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2-6 華琅の宰相

 蒼焔(ツァンイェン)が皇帝となって約一年半。  グレイシアから届いた書簡やあの白い花の件について、先王の死に彼の国が関わっているだろう疑惑が確信に変わり始めた頃。  ヘイル王が他国へ侵攻する計画を企てていることや、聖獣憑きを手に入れるために自身の息子すら殺そうとしていること、そしてあの白い花を皇帝自身が管理していたことまでは裏が取れた。  残った問題はヘイル王と誰が繋がっているのか、先王の暗殺に関する証拠や証人を集めるという段階に入っていたのだが、肝心な部分がまだ何もわかっていないという状況だった。  紅蘭(ホンラン)からの情報も照らし合わせれば、彼の国の王と関わりをもてる人物は絞られてくる。だがなぜ先王を暗殺する必要があったのか。しかも時間をかけてじっくりと削り取るかのようにやっているのも気になる。その者にとって先王は、殺したいほど憎い存在だったのだろうか。 「主犯もそうだが、それに関わった者たちを特定するのはやはり難しいか」 「まあ、簡単ではないでしょうね。先王が亡くなった後で王宮を去った者は多く、その者たちの中には所在が不明な者たちもいるため、捜し出して話を聞くのもひと苦労ですよ」  龍昊(ロンハオ)は肩を竦めながら「やれやれ」と嘆息する。動かせる密偵も限りがあり、蒼焔(ツァンイェン)がわざとこちらが動いていることを知らしめたいにしても、こればかりは隠密にする必要があった。 「まあ、正直な話、この国中を捜しても見つかるかどうか怪しいんですけどね」  すでに亡き者となっている可能性すらある。  病死と判断されたとはいえ、犯人にしてみれば少しの証拠も残したくはないはずだ。それが物言う人ならば尚更だろう。となれば、物的証拠も関わった者たちも存在すら消されていると考えるのが普通で……所謂、手詰まりというやつだ。 「ならば、彼の国で関わりのある者らに直接話を聞くのが早いだろうな」 「けど、簡単に口を割るとも思えないんですよね」  そもそも、あちらと協力するにしてもこちらの負担が大きすぎる。王領を囲う氷壁をどのようにして突破するのか。  王領に住む民たちを傷付けるのは本意ではないし、蒼焔(ツァンイェン)もそれは望んではいない。少数ではあるが兵を率いるとすればその役割は龍昊(ロンハオ)に任されるだろうし、その兵たちには彼の国への侵攻をどのように説明するつもりなのか。  そもそも、ヘイル王が他国への侵攻を企てていることや先王の暗殺に関わりがある事を証明できなければ、和平条約に反するかもしれない行為。一つでも選択肢を間違えれば、華琅(ファラン)が他国から敵視されてもおかしくはないのだ。  数日前のやり取りを思い出しながら、高官たちからの様々な要望や提案が書かれた書状に、一つ一つ目を通していく。皇帝の普段の仕事は実に地味な作業が多く、長い時間椅子に座って行われる。  検討するもの、却下するもの、許可するものに仕分けし、玉璽(ぎょくじ)が押されたものだけが許可された案で、検討するものに関しては次の会議の議題に持ち出されるという流れだ。  皇帝の仕事を補助したり身の回りのことを気にかけてくれる内官は、先王から引き続き李靖(リージン)という名の六十代の内官を置き、そつなくこなしてもらっている。  蒼焔(ツァンイェン)は先王の良いところを取り入れつつも、詰めが甘いと思っていた部分を補足したり強化したりすることで、より完璧で強固な国の礎を築こうとしていた。  そんな中、書状に目を通しながら、蒼焔(ツァンイェン)はある日の定例会議での出来事を思い出していた。 「陛下、少しよろしいでしょうか?」  低いが穏やかさを含んだ落ち着いた声が響く。その声には特徴があり、声の主が誰かはすぐにわかった。玉座に一番近い位置に立つ男の名は浩宇(ハオユー)。  五年前に先王にその才能を認められ、若くしてこの国の宰相となった優秀で人望もある人物である。先王が病に臥せっている間、この国の政務を任されていたこともあり、高官たちからの信頼も厚い。  一方で彼を気に食わない者たちも少なくはなく、事あるごとに政策に反対するような派閥もできており、どんなに優れた良案であっても通らないことが多々あった。  それは先王が片方の意見だけ聞くことがなく、どちらも納得するような方向に話を進めるようにしていたからでもあるが、浩宇(ハオユー)にしてみればどっちつかずな先王の判断は不服だったはず。  朝の定例会議は、国境近くの警備に関する検討中の案について官吏たちと話し合いをしていたのだが、そうすんなりとは進むはずもなく。反対派と賛成派、それぞれの言い分はわからなくもない。故に、慎重に考える必要があるのだが。 「国境の警備を増やすことは、昨今の情勢をみれば確かに不要かと思われます。条約もありますからね。しかし、国を守るのは我々の義務。怠るということはあってはならないでしょう。陛下はこの案に関して、思うところはありますか?」  浩宇(ハオユー)は頭を下げ拱手礼をしたまま、玉座に座る蒼焔(ツァンイェン)に対してそう問いかけてきた。それはまるで蒼焔(ツァンイェン)を試しているかのように聞こえる。 「……まず、反対派の意見を聞くに、現状起こり得ないだろう他国からの侵略に対して今以上に予算を割くのは不要と言っていたな」 「はい陛下。軍事に力を入れるのはもちろん当然のことですが、去年起こった水害による橋の修繕作業が先かと思われます。物資を運ぶにしても遠回りになってしまい、早急に終わらせる必要があるかと」  数ヶ月前。激しい雨が数日間降り続き、川が氾濫して橋が流されてしまったのだ。 「賛成派は有事に備えて、予算を割くべきと」 「……は、はい陛下。橋の修繕作業が遅れているのは、予算が足りないことが原因ではなく、人手不足と聞いております。経験のある職人が少ないことと、高齢の者が多く作業が進まないとのこと。国境の警備の予算とこの問題は分けて考えるべきかと思います」  蒼焔(ツァンイェン)は表情を一つも変えることなく、少し考えた後に口を開く。 「橋の件は若い職人を増員し、今後のためにも経験のある職人について学びながら作業をしてもらうのがいいだろう。必要な予算を提示し、改めて要望を上げるといい。それに関しては早急に対応する。その者の言うように、この件は分けて考えるのが良いだろう」 「では本題である国境の警備の件はどのように?」  ゆっくりと顔を上げた浩宇(ハオユー)の視線が、玉座に座る蒼焔(ツァンイェン)と重なる。 「現状を考えるに、増やす必要はない。が、減らすということは考えていない。兵たちの緊張感を高め、個々の能力を強化することが重要だろう」  蒼焔(ツァンイェン)の言葉に対して、浩宇(ハオユー)は「私も陛下の考えにに賛成です」と再び頭を下げ、拱手礼で隠れた口元を微かに歪めた。 ❀❀❀ カクヨムさんのコンテスト参加のため、次回の更新は8月からになりますm(_ _)m ❀❀❀

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