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2-3 朱雀宮の主
後宮内にある現在の皇后宮の名は朱雀宮という。朱雀宮は聖獣に守護されし希少な香種が皇帝の皇后となった時のみ与えられ、歴代の皇后がすべてそうだったわけではない。
どの国でもそうだが、王の正室となる香種(国によってはオメガ)は同時期に存在する香種の中で一番能力の高い者が選ばれる。
婚姻を結べる年齢もまた国によって異なるが、平均的には十六歳から可能な国が多い。華琅 では十五歳から後宮に入ることができ、優秀な香種のみが皇帝の妃やその候補として選ばれる。女官や宦官は貴種でも香種でもない者たちが選ばれるため、後宮内の秩序は守られていた。
蒼焔 が皇帝になってすぐ、皇后が選ばれた。蒼焔 よりも五歳年下で当時十七歳だったその者は、軍事的な仕事を任されている県尉の三男。
父親は厳格で真面目な性格から、堅物と呼ばれているような人物で、金や私欲で決して動かない堅実な人格者と昔から有名だった。長男次男も父親にそっくりで、どちらも堅い役職に就いている。
「紅蘭 様、陛下がいらっしゃいました」
皇后の侍女が朱色の扉の前で奥にいる主に声をかけた。朱雀宮の者たちは皆、薄い朱色の衣を纏っていて、一目でどこの宮付きの者かがわかるほどだ。お通ししろ、と中性的な声が聞こえてきて、侍女は扉を開け、蒼焔 が入ったのを確認すると再び外に出てそのまま扉を閉めた。
通された部屋の奥に行儀悪く右足を立てて座っているこの国の皇后に対し、蒼焔 が何か注意することはない。
「待ちくたびれたんだけど」
『紅蘭 を退屈にさせた罪は重いぞ』
紅蘭 。長く美しい黒髪は結いもせずにそのままで、少し乱れている濃い朱色の上質な衣が、彼の活発で奔放な性格を表している。
鳶色の瞳はこちらを試しているかのようで、蒼焔 は低い長机を挟んで正面に座った。本来ならその座を譲るのが普通だろうが、この者にはそういった気遣いや形式的なものはどうでも良いようだ。蒼焔 自身も正直気にしていないのでそのまま座ったわけだが。
そんな紅蘭 の左隣にいるのは炎の聖獣である鳳凰で、名を炎羅 という。見た目は確かに鳳凰だが、鷹くらいの大きさで炎のような尾が二つに分かれていて長い。低い女性のような声が特徴的で、とにかく紅蘭 には甘く、彼が何をしても寛容に受け入れ、悪いのは相手の方だと本気で思っている。
「さっさと要件を話せ」
「うっわ……さいて〜」
「手短に簡潔に欲しい情報だけでいい」
「それでも俺の夫か? まあ、別にいけどさ」
それはこっちの台詞だと心の中で反論する。仮にも皇后。皇帝である蒼焔 に対して、あの龍昊 でさえここまでの態度は流石に取らない。昔からよく知る仲でもなければ、お互いに思い合っているわけでもない。
これには初夜に交わした契約が関係してくる。
「例の件、進展があったっていうのは先に伝えただろ? 父上が色々と人を使って調べてくれたよ。で、結論から言ってかなり黒いってのが答え」
ふふん、と口の端を歪めて紅蘭 は不敵な笑みを浮かべた。
「あの国の王サマは結婚式の前日に自分の息子を暗殺させて、その婚約者を自分の妃に迎えた後、現在の皇后を廃后にして、氷の聖獣の力を我が物にする計画を立ててるみたい」
『聖獣を手に入れるために息子をも殺すか。それならば最初から自分の側室にでも迎えれば良かったのでは?』
歳が親と子ほど離れている状態で婚姻を結ぶことは珍しくはないが、すでに皇子がいる状態でそれをするのは民や高官への心象がよくないというのが本音だろう。
だが皇子がいなくなれば次の世継ぎが必要となり、必然的に皇子の婚約者がその候補になる。他の側室もいるだろうが、より能力の高い存在が重宝されるはずだ。
「……悍ましい計画だが、聖獣の力を手に入れたいのならそれが確実だろう。あの国は皇子が一人だけと聞く。あえてそれ以上つくらなかったという可能性もある」
氷の聖獣の守護を受ける者が生まれていなかったら、話は変わって来るはずだ。
「で、ここからが本題。その子を番にして、氷の聖獣の力を手に入れた後、」
「各国に侵略するという話か?」
「なんで知ってるんだよ!」
むぅと頬を膨らませて、蒼焔 を睨んでくる。蒼焔 自身も協力者からの書簡で先程知ったばかりだった。
「じゃあ、じゃあ、これは? 水の国を先に侵略して聖獣の力を奪った後、華琅 を攻めるって話」
「知らんが、想像はできる。炎と水は相性が悪いからな」
『とは言え、負けることはないな』
水の力を上回る炎の力があれば、水に呑み込まれる前に蒸発させてしまうことも可能だ。それは精霊や聖獣の力を使う者の能力に比例する。炎の国はどの国よりも自国の兵に力を入れており、個々の能力値が高いのだ。
炎羅 が言うことはもっともだが、数の暴力には勝てないこともある。優れた者が多くいても、その能力以上の数で攻められてしまえば難しいだろう。
「気になるのは、ヘイル王がなぜそのような行動を取ろうとしているのかだ。野望はあろうとも、それを実行するにはかなり分が悪い。氷の国は確かに攻められにくい土地ではあるが、同時に他国を攻めにくい土地でもある」
にも関わらず、それを本気で行おうとしているということは、成功するという確信があるか、もしくはそう思い込むように仕向けられたのだろう。
各国で結んだ和平条約を無視して強行するには、それなりの覚悟が必要だ。理由なく戦を仕掛けることは条約に反する。たとえ水の国の侵略に成功したとて、他の国がその次を赦さないだろう。
「協力者の話では皇后側の高官たちと共に話を進めているらしいが、こちらが表立って動く理由としてはまだ足りんな」
「それなんだけどさ。顔も合わせたことのない見えない奴を、手放しに信用して大丈夫か? 陛下らしくないというか。意外というか。冷静さに欠けるっていうか」
肩を竦めて嫌味ったらしく言う紅蘭 に対し、蒼焔 は怒りを露わにするでもなく無表情のままだった。書簡の文面に目を通し、ヘイル王の行いに対して不快な気持ちになったのは確か。真実かどうかはさておき、片方だけの偏った情報に印象操作をされている可能性もある。だとしても。
「お前が案ずることではないな」
「まあ、それもそうか。あんたが感情に流されて動くとか、絶対あり得ないよな」
『お前たちの関係性が不思議でならないのだが?』
皇帝と皇后。
二人の関係は一年前、蒼焔 が皇帝となった日の数日後に始まった。
「俺たちは別に、番だけど愛し合ってるわけじゃないからな。単純に利害が一致してるってだけだし」
初夜に交わした契約。
それは、自由のない後宮において紅蘭 が求めた要求。それは、鳳凰の力を手に入れるために蒼焔 が受け入れた要求。
「まあ。今のところは父上たちが集めた情報と相違なさそうだし、危険な王であることは間違いないんじゃない?」
となれば、あとは時間の問題だろう。
先王の暗殺と他国への侵攻計画。
それらに関わっている者がこの国の中にいるという真実を、明らかにするために。僅かな情報でも集められるだけ集めておく方が良いだろう。
彼の国の害悪を排除するための大義名分は、すでに揃っているのだから。
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