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2-2 覚悟
書簡の内容は到底信じられないようなものだったが、これが真実だとすればグレイシアの皇帝がこれまで行なってきた所業は自国の民を脅かすようなものばかりと言えよう。
(聖獣を宿す幼子を我が物にするために、街一つを消し去るなど。そのような暴君と知っていたからこそ街全体で存在を隠していたのかもしれんな)
そこにはヘイル王が過去に行 った暴挙の詳細だけでなく、これからやろうとしている計画段階のものまで事細かに書かれていた。
その中には父であり先代の皇帝の暗殺計画が記されており、ひと月前に送られてきたあの花のことも。透明感のある六枚の花びらをつけた白い花は、毒にも薬にもなる希少な花らしく、現在はヘイル王が管理しているようだ。
(璃星 からの報告と一致するな……あれの父親は父上の侍医で優秀な人物と名高かった。病を治せなかったことを悔やんで引退し、今は引きこもっていると言っていたが)
璃星 は父である明星 の所にあの花を持ち込み、驚かれたと言う。標高の高い山の崖の隙間に生息している希少な花の名は、ニクス・フローレア。雪のように白い花という意味から名付けられたその花は、眺める分には美しく可憐な一輪花である。
璃星 が自らの身体を使って死なない程度に試そうとしたようで、それを知った明星 に止められたらしい。その場に龍昊 がいたら、くどくどと過去のことを掘り返されて半刻は説教されていたことだろう。
「一輪くらいでどうということはないでしょうに。薬に混ぜるのは父の目があったのでまず不可能。となれば、食事に混入されていた可能性が高いでしょう。毒味の段階か、もしくは運ばれてくる途中か。飲み物に、という可能性も」
淡々とそのようなことを口にする璃星 に対し、蒼焔 もほとんど表情を変えることなく話を聞く。この者は研究熱心であるが故か、たまにこういうところがあった。
「陛下には持病もありましたし、元々お身体は弱ってらした。それに加え長年に亘って少量ずつあの花を摂取させられ、知らぬ間に毒素が身体に溜まっていった結果、あのようなことに……。しかし希少な花を定期的に入手するには、少なくともあの国と繋がりがなければ難しいでしょう」
「ただの知り合い程度ではまず無理だろうな」
しかもそれをヘイル王自身が管理しているとなれば、そこに利害関係が存在しお互いに一致しているとしか考えられない。先王の死を願う者。この国を手に入れたいとヘイル王が考えていたとしたら、身内に協力者がいると言っているようなものだ。
つい先日、報告のために顔を合わせそんなことを二人で話していたわけだが……。
手元の書簡を読み終え、蒼焔 は激しい怒りの感情を己の内側にしまい込む。冷静に物事を広く見なければ、今回の大事を解決することは叶わないだろう。敵はすでに次の手を考えているはずだ。
その顔に貼り付けたような笑みを浮かべ、絶対に暴かれることはないという自信と、たとえ暴かれたところで誰かに罪を擦りつけ、自身だけは言い逃れできる術を持ち合わせているはずだ。
「蒼焔 様、少しよろしいですか?」
扉の外から龍昊 の声がして、蒼焔 は「後にしろ」と嘆息しながら不機嫌そうに眉を顰め書簡の山に手元の書簡を放ると、机の空いている限られた空間に肘をつき頬をのせた。
「いやそれがそうもいかないというか……」
「……誰からの何の用だ?」
「紅蘭 様からの、秘密のお誘いです」
「………少し待っていろと伝えておけ」
はあ、と深く息を吐き出し、蒼焔 は視線を遠くに向ける。
紅蘭 。この国の皇后となった聖獣を宿す希少な香種で、蒼焔 の番である。二人の関係は王宮内では冷え切っていると誰もが知る噂となっているわけだが、それは初夜の後にお互いが交わした契約が関係しており、何を言われようとも後ろめたさなど一つも存在しないのだ。
かと言って、二人の仲を案じた何も知らない高官たちが用意した側室に興味があるわけでもなく。なんにせよ、今抱えている問題を解決するまでは子作りなどする気もなく、紅蘭 もまたそれを望んでいなかった。この呼び出しは想定内で、頼んでいた件に進展があったのだろう。
蒼焔 はゆっくりと立ち上がると、精巧な鳳凰が彫られた衣架に掛けていた黒い衣を羽織ると、扉の外で控えていた龍昊 の横を何を言うでもなく通り過ぎた。
「使いの侍女にはそのように伝えておきましたので、のんびり話しながら行くとしましょう」
皇帝になる前から龍昊 は蒼焔 の護衛であり、それは今も変わらない。その態度は普通なら褒められるものでもないし、いつ目の前で首が飛んでもおかしくないと周りをハラハラさせるほどだ。
そうならないのは、蒼焔 が誰よりも信頼している人間であることと、こちらが怒る気も失せるほど能天気で飄逸 な人間を上手く演じているからだろう。捉えどころがないといえば格好がいいが、この者の場合はそこに一癖も二癖も隠しているのだからタチが悪い。
「良い知らせであることを祈るばかりですが、あまり派手に動きすぎるとあちら側に気付かれてしまいそうで……って、もしかしてわざとやってます?」
「さあな」
「うっわ。あながち間違いではないと?」
「やかましい。黙って歩けないのか」
表情には出ていないが、呆れた口調で紡がれた言葉にも龍昊 はまったく動じないどころか、いつものやり取りに対しての返しに調子づく始末だ。
「まあ、あの人が裏で色々やってるだろうっていうのは、皆わかっていますからね。わかっていても何もできない。高官の方々もほとんどがあちら側で、真っ当なのはごく少数。先王の勅書があったのにも関わらず、偽造を疑ってましたし」
それどころか、市井 では蒼焔 が王位を奪うために先王を殺したのではないか、王宮で血が流れたなどと有りもしない噂が流れたり、明らかに良くない方の印象操作をされているフシがあった。
「罪の代償は必ず払わせる。関わったすべての人間をこの手で殺す」
「物騒なことは言わない方が……誰が聞いているとも知れませんからね」
どの口が……と思いつつ、蒼焔 は本気だった。
父である先王を亡き者にした人物。それを企てた人物。手を貸した人物。関わったすべての人間に罪を償わせる。たとえこの王宮中が赤く染まろうともかまわない。
「誰一人として例外は赦さぬ」
己の保身のために手を貸しただけだとしても、そんなものはどうでもいい。事実、先王はそういう者たちが求めたほんの少しの欲に殺されたのだ。国を民を愛し、痛みを理解し、共に歩もうとした仁王。
そのような者たちに、己の罪を死ぬほど後悔させてやるだけ。泣き叫ぼうが後悔しようが命乞いしようが今更遅い。先王が崩御したあの日に、冷酷な王となる覚悟はすでに決まっていた。
欲しいのは真実と確かな証拠だけ。
事実、皇帝よりも大きな権力と人脈を持つ、この国の宰相を罰せられるだけの。言い逃れのできない、決定的な証拠が必要だった。
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