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1-1 幼き日の約束
この大陸は精霊のマナのチカラによって守護されている。炎の国、風の国、水の国、砂の国、そして氷の国。それぞれの国に存在する精霊たち。
マナは様々な道具に使われており、各国で遥か昔から研究も行われている。例えばそれぞれの国の言語を変換できる、イヤリングやイヤーカフ型の魔導具。野菜や果物の成長を早めたり、砂漠に枯れない泉を出現させたり、燃料の要らないランプや溶けない氷など。精霊が齎すマナのチカラは人々の生活を助け、より豊かなものにした。
成人前のオメガは神子、成人したオメガは精霊の御使いと呼ばれ、精霊のチカラはオメガの魔力の強さに比例すると言われている。マナは精霊が齎すものとされており、精霊のチカラが強いほど国も発展している傾向にある。
オメガの中には、稀に精霊ではなく聖獣に守護されし者が生まれることがあった。国の王となる者だけが娶れる希少な存在であり、番 となった者はそのチカラを共有できると言われている。聖獣憑きは生まれた時から神殿に保護され、様々な教養を受けさせられた。
いずれ皇后となり、この国と王を支えるために。
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氷の国、グレイシア。
王領の西側は海に面しており、王宮が管理する港には各国からの物資が定期的に届く。この港がこの国の中心であることは間違いない。雪原が広がる王領の周囲は、精霊のマナのチカラによって作られた氷壁に囲まれているため、王領には港を通じて船で入るのが一般的である。
氷面が混じる危険な雪原を越えて、わざわざ遠回りをする理由がない。外には街がいくつか存在するが、同じく氷壁に囲まれ孤立しているため、王宮から派遣された兵によって各街へと物資が届けられる仕組みだ。
食料関係はほとんど他国を頼るしかないため、港は市街地に住む者たちにとっても重要な生活線となっている。また、港には王宮の兵の半分以上が常に常駐しており、この国を守っているのだ。
各国への物資の対価として、他国では貴重な氷や鉱物、この国でしか採れない薬草などを取り引きしており、持ちつ持たれつという関係を築いていた。
フェンリスはグレイシアの皇太子で、いずれはこの国の皇帝となる身。銀髪碧眼で幼いながらもすでに容姿端麗。まさに誰が見ても"皇子様"と一目でわかる気品も備わっており、白いコートの下の身なりも皇族らしく上質な服を纏っていた。
まだ八歳の子どもだが、その婚約者として用意されたのは、生まれた時から精霊に守護されているオメガの中でもさらに稀な存在。
この国でも珍しい青みがかった銀髪と翡翠の瞳を持つ少年の名は、セラ。精霊の御使いとされるオメガの中でも最上級である、聖獣に守護される特別な存在だった。
「俺たちはきっと運命の番だよ」
「運命の番……普通の番とは違う、特別な存在のことですね」
「そう! セラが成人してヒートが来たらすぐにわかるよ」
「ヒート、ですか……」
顔を赤らめてセラが口ごもる。当然だ。ヒート、つまり発情期が来たら子どもが産める身体になる。成人になれば、婚約者であるフェンリスと結婚する条件がすべて揃うのだ。まだ先の話だが。
「運命の番であるオメガの匂いは、他のオメガのものとは違うんだって」
「けれども、どうやって判別するんです? 他の子の匂いを嗅いだことがあるんですか?」
セラの問いに、フェンリスは首を傾げる。
「だってこんなに好き合ってるのに、運命の番でないわけがないだろう?」
「……そういうものなのですか?」
「聖獣に守護されているセラといずれこの国の王になる俺。同じ時代に巡り会った時点で、運命なんじゃないか?」
セラは二つ年下の幼馴染。中性的な容姿と細身で色白な肌、透き通るように美しい長い青銀髪は肩のあたりまであり、銀の髪飾りが良く似合っていた。
フェンリスよりも背が低く、白を基調とした神子服の上にフードの付いた白いコートを纏うセラは、まだ幼いのにどこまでも儚げで可憐だった。
「俺たちがいずれこの国を導いていくんだ。父上のような立派な皇帝になると誓うよ。セラは俺の皇后として、国が今よりもっと良くなるように一緒に考えてくれるだろう?」
「はい、私はフェンリス様の傍でこの国のためにこの身を捧げることを誓います」
「はは。なんだか誓いの儀式みたいだな」
「あ、確かにそうですね」
うっすらと降り積もった雪。氷の国であるグレイシアは積雪はそこまでではないが、常に上着は必要で、天気が良い日でもそれは変わらない。精霊たちが制御してくれているおかげで街や王領は人間が住めるということもあり、人々の精霊信仰は絶えることはなかった。
フェンリスはセラの右手の甲に口付けをして、また来るよと別れの挨拶を交わす。神殿の庭には氷の精霊を模した美しい女神の銅像が真ん中に置いてあり、同じものが神殿内の礼拝堂にも置いてある。結婚式で誓いの言葉を交わす際は、この女神像の前ですることになる。
何度も振り返っては手を振ってくるフェンリスに、セラは微笑みながら小さく手を振り返す。庭と神殿を繋ぐ通路のあたりに控える皇子付きの従者たち。近年は戦もなく平穏だとはいえ、皇子が一人で王宮外に出る際は護衛も必要だ。
(とはいえ、私などのために数日置きに来てくださるお気持ちが嬉しい……なんて言ったら、図々しい子だと思われるかな?)
そ、と先ほどフェンリスが口付けをしてくれた右手の甲に触れる。
オメガが自分の愛する者と結ばれることは少ない。特に能力の高いオメガの婚姻相手は国が管理しており、セラもまたその管理下にあった。神殿はオメガを保護する場所だが、精霊の力を借りてマナを使用し、氷壁の強化や環境の調整をしているのだ。
フェンリスを見送った後、神殿内へと続く扉の方へ足を向けた。その後ろを白銀の狼が尻尾を揺らしながらついて行く。
セラを守護する氷の聖獣は、自ら顕現しない限り同じ種であるオメガ以外には見えない。セラに危険が及ばない限り滅多に顕現などしないため、フェンリスにはまだその姿を見せたことがなかった。
―――十年後。
結婚式を三日後に控えたあの日。
二人の誓いは、一人の男の手によって打ち砕かれることになる。
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