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新しい香り
「ちょ、ちょっとちょっと!先生、知ってました!?」
研究室の扉を勢いよく開けながら、シャルルが声を上げる。
「なんだい?」
書類から視線を上げることなく、バイルはいつも通りの調子で応じた。
「魔法学部・精神魔法学科のエベリア先生が、異動ですって!この研究院って、分院とかあったんですか!?」
「ああ……異動ね」
ようやく顔を上げ、少し考えるように言葉を選ぶ。
「正確には分院というより、王都の外れにある別研究所だよ。国の委託研究を扱う場所だ」
「へぇ……。ここ とは違うんですか?」
「似てはいるが、性質はかなり違う」
一瞬、言葉を切る。
「……セキュリティが厳しい。出入りも限られていて、滅多に人は入れない」
「そんなところに……?」
シャルルは思わず眉をひそめた。
「“若くて”“優秀な”研究者は、抜擢されることがあるんだ。特に、国益になりそうな応用研究をしている人が多いかな」
「えぇ……そんなの、初耳です……」
少し間を置いて、バイルは続けた。
「……私も、声を掛けられたことはあるが、断った」
「こ、断っちゃったんですか?応用じゃないのに選ばれるなんて、相当じゃないですか!?」
「うん」
あまりにもあっさりした返事に、シャルルは言葉を失う。
「だって……」
バイルは一度、視線を宙に向けてから、淡々と告げた。
「君の言葉を借りるなら――
『この部屋を掃除する人』がいなくなるだろう?」
「そ、そこですか……!」
「荷物の移動も、環境の変化も、正直言って時間の無駄だ。研究に集中できなくなる」
淡々とした口調だったが、次の言葉だけ、ほんのわずかに柔らかくなる。
「……それに」
一瞬、シャルルの方を見る。
「断ったからこそ、シャルルくんのような優秀な助手と出会えた」
「悪いことばかりじゃない、という話だよ」
そう言って、バイルは再び書類へと視線を戻した。
――王都外れの研究所。
そこが、どんな場所なのかを、シャルルはまだ知らない。
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