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1-10 敵国の王と人質
目を覚ました時、セラは腹の上で丸まっている子犬姿の聖獣ソルの頭を撫でた。白銀の氷狼であったはずのソルは、首輪のせいでセラの魔力が通常の半分にも満たないために、今はこのようなちんちくりんな姿になっている。
今までずっと守ってもらっていたが、自分が守らなくては……という気持ちにもなる。
「起きたか、」
その低く責めるような声音にセラの表情が強張る。触れていた指がびくりとなり、眠っていたソルの瞼が開く。もしかしてずっとそこにいたのだろうか。部屋の片隅。そこに椅子を置いて腕と足を組んで座っている姿が目に入った。
ここはいったいどこなのだろうか、とセラはゆっくりと身体を起こした。
「……あの、ここは?」
部屋の造りや家具を見るに、見慣れた物ばかり並んでいた。まだグレイシアであることは確かだろう。となれば、王領外にある街だろうか。窓の外は真っ暗だった。それとは対照的に部屋の中は明るくてあたたかい。
「街の宿だ。呑気に馬の上で寝ていたから、俺が運ぶことになった。着替えは龍昊 がしたことだ。文句はあいつに言え」
着替え? と、セラは初めて自身の服に視線を落とす。白い寝巻きに血が付いていたはずだったが、確かに綺麗になっている。
龍昊 。蒼焔 の護衛で、神殿に兵を連れてやって来た青年。そこにいる強面の蒼焔 よりは安心できる青年であることは確かだろう。
「文句など……ありがとうございます、お手間をかけました」
そういえば頬にこびりついていたはずの乾いた血も拭われているようだ。
「ふん。明日の朝には出立する。さっさと寝ろ」
と言われても、もうじゅうぶん過ぎるほど寝てしまったせいか、眠気がどこかへ行ってしまった。それにそんな場所で見張られていては緊張して眠れる気もしない。
『セラ、休める時に休んでおいた方がいいぞ。そいつはいないものと思えばいい』
ソルは重そうな瞼を少しだけ開け、またすぐに眠ってしまう。
「……なにか言いたいことでもあるのか?」
身体を起こしたまま横になろうとしないセラが気になったのか、蒼焔 が目を細めて面倒臭そうに訊ねてくる。別に放っておいてくれてもいいのだけれど、とセラは思いつつも返事をしないのはさすがに悪いと、疑問をひとつ口にした。
「いえ……その、明るくても眠れるのかなと」
「別に気にはならないが?」
「そう、ですか……なら、いいのです」
普通は明かりを消して眠るのが当たり前だ。しかしセラは暗いと逆に眠れないため、いつも燭台の明かりを絶やさないようにしてしまう習慣があった。
夜中に目を覚ました時に暗ければ明かりを灯し、それからもう一度眠る。幼い頃からそうしていたため、セラはそれが当たり前だったのだが、他の皆は違うのだと知った。
蒼焔 のその言葉に、少しだけ安堵する。
(暖炉もないのにあたたかいのは、炎の精霊さんのおかげかな? 宿と言っていたけれど、他にもたくさん部屋はありそうなのに、なぜここにいるんだろう……、)
だがよく考えてみれば、相手からすれば人質である自分が逃げる可能性もあるわけだから当然なのかもしれない。セラが逃げる気がないとしても、だ。
(……また怒らせてしまうと嫌だし、とりあえず横になろう)
セラはソルを抱き上げて自身の横に移動させ、蒼焔 に背を向けるように横になる。窓から見える暗闇が少しだけ心を凍てつかせたが、布団が思いの外ぬくぬくとしていて、気付けば瞼が落ちていた。
■■■
翌朝。
「おはよう、セラ殿! よく眠れたかな?」
バタン! と勢いよく扉が開かれ、そのギリギリ当たらない場所にいた蒼焔 に「喧しい」と睨まれる。ベッドの上ではセラが驚いた表情を浮かべ、ソルは毛を逆立てていた。
『普通に入って来れないのか! セラがびっくりするだろうがっ』
セラ以上に自分がびくついていたことを誤魔化すように、ソルが怒鳴る。よしよしとセラは逆立ったままの毛を撫でて落ち着かせるが、わきゃわきゃと飛び跳ねて全然落ち着く気配はなかった。
「あはは。ごめんごめん。着替えを持ってきたよ。神子用の衣裳みたいだけど、寝巻きよりはマシだろうと思ってね。はい、どうぞ」
言って、抱えていた白いローブとフード付きの厚手のコートを手渡される。セラは小柄なので着れなくはないが、幼い頃に着ていた懐かしさもあって、袖を通してみればなんだか不思議な感覚だった。身支度を整え、用意された食事を部屋でした。
主に龍昊 が一人で喋っていたわけだが、話しかけられれば無視をするわけにもいかず、セラは苦笑いを浮かべつつも会話に参加した。あたたかいスープとパン、薄い干し肉と果物。簡易的なものだったが、じゅうぶんな食事だった。
「もう終わりかい? 後でお腹が空いても知らないよ? 正直、次に休めるのは華琅 の国境にある村で、着くのは夕方くらいになる」
「あまり食欲はなくて……、でもとても美味しかったです。ごちそうさまでした」
セラはスープを半分、パンを一口、干し肉には手を付けず、葡萄を三つほど口にして食事を終えた。元々少食なのと、肉や魚が苦手なこともある。それ以前に精神的なものが原因だろう。
親しい者の生首を見せられ、婚約者を殺されかけた挙句、その当事者が目の前にいるのだから気も病むに決まっている。
「無理してでも食うんだな」
『セラは少食なんだから、無理して食べたらそれこそ体調が悪くなるだろうがっ』
「ソル、しー、だよ」
しー、と人差し指を口元に付けてセラは足元にいるソルに黙るように指示するが、太ももの辺りに飛び乗って来て「納得できない!」という顔で蒼焔 を睨みつけた。
「お前は人質だ。言わば、両国の均衡を保つための保証のようなもの。勝手に死ぬのは結構だが、そうなればお前の国が黙ってはいないだろう。華琅 がグレイシアに負けることはない。無駄な争いと血が流れるのをよしとするならば、話は別だがな」
「……それは困ります。でも、本当にもう、」
「まあまあ。残りは包んでおいて、お腹が減ったら食べればいい。陛下もそう眉間に皺を寄せて会話をしても、怖がられるだけですよ」
『ロンハオはそこの偉そうな王サマと比べると、ちょっとだけいい奴だな』
「ありがとうございます、ロンハオ様」
「様なんてそんな偉い立場じゃないんで、俺のことは呼び捨てでいいよ、」
片目を閉じて気さくにそう言ってくれた龍昊 に、セラは小さく笑みを浮かべて「いえ、それはちょっと」とさすがに遠慮する。蒼焔 はなにか言いたげだったが、口を噤んだままそれ以上なにか言うことはなかった。
食事を終え宿を出た一行は、再び炎の国華琅 を目指して馬を走らせる。
セラは知らなかった。
この街には、自分たち以外に生きている人間が誰ひとりとしていないという、事実を。
そして後に知ることとなる。
この忘れられた街こそが、ヘイル王がセラを手に入れるために存在自体を闇に葬った、彼の故郷であったことを。
第一章 氷の国グレイシア 〜了〜
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
こちらの作品は期間限定の公開となっております。他サイトさまのコンテストの関係で、現在更新が難しく、落ち着き次第再開予定です。
第二章からは華琅が舞台となりますので、しばしお待ちいただけたら幸いですm(_ _)m
柚月 なぎ
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