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2-1 王の死
グレイシア侵略の約三年前。
炎の国、華琅 の王宮は悲しみに暮れていた。それは長年病で臥せがちだった皇帝が、ついに息を引き取ったという知らせが国中に広まったからである。
しかしそれは民や一部の側近や内官、亡くなった皇帝を心から愛してやまない者たちだけであって、形だけの悲しみを終えた高官たちにとってはここからが寧ろ勝負だった。
国葬の準備もそうだが、自分たちの身の振り方、次に誰を持ち上げるか、誰の下に付くのが正解か。そんな中、とある噂が王宮内に広がっていく。
「皇帝陛下は毒殺されたらしい」
「蒼焔 様が陛下の薬に致死量の毒を混ぜるよう、密かに裏で指示していたと誰かが言っていた」
「陛下は病死ではないと? しかし医官の話では間違いなく病死だと」
「そもそも蒼焔 様はその前から代役を命じられていたのだから、陛下を殺す理由がないだろう」
高官たちは各々の考察を面白がって話していたが、結局は病による死と公表され、国葬が終わる頃には誰も口にしなくなった。
それは皇帝が亡くなる数日前に内官を呼び、皆に宛てた遺言書と共に、蒼焔 を次の皇帝とせよという玉璽 が押された勅書を残していたことにより、そもそも第一皇子である蒼焔 には謀反を企てる理由がないという結論に至ったのだ。
「蒼焔 様、隣国グレイシアから書簡と祝いの品が届いております」
前皇帝が亡くなってから数ヶ月後、各国から新しい皇帝となった蒼焔 のもとに形式的な文面が綴られた書簡と共に祝いの品が届く。
皇帝の座に就くのとほぼ同時に皇后との婚姻が決まる。聖獣を宿す香種で婚姻が可能な年齢で該当する者は一人しかおらず、紅蘭 という名の十七歳の青年が選ばれた。
鳳凰。炎の国に相応しい聖獣に守護されし香種。先王が亡くなって間もなかったため、民心を考慮した蒼焔 の命で、結婚式は簡素なものとなった。初夜を過ごし番関係となったことで、蒼焔 は鳳凰の力を共有することになる。
しかしそれ以降、皇后の宮を訪れることはほとんどなかった。顔を合わせるにしても公の場のみで、二人の関係は冷えきっているのではないかと心配されるほどだった。
―――先代皇帝の崩御から約一年後。
蒼焔 は父である前皇帝の死について、とある筋から有力な情報を得る。父の死は病死。侍医もそう判断した。だが蒼焔 はそれに関して気になることがあり、密かに人を使って調べさせていた。それは父が亡くなる数日前に、本人から告げられた言葉に起因する。
「朕はもう長くないだろう。先程、内官にある物を渡した。お前には苦労をかけるだろうが、どうかこの国を頼む。それから……、」
皇帝は疲れた表情を浮かべた後、話を続ける。
「朕が死んだ後、おそらく死因は病死とされるだろう。故に、密かに調べて欲しいことがあるのだ」
「……どういう意味ですか?」
長くはないのは自分自身が一番知っているとでも言うように、皇帝は弱々しい掠れた声でそんなことを口にし、蒼焔 は眉を顰める。
昔から疲れが溜まると頭痛や目眩の症状は出ていたが、数日休めば治るような軽い持病のようなものだった。それが数年前から悪化し、酷い時には倒れてしまうことも。
去年からはほとんど寝たきりの状態になってしまい、蒼焔 が王命を受けて代役をこなしていたのだった。調子の良い時は寝所で書簡に目を通し、玉璽を押したりすることもあったが、最近はそれも難しい状態になっていた。
「誰かが朕を亡き者にしようと画策している……そう思えてならないのだ」
「病で気が弱っているのでしょう。陛下はこの国になくてはならない存在。いったい誰がそのような謀反を企てると言うのです?」
蒼焔 も内心それを疑っていた一人だったが、あえて落ち着いた低い声音で否定する。病で臥せっている皇帝に、余計な杞憂をして心労の種を増やして欲しくはなかったからだ。
本人がそれを疑うにはもちろん理由があるのだろう。歴代の皇帝の中でも優れた王と名高い父を、崩御させようなどと目論む者がいないとは言い切れないのが現状だ。
「隣国の動きに注意するのだ。それと関わる者、もしくは利用しようとしている者。この国の安寧を脅かさんとする者が疑わしい。朕が死んだ後、わかることもあろう。そのすべての材料を使って、この国を民を守ってくれ」
握られた手は力強く、病で弱っているとは思えないほどだった。
それから数日後、皇帝は崩御。高官たちは誰を次の皇帝にするか話し合おうとしていたが、内官が持っていた勅書を公表したことによって蒼焔 が皇帝の座に。
父の死の真相を調べていく内に、あれが毒による症状の可能性があることを知る。ただそれを決定づける物的な証拠が見つからず、調査が頓挫していたところに入ってきたのが、とある筋からの情報だったのだ。
「お前はこの花を知っているか?」
「……いえ、少なくともこの辺りでは見たことはありませんし、薬の調合で使ったことはないですね。この手の知識に詳しい者に確認した方が確実かもしれませんが」
「この国に璃星 より詳しい者などいないだろう」
誰もいない書庫で密談をしていた三人は、蒼焔 を真ん中にして左右からその花を覗き込んでいた。それはとある国に潜入している密偵から送られてきたもので、協力者から得た情報らしい。
送られてきた書簡には六枚の花びらをつけた透明感のある白い花が添えられていて、その地にだけ自生する植物であると書かれていた。
「龍昊 は黙っていてください……陛下、少しだけ時間をいただけますか? ここに書かれた情報だけを鵜呑みにして、直接の原因であるかどうかを調べないのは危ういかと」
「調べるって……まさか、自分自身で試すなんて言わないよな?」
いつになく真剣な眼差しで、龍昊 は璃星 の手を掴んだ。璃星 は龍昊 の恋人であり番。
三人は幼なじみで、蒼焔 が皇帝となった今もそれは変わらない。龍昊 は皇帝になる前から蒼焔 の護衛で、璃星 は王宮の医官として働いている。
「必要があればそれも試みましょう。まずはこの花を調べるのが先です」
「璃星 、」
「……とにかく、これは私が預かります」
美しいが希薄で感情を表に出さない璃星 と、天真爛漫だが実は腹黒い龍昊 。一見釣り合わなそうな二人だが、いつの間にかそういう関係になっていたらしい。
「これを父に見せてもかまいませんか?」
「お前に任せる」
蒼焔 は花を手渡し、璃星 は袖から布を出して受け取った花をそっと包んだ。龍昊 はまだ納得していないという態度でじっと横顔を見つめていたが、璃星 は完全無視を決め込んだようだ。
そのひと月後。
新しく届いた書簡の内容に対して、蒼焔 は憤ることとなる。
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