。 「ええー、もうお開きっすか?……まぁ今のアンタにこれ以上飲ませたら命に関わりそう。オレが払うからいいっすよ」 「だけど、おれが誘ったから」 「鈴木さんまともにお金数えられないでしょ」 「うぅ」  申し訳なさそうな顔で引き下がる鈴木さんを連れて会計に向かい支払いを済ませる。  店を出て歩きながらも鈴木さんはなにやら言ってくる。 「ほんろうにありがとう。なんでもするから、もし何かあったらいってくれ」 「なんでも」?知ってはいたけど、この人本当にオレがどんな感情や欲望を抱いているのか気づいていないんだな。 「そういう事オレの前以外で言わないでくださいっすよ」  あまりに分かっていなさそうな鈴木さんだったが、こくりと頷く。  そうだな、なんでもと今言われても困るな。またメシを一緒にしましょう、家に連れて行ってください、色々と思い浮かぶがピンと思いついたことがあった。 「じゃあオレの事名前で呼んでください」 「名前...?そんなのでいいのか」    颯太  と鈴木さんは俺の名前を言う。ジーンと少し感動をする。決して、原田さんのことは名前で呼ぶのが悔しかったからとか煽られたからとかではない。 「これからはずっとそう呼んでください、明日になったら忘れてるとかナシっすよ」  オレは究めて真剣にそう言うのだが鈴木さんはにへらと笑う。 「そんなあせったような顔をしなくていい。これから颯太はおれとずっと一緒にいてくれるんだろ」  それはプロポーズのように聞こえた。オレは心臓の辺りがギュッと締め付けられたような感覚に陥る。  相方としてステージに一緒にいてくれるんだろ、という意味なのは分かっているのに期待で胸が高鳴ってしまう。この人は本当にどれだけオレを狂わせるんだ。 「おれはここら辺でわかれる。またあしたのレッスンで」 「はいはい」  また明日。  翌日のレッスンで鈴木さんは綺麗さっぱり名前で呼ぶという約束は忘れていた。  コイツ……!!

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