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2-5 仮初の番契約

 紅蘭(ホンラン)の傍若無人な発言と態度に対して、蒼焔(ツァンイェン)は何か言うでもなく、ほぼ無表情無感情で正面に立ち尽くしていた。せめてツッコんで欲しいと思いながらも、紅蘭(ホンラン)は指したままの指先の行き場を完全に失ってしまう。 「……なんか言えって。できるわけないだろ、とか。自分の立場を弁えろ、とか。色々あるだろ? 仮にも皇后なわけだし、俺。あんたは冷酷な人だって聞いてるし、俺みたいな喧しくて我儘なガキは嫌いだろ? となれば、絶対にここで言うべき言葉があるだろって」  沈黙に耐えられなかった紅蘭(ホンラン)がペラペラと早口で捲し立てるように口を動かすが、蒼焔(ツァンイェン)は怒るどころか首を傾げて「言うべき言葉とはなんだ?」と問いかけてくる始末。 「お前は皇后に相応しくないから、さっさと後宮から出ていけ! だろ?」 「なぜだ?」 「いやいやいやいやいや! 何そのうっすい反応! 冷酷非道な王サマだったら、剣でも突きつけて脅して無理矢理にでも番関係を結ぶなり、さっさと追放するなりするじゃん!」 「なんのためにだ?」  は? とこれには紅蘭(ホンラン)は呆然としてしまう。 (これってどう言うこと? 聞いてた話と全然違うくないか? いや、そもそもあの噂は誰から聞いたんだっけ? 父上や兄上たちはそういう噂は口にしない真面目な人たちだから違うよな。神殿にいた時に耳にしたのかも? 誰かが話してるのを聞いたんだっけ?)  先王の息子は蒼焔(ツァンイェン)を含めて五人いる。王の子が次の王になるのが通常であり、子がいない場合に限って先王の兄弟の子が選ばれた過去もあるらしいが、基本的には王が次の王となる者を任命する。今回も亡くなった後に勅書が出てきて、蒼焔(ツァンイェン)が王となったと聞く。 (勅書が偽物だとか、脅されて書いたとか……なんか違う、よな)  確かに顔は怖いけれども。 (俺が願いを叶えろって言った時にも、どんな願いなのか訊いてきたし)  今も別に怒っているわけでもなく、冷たくあしらうでもなく、純粋に「なぜ?」という顔をしている気がする。背が高くて表情もほとんど変わらなくて、何を考えているかさっぱりわからないし顔はどの角度から見ても怖いけども。 「ええっと、じゃあさ。さっきのはいいってこと? 俺の望み、叶えてくれるの?」 「鳳凰の力を共有する代わりに自由をよこせというやつか」 「そう。できるの、できないの? どっち?」 「好きにすればいい。俺はお前に構っている暇などない。今宵の儀式が終われば後宮に足を運ぶこともないだろう。そんなことよりもやるべきことがあるからな」  つまりは、要求は通ったということ? 紅蘭(ホンラン)は自分で言っておいてあれだが、こんなにすんなりと通るとも思っていなかったので、逆に呆然としてしまう。蒼焔(ツァンイェン)が言う、やるべきことは王としての仕事だろうが、子作りよりも今は国の方が大事ということだろう。  番関係になれば鳳凰の力は共有される。力さえ手に入れれば、王としては申し分ない資格を手に入れるようなものだ。誰もが認める王になるために必要な力。象徴。この華琅(ファラン)において、鳳凰の力を持つということは歴代の王の中でも特別な王として名を刻むことになるのだから。 「……ちなみに、さ。俺よりも大事なやるべきことって、この国のために尽くすとかそういうクソ真面目なやつだったりする?」  一応、名ばかりとはいえ皇后として過ごしていくことが決まっているわけだが、全く興味がないと言われているのも面白くない。  我ながら我儘だとは思うが、紅蘭(ホンラン)は遠慮がちに上目遣いをして訊ねてみる。別に愛されたいとか少しは構って欲しいとか思っているわけでもないが、蔑ろにされるのは違うのだ。  蒼焔(ツァンイェン)は少し考える素振りをした後、静かな怒りを抑えるように一度その鋭い眼差しを閉じ、小さく息を吐く。  紅蘭(ホンラン)蒼焔(ツァンイェン)の雰囲気が変わったのを肌で感じ、茶化すようなことはしていけないと思った。そして目の前の者の口から出た衝撃的な言葉に対して、耳を疑ってしまう。 「……父上の暗殺を企てた者に、相応の罰を下すことだ」  暗殺? 企て? 蒼焔(ツァンイェン)ではなく、別の誰かが本当に先王を殺したということ? そんな畏れ多いことをいったいどこの誰が実行したというのだろうか。 「王サマ……いや、蒼焔(ツァンイェン)サマはどうして暗殺だって思うわけ?」  王宮での噂はどうあれ、先王は長年の病のせいで亡くなったというのは周知の事実だ。蒼焔(ツァンイェン)は噂が真実で、ただそれが自分ではなく他の誰かである証明をしようとしているということだろうか。 「父上の遺言であり、今後の華琅(ファラン)のためにも必要なことだ」 「………そっか。うん、わかった。じゃあ、こうしよう!」  紅蘭(ホンラン)はずいと蒼焔(ツァンイェン)に詰め寄って、自分よりも高い位置にある、ぱっと見は怖いけどよく見れば端正なその顔を仰ぎ見た。 「俺に自由をくれるなら、協力してやってもいいぜ。鳳凰の力はもちろんやる。それに、俺の父上や兄上はめちゃくちゃ真面目で義理堅く、優秀な人たちなんだ。信頼できる味方は必要だろ? 俺と俺の家族があんたの望みを叶える手伝いをしてやるよ」  事後報告でも事が事なのできっと許してくれるだろう。先王のことを尊敬していた父のことだから、暗殺されたなどと知れば黙ってはいないはずだし、誠実さと堅実さに反するような行為を見逃すようなことはしないだろう。たとえそれが有名な権力者であろうが関係ない。 「……契約成立ということか」 「そういうこと。じゃ、仮初の番契約、さっさとやっちゃおうぜ」  言って、首に細く生白い腕を回すと、蒼焔(ツァンイェン)の顔を自分の方へ強制的に近づけさせ、紅蘭(ホンラン)は自ら誘うようにそのまま唇を重ねる。その後は貴種と香種として本能のまま朝まで過ごした。目を覚ました時、すでに蒼焔(ツァンイェン)の姿はなかったが、これが夢ではなかったと自覚する。  (うなじ)に残った痕。未だ冷めやらない熱。気怠さと腰や下部の辺りの痛み。そして、思いの外満たされている心に不思議と笑みがこぼれる。  なにはともあれ、蒼焔(ツァンイェン)との番契約は間違いなく果たされたのだ。

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