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第1話 レッツ★エッチ★エンジョイ

 暖かな日差しが揺れる休日。    リビングのソファにうつ伏せた俺は、本の世界にダイブしていた。  今日は絶対これを読むって決めてたんだ。集中したくて音楽もテレビもオフにしたし、唯一鳴ってるのは紙をめくる音だけ。  ──そんな静かな午後だったのに。 「ナオ〜♡」  ……ああもう、やっぱり来た。  幼なじみで同居人で——俺の恋人、朝宮伊佐希(あさみやいさき)。甘ったるい声のトーンだけで、だいたい何しに来たかわかる。 「んー」  適当に返事だけして、ページから目は離さない。  だけど次の瞬間——  ずしっ。  遠慮なく俺の上に乗ってきて、思わず「ぐぅっ」って声が漏れた。  でも本人はお構いなしに、俺にぴったり頬をくっつけてくる。  筋肉ムキムキのせいか、いつも体温が高くてあっつい。ていうかアピール強すぎるし、物理的に重すぎる。 「ナオ、エッチしよ〜♡」 「しない〜」  はい、いつもの。  さらっと流してページをめくると、伊佐希がフリーズしたのが背中越しにわかる。 「…………は?」 「エッチしない〜」    もう一回答えたら、伊佐希が黙った。  沈黙。からの、震え。   「……な、なんでやねんナオ。今、しないって言うた……?なんで!?俺、今すごい可愛く誘ったやん!?ちいかわのハチワレくらい可愛いかったやん!!」 「うん、ナガノさんに謝って?ていうか本読んでるから無理。今いいとこだから、あとで〜」  ほんと、頼むから大人しくしてて欲しい。こちとらようやく集中してきたとこなんだけど? 「いやいやいや、あとでって何!?今したいやん!朝宮伊佐希、今が旬やねんで!今この瞬間が一番ギンギンやのに!?」 「そんなの知らんし。どいて。重い。集中してるから放っといて」 「集中しとるナオも可愛いけどぉぉおお!!!!てか重いってひどない!?俺の愛の重みやで!?!?」 「それが重いんだよ……190センチのムキムキ大男に乗られたら俺が潰れるから、マジでどいて?あと、そのギンギンなのしまっといて?」 「……嫌や。どかへんもん。ナオにくっついてたいんやもん」  あっ、いじけだした。こうなると厄介なんだよなぁ……。 「もー、拗ねないでよ!ていうか今朝2回やったじゃん!」 「そんなんもう遠い過去の話や……ナオぉ、俺もう立ち直られへんかもしれん……」 「いや、ほんの数時間前の話だからね?」  もはや記憶障害では?  ていうか2回もしてこれかよ!精力おばけか!  俺の首元に顔を埋めて、伊佐希がぐりぐりと頬を寄せる。ツンツンした毛先が頬に当たってくすぐったい。 「うぅ……ナオにエッチ断られた……もう終わりや、俺の人生の終焉や……アポカリプスは今訪れる……」 「いや、大げさすぎるから。厨二病みたいな落ち込み方やめて?」  とは言ったものの、あまりにも大げさすぎてちょっと笑っちゃった。  ほんと、伊佐希はバカなんだから。 「ほら、あと五分したら構ってやるから、もうちょっと待っててよ。ね?」  なだめるように言えば、ぐずってた伊佐希がようやく顔を上げた。  ……泣きそうな顔してるし。てかその顔、『ぴえん』の絵文字と一緒じゃん。 「……わかった。ほな、タイマーかける!」  なんか張り切ってスマホ操作してるし。  背中にピタッとくっついたまま動かないし、ぬくもりがすごい。めちゃくちゃ暑い。  ……とはいえ、ようやく静かになったし、気を取り直して本を読もうっと。  ──で、5分後。 「ナオ、タイマー鳴ったで♡」 「まだ読み終わってない〜」 「うわああああああああ!!!!!」 「わ、うるさい!静かに本読ませてよ!」 「ナオが嘘ついたあああああ!!!!」 「もー!あとちょっとくらい待っててよ!!」  耳元で叫ぶ男。暴れる21歳児。  「ナオに騙された」「詐欺師や。クロサギや」とかブツブツ言ってるけど、こっちは完全スルーで読み続ける。  ——が、ふと、嫌な予感がした。  俺の上から重みがなくなって、ゆらりと気配が動いた。  なにかと思って振り向けば、やっぱりだ。 俺の腰を跨いで、伊佐希が膝立ちしてる。なにそれこわい。 「……ナオ」 「え、なに?」 「俺、もう待てへんのやけど」 「いや、まだ五分だよ?あとちょっとくらい待てない?」 「でも体感三時間やねん……っ!!」  こっちは1ページしか進んでないのに!?なんなのその時間感覚!精神と時の部屋にでも入ってんのかよ!!  ……と、思ってたら急に伊佐希の目が座った。  ヤバい。これは本当にヤバいやつだ。 「……なぁナオ」 「……なに」 「ナオの尻借りて、オナニーしてええ?」 「は?」 「いや、むしろ『ナオニー』してええ?」 「ちょっと待て!?」  おいおいおい!!人の名前で新エロ用語作んな!!! 「なにそれ!?ちょっと上手いこと言って俺の尻を使おうとすんな!!」 「でもナオの心も尻も俺のもんやろ!?」 「俺のだわ!!尻は俺の身体だわ!!!」 「片尻だけでええから!!左半球だけでええから!!!」 「人の尻を地球みたいな言い方すんな!!!俺の割れ目は赤道かよ!!!!」  ヒートアップしあって、ふたり同時に息継ぎする。  伊佐希は引かない。それどころか、急にテンションを落としたかと思うと、「くくっ」っと悪の親玉みたいに笑い出す。 「ナオ……ええんか?そんなに怒ると、俺ほんまにナオニーしてまうで……?」  腰のあたりに、またずしっと重みが乗る。  いや、重みっていうか……太ももと尻のあたりに、なんか……当たってる。当たってるよねこれ?明らかに硬いものが!?!? 「伊佐希、ちょ、ちょっと待っ……!」 「やっぱナオの尻最高やな♡柔らかいしあったかいし、俺のがめっちゃ喜んでるで♡」 「ちょ、バカ……っ!いいって言ってないだろ!!……っ、ほんとに勃ってるし……!!」  マジで臨戦態勢じゃん!?やばいやばいやばい!!  逃げようとするけど、両足でがっちり挟まれて身動きが取れない。  ソファ上で完全に拘束。え、これ新手のプレイ?違うよね!? 「当たってる!!めっちゃ当たってる!!ていうか擦ってるよね!?これもう完全にナオニーだよね!!?」 「せやで♡ 世界で一番尊いナオニータイムや♡」  なにその開き直り!?自信満々に言うなよ!!  ……って、怒りたかったのに。   「っ、あ……や……っ、こすれ……っ」  ——やばい。    熱いのが、俺の上でどくどくしてる。  行き来するその感触に俺も熱くなって、呼吸が乱れてくる。  本なんてもう読めるわけない。さっきまで読んでた内容は、もう俺の頭から飛んでいってしまった。 「もぅ……っ、本読んでただけなのにっ……!なんで俺、こんなことになってんの……っ」  うつ伏せに隠した顔が熱い。止まらない伊佐希の動きに、びくっと身体が跳ねる。 「ナオ……♡ほんま可愛すぎて、やっぱ挿れたい……っ♡」 「やめろぉぉぉおおお!!!!勝手に挿れんなあああ!!!!!」  リビングに俺の絶叫がこだまする。なのに伊佐希は満面の笑みのまま、完全にその気になってる。    ——そして、結局。  押し負けた俺は、誘われる熱に抗えないまま、ソファでエッチを始めちゃって。  閉じた本はそのまま——次の休みまで、開かれることはなかった。

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