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2-4 紅蘭の要求
先王が崩御し、亡くなる前に残していた勅書によって蒼焔 が皇帝の座に就いた数日後。次の皇帝の皇后となるべく、聖獣憑きの香種として、物心ついた時から神殿でほぼ軟禁生活を強いられていた紅蘭 は、ある決意を胸に花嫁衣裳を纏う。
(今度の王サマは冷酷非道で無慈悲、逆らったら即死罪、自分が王になるために自分の父親を殺したとか、悪い噂しかないヤバい王サマらしい。そんな奴の妻になるなんて最悪すぎる! ただでさえこの十数年間、自由なく生きてきたってのに……後宮なんかに入ったら、王サマの性処理させられて、世継ぎ問題とか、とにかく面倒事しかない!)
結婚式は盛大なものという印象があったが、先王の国葬後だったこともあって簡素なものになった。紅蘭 としては堅苦しいことが大の苦手で、大人しくしている時間が短いのは大歓迎だったし、形だけの挨拶を繰り返すのも怠 かったので願ったり叶ったりだった。
しかし初夜はそうはいかない。
貴種の王と聖獣憑きの香種が番となり、聖獣の力を共有するための大切な儀式。紅蘭 は花嫁衣裳のまま、これ以降一生過ごすことになるだろう朱雀宮にて、その時を待っていた。
頭から掛けられた花嫁衣裳と同じ真っ赤な薄い布で顔は隠されており、視界もずっと悪かった。下を向いていたこともあり、夫となった蒼焔 の顔はまだ見ていない。噂通りなら、端正な顔立ちではあるが常に不機嫌そうな怖い顔をしているらしい。
(声も低くて怖そうだったし、必要以上に言葉を発していなかったな)
なんなら、何も話していないのに横にいて威圧感があった。
(そんな奴相手に、交渉できるか? 下手したら初夜で怒らせて首飛ぶかも?)
まあ、だとしても番の儀式が終わってからだろうけれども。
『案ずるな、紅蘭 。お前が殺される前に私が焼き殺してやる』
「いや王サマ殺した時点で、間違いなく死罪で人生終わるって」
紅蘭 を守護する鳳凰、炎羅 は主である紅蘭 以外には興味関心がなく、万が一にでも危害を加えるようなことがあれば有言実行するだろう。
低いが女性のような声質の炎羅 は、紅蘭 にとっても唯一の存在。生まれた時から常に一緒にいるため、家族と同等、いやそれ以上の絆がある。
たまに小姑のごとく喧しいが、それは自分を想ってのことだと理解はしている。普段の見た目は鷹くらいの大きさで、炎のような尾が二つに分かれていて長い。朱雀宮には所々に鳥が羽を休められるような棒が吊るされていたり、止まり木のようなものがいくつかあった。
朱雀宮は聖獣憑きが皇后になった時のみ開かれる宮で、鳳凰の聖獣憑きは百年以上生まれていなかったこともあって、紅蘭 はかなり厳重な管理の下、神殿で保護されていたといえよう。
故に自由はなかった。家族との面会でさえ月に二、三回程度しかなく、我儘は聞いてもらえないし、面白くない思いばかりしてきた。
それでもなんとか生きてこれたのは、炎羅 がいつも傍にいてくれたからと言っても過言ではないだろう。小姑でもあり、家族でもあり、兄や姉のような存在なのだ。
「陛下がお渡りになられました」
扉の向こうから侍女の声がした。後宮には貴種でも香種でもない者が宮女として働いており、位の高い女官は女性の貴種がほとんどだった。
紅蘭 の世話をする侍女は何人もいるが、傍に置いているのは神殿にいた頃から世話をしてもらっていた明鈴 という名の女性。
三つ年上の明鈴 は寡黙だが気の利く侍女で、余計なことは何一つ言わず、黙々と自分の仕事をこなすような人であった。
話し相手としては不足ではあったが、侍女の中で一番信頼できる人間ではある。
「お通ししろ」
紅蘭 がそう命じると、扉が静かに開けられた。そこに立っていたのは上質な漆黒の衣を纏うこの国の皇帝、蒼焔 。
音もなく閉じられた扉の前で、しばらく沈黙していた蒼焔 は「はあ」とわかりやすく嘆息した後、ゆっくりと紅蘭 が待つ寝台の方へと歩を進める。コツコツと響く足音。近づいてくる気配。静かに息を呑んで、紅蘭 はただじっと待っていた。
「陛下、お待ちしておりました」
「……聖獣憑きは皇后になる運命。悪いが、受け入れてもらう」
今の台詞はどういう意図が? と紅蘭 は思ったが、あえて余計なことは言わないことにした。ここで言い合っても印象が悪くなるだけだし、そうなればこちらの要求も通りづらくなるだろう。
「運命、確かにそうでしょう。聖獣憑きとして生まれてから十七年間、私には自由がありませんでしたからね」
とはいえ、言いたいことは山ほどある。口の軽い紅蘭 は、思うより早く本音が口から出ていた。これから一生を共に過ごすことになるだろう夫を前にして、猫を被る必要などあるだろうか?
いや、ない。
紅蘭 は自ら顔を隠していた布を投げ捨て、座っていた寝台の上から立ち上がった。大きな瞳はこの国特有の色である鳶色で、式のために結われた黒髪は艶やかで美しい。
可愛らしいというよりは見目麗しい端正な顔立ちで、背は蒼焔 よりも頭ひとつ分は低く、腰も細い。生意気そうな雰囲気ではあるが、どこか知的な印象を与える不思議な魅力が紅蘭 にはあった。
「単刀直入に言う。俺は鳥籠の鳥になる気はない」
ずいと蒼焔 に詰め寄って、無感情で立ち尽くしている夫の顔を見上げると、紅蘭 は少しも物怖じせずに続ける。そしてあろうことか、皇帝を指差してとんでもないことを言い出したのだ。
「鳳凰の力をやる代わりに、俺の願いを叶えろ」
そしてそれは到底、皇帝にお願いをする口調でも態度でもなかった。紅蘭 は神殿で皇后になるための様々な教養を身に付けさせられたわけだが、そのどれにもこのような態度をとって良いとは書かれてはいない。むしろ、当たり前すぎて記載すらない事項である。
「……願いとは?」
そんな中、天地がひっくり返ってもおかしくない意外なことが起きた。なぜか蒼焔 は目を細めて紅蘭 の指先を眺め、表情はほとんど変えずに問い返してきたのだ。それには紅蘭 の方が拍子抜けして、目を丸くしてしまう。
「お前は俺に何を望むと?」
淡々と紡がれた言葉に、紅蘭 は気を取り直してひと呼吸おくと、蒼焔 を指差したまま先程の続きを口にする。
「俺と番になる代わりに、俺に自由をよこせ」
それは、この後宮において絶対にあり得ないだろう無茶苦茶な要求だった。
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