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1-9 庇護欲
宿屋の一室にセラを運びベッドの上に寝かせた後、一旦外に出た蒼焔 は、馬を繋いで戻ってきた龍昊 と入口の前で鉢合わせる。
「食べられそうな物を拾ってきました。氷漬けになっていたので、もしかしたら〜と」
「俺はいらん」
怪訝そうに蒼焔 は眉を顰める。龍昊 は「はて?」と逆に首を傾げた。呑気な彼の腕には何年ものかわからない林檎や葡萄、果実酒の瓶などを詰め込んだ籠がぶら下がっていて、主人のために集めて来たというよりは自分が楽しむために吟味してきたとしか思えない。
「この街が今の状態になってから、十年以上経つと聞いた。酒ならともかく、食い物は持っている保存食だけにしておくんだな」
「え〜。別に味も食感も普通でしたけど?」
すでに毒見済みのようだ。
「それにこの氷は自然なものじゃないでしょう? 精霊のチカラで街一つ氷漬けにしちゃうなんて、なかなかの所業ですよ」
「あの理由が本当なら、あまりここに長居するのは良くないだろうな」
「……蒼焔 様、どうしたんです? 腹でも壊しましたか?」
龍昊 は別にふざけているわけではなく、本当にそう思うくらい意外なことを主が言うので、本気で驚いていた。神殿長であり、今回の件の中心人物であるレイスの調べによれば、この街は十数年前にとあるオメガ を隠していたせいで、このような一方的で理不尽な罰を受けたらしい。
これを罰といっていいのかはなんとも言えないが、街ごと民を闇に葬ったようなものだ。王領の周りは氷壁に囲まれており、外敵からの侵入を防ぐ役割はもちろんだが、外の情報を中に入れないという役割もあるのだろう。セラが蒼焔 に向かって言ったあの台詞からもそれが窺える。
『皇帝陛下があなたになにをしたというのですか? この国があなたの国になにかしましたか? ただ静かに暮らしていただけ。それなのに、』
王領の民たちは、レイスが皇后派の高官たちから得たヘイル王の企みやこれまでの行動、そして自身の目で確かめた結果を伝えたことではじめて知り得た。このままヘイル王が自身の野望のために事を起こしていたら、その豹変ぶりに驚いていたことだろう。幸いにもそうはならなかったわけだが。
「まあ、わかりますよ? 話を聞くに、あの子、小さい頃の記憶がないらしいですし。それってつまり、関連するなにかをきっかけに思い出してもおかしくないわけでしょう? この街がなんでこんなことになったのか、目を覚ましたら絶対に考えちゃいますしね」
「……で? それを踏まえた上で、お前はすでに手を打ったと?」
蒼焔 の問いに対して、龍昊 はにっと口の端を上げる。
「まあ、あんなことを言いましたが。我らが王の望みとあらば、俺はその意図を命じられずとも汲むわけです」
自慢げに扉を開けて、外の景色を見せつけるかのように。
「さすがに街全体は無理なので、見える範囲はやっときましたよ。氷漬けになっていた亡骸も隠しておきました。どうです、見直しました? この世で一番、有能な護衛でしょ?」
氷に覆われていたはずの街は、ある一定の範囲だけだが王領の市街地と変わらないような街並みに変化していた。炎の精霊が氷の精霊のチカラの影響による部分だけ取り除いた後、入り込んでいた獣たちをついでに追い払ってきたのだ。
「あれ? そうえば蒼焔 様は、どこに行こうとしてたんです?」
龍昊 はにやにやとした表情で、わかっていてわざとらしく言っているのだ。それに対して表情をいっさい変えることなく、蒼焔 はふんと視線を逸らして横を通り過ぎる。
「どこへ行こうが俺の勝手だろう」
「いやいや。俺は一応あなたの護衛なんですから、知っておく必要があるわけで」
「……水を、汲みに」
「ふーん。へー。ほー。水ですかぁ」
「遊んでいないで暖炉に薪でも焚べていろ」
「お湯を沸かすんですね! 了解しました!」
有能な護衛は主の行動の先読みをするが、チッと聞こえるように大きな舌打ちをし、蒼焔 はそのままさっさと出て行ってしまった。
(まあ、わからなくはないですよ。香種に庇護欲そそられるのは俺たち貴種の性質 というか。あの子は特に、放っておけない感じ? 本当のことなんて知った日には、崖から飛び降りちゃいそうな気もしないでもない)
自分たちが介入しなければ、ヘイル王がなにをしていたか。
(想像するだけで悍ましすぎて吐きそう……)
正気の沙汰とは思えないあの計画を実行していたら、セラもそうだが皇子も皇后も不幸すぎるだろう。そもそも華琅 に喧嘩をふっかけて、勝てると思っていたのも不思議な話で。裏でそれを操っていた人物は余程のキレ者というわけだ。
(夢物語のような妄想を実現できると本気で思えるくらい、信じていたってことだ)
横に積まれていた薪を手に取り、暖にくべる。そこに手を翳し、内功を集中させ火のマナを操った。龍昊 には番関係の香種がおり、炎の精霊のチカラを共有できる。内功とは体内から生み出される気のようなもので、全身の経路を巡る内息のこと。
これを常に鍛えることで内功を高め、強力な術を操れるようになる。国によっては内功を魔力とも呼ぶようだ。生まれもって強い内功を持ち、精霊の加護まで受けている香種はどの国でも重要な存在で、特に炎の精霊に守護される華琅 の香種のチカラは、大陸最強とも謳われている。
龍昊 は暖炉に薪を焚べながら、郷里にいる自身の愛しい人を想う。早く帰って抱きしめたいし、言葉を交わしたい。
(俺たちは正しいことをした。それでいい)
最小限の被害と犠牲で、自国の民も他国の民も救われた。あとはこれをどう説明するか、納得してもらうかという話だ。なぜなら、今回の侵略という名の軍事介入は一部の者しか知らない事実で、これを宰相派の高官たちがどう反応するかで色々と面倒な事になること間違いなしの案件なのだ。
(まあ、そもそもの要因はあの宰相殿が関わっているわけだから、そこを突っ込まれないようにするために目をつぶる可能性は高いだろうけどね)
そう、ここからは自国の問題。
なぜ蒼焔 自ら、グレイシア側に助力したのか。もちろん、ヘイル王とそれに関わった者たちを自身の手で葬るためでもあったが、それ以上の大きな理由があった。あとは本来の目的を果たすためになにをすべきか。
蒼焔 の本当の戦いは、華琅 に戻ってからが本番なのだということを、龍昊 は知っていたからこそ。セラの存在が蒼焔 にとっての足枷にならないかが、心配でならなかった。
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