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悪夢と兄弟喧嘩
【麗彪 side】
美月 が死んだ。
何があったのか、わからない。
目の前には真っ白な祭壇と、真っ白で小さな棺 。
棺の中には、目を閉じて、静かに横たわる、最愛の人。
「麗彪さん、出棺です」
後ろから声がする。
誰だ、駿河 か?
しゅっかん?
なんだ、なんの事だ?
なあ、待てよ、これ、なんの冗談だ。
なんで美月、起きないんだよ。
独りじゃ眠れない子だろ?
俺がくっついてないと、ぱちっと目を覚ますはずだろ?
花は嫌いじゃないだろうが、そんな埋もれてて苦しくないか?
なあ、美月、なんで起きないんだ?
なんで、動かないんだ?
息、しろよ。
なあ、美月・・・。
「ああ、これがあったな・・・」
気付けば、俺の右手には黒い拳銃。
冷たく、重く、何の感情も持たない道具。
「俺を独りにするな・・・」
美月が俺を置いて逝くなんて。
そんなの、オカシイだろ。
一緒に逝ってやらないと、美月が独りになっちまう。
銃口を顳顬 に当てる。
ああ、でも・・・。
「俺・・・美月のとこ、逝けんのかな・・・」
それを考えた途端、涙が止まらなくなった。
俺の天使はきっと、天国に居る。
俺は、天国 へは入れてもらえないんだろう。
「死んだら・・・一緒に、居られない・・・のかよ・・・っ」
美月、なあ、目ぇ覚まして。
頼むから、俺を置いて、逝くな・・・。
「麗彪さん?起きて!」
起きるのはお前だろ。
なに澄ました顔で目ぇ瞑ってんだよ。
「ねえ、泣かないで、大丈夫だよ?ぼく、ここにいるよ?」
居るけど、居ないだろ。
泣かずにいられるかよ。
「どおしよ・・・ねえ、起きてってば!麗彪さんっ!」
「・・・・・・み・・・つき・・・?」
目を開けると、目の前には、俺の上に跨ってぎゅっと抱き付いている最愛の人。
あったかい。
息、してる。
「あっ、起きた?もお大丈夫だよ。ぼく、ここにいるからね?もお怖くないよ。大丈夫・・・」
「みつき・・・美月っ!!」
「ふぎゅっ」
がばっと抱き付いて、逃げないように強く強く抱き締める。
苦しそうな声、出したな。
力、弱めねぇと・・・。
「怖かったね、麗彪さん。もお大丈夫だからね。泣かないで、いい子」
少し苦しそうにしながらも、俺の頭を撫でて慰めてくれる天使。
そうか、棺 は夢だったのか。
良かった・・・頼むから、もう何処へもいくな・・・。
「死ぬより・・・恐かった」
「そ、そんなに?幽霊の夢だった?ごめんね、もっと早く起こしてあげれば良かった・・・」
美月はなんにも悪くねぇのに、また謝ってる。
悪い事したって謝らなくていいって、言ってんのに。
「もう平気・・・顔洗いに行く」
「うん。抱っこしてあげよおか?」
「それもいいけど、抱っこさせてくれ」
「ふふ、いいよ」
美月を抱き上げ、洗面所へ向かう。
相変わらず軽い。
結婚して3年、21歳になった美月。
身長はうちに来た年に4cm伸びて142cmになったきり、体重は7kg増えて35kg。
秋冬は37kgくらいまで増えたりするが、だいたい35kgだ。
何故か100kgを目指しているらしく、体重計に乗る度にがっかりするのが可哀想で、紫の体重計はカンナの部屋に戻してある。
「美月、あれやってくれ。俺の世界が美月だけになるやつ」
「うん。おいで!」
リビングまで来たのはいいものの、朝飯を食う気になれず、ソファに座って美月の胸元に顔を埋めた。
俺の膝を跨いで座った美月は、俺を抱き込んで頭を撫で続けてくれる。
温かく、やわらかく、甘く、優しい鼓動が聴こえて心地いい。
「朝からなに甘えてんですか」
ダイニングの方から、呆れた様な駿河の声。
応える気にもならない。
「麗彪さんね、怖い夢見ちゃったの。もお少しいい子いい子したら、ご飯食べさせるね」
「麗彪さんが悪夢?ご自身と対峙 でもしたんですか?」
おい新名 、どういう意味だ?
お前の夢に出てやるぞ。
つか黙れ。
美月が聴こえねぇだろ。
「美月」
「なあに?」
「何処へもいくな」
「今日は麗彪さん、会議あるよ?ぼく、一緒に行こうか?」
「行かない。美月と居る」
「えっと・・・リモートにする?駿河さんに連絡してもらおうね」
「うん」
あー・・・やっと落ち着いてきた。
美月に朝飯食わせねぇとな。
「飯食おう」
「うん。あーんしてあげるね」
「やった」
抱き上げた美月を膝上に座らせて、ダイニングテーブルに着く。
宣言通り、俺に手ずから食べさせてくれる美月にも朝飯を食わせてから、再びリビングのソファへ。
向かい合わせにすると美月が何も出来なくなるので、膝上に座らせた美月を後ろから抱き締め、小さな肩に顎を乗せた。
美月には悪いが、今日は美月を放せそうにない。
「会議、リモートにしときました」
駿河が飲み物を持ってきて言った。
「おう」
「美月くんも仕事があるんですよ?」
美月は駿河の表の仕事の補佐をしている。
最初は少し手伝っている程度だったのに、気付けば駿河が表の仕事を殆どしなくていいくらいしっかり働いてるんだよな。
基本的に在宅勤務、社員との連絡はメールのみ。
電話連絡は駿河を通す様に言ってある。
俺の美月と会話しようなんて一千万年早 え。
「今日の美月は俺を構うのに忙しいから有休だ」
「仕方ないバブちゃんですね〜」
「ばぶちゃん?」
美月が駿河の言葉に首を傾げた。
傾げられた細い首筋に軽く噛み付く。
「赤ちゃんって意味ですよ〜。こら、美月くんに噛み付くのやめなさい」
「あかちゃん・・・んふふっ、麗彪さん、ぼくのばぶちゃんなの?」
「美月のなら、バブちゃんでもいい・・・」
「ちょっとお!どおしちゃったのよ麗彪くん、赤ちゃん返りなんてしちゃってえ!」
カンナ がやって来た。
なんで来たんだ・・・。
「時任 くんから麗彪くんが変だから診 に来てって連絡もらったんだけど・・・まあ、いつも通りっちゃーいつも通りな気もするわね」
俺が美月にへばり付いてんのは、確かにいつも通りだな。
問題ないから帰れ。
「ねえ美月ちゃん、麗彪くんが甘えんぼさんになっちゃった理由、知ってる?」
「えっとね、怖い夢見て、泣いちゃって・・・」
「「「「泣いた!?」」」」
カンナと駿河と新名、キッチンの方で片付けしてた時任まで驚いた声を出した。
・・・美月、泣いたのまでバラさなくたっていいだろ。
「ちょ、いったいどんな悪夢見たのよ・・・」
「麗彪さんが恐がるなら・・・雅彪 さんに本気で叱られる夢とか?」
「子供の時ならまだしも、泣くほど恐がったりしないだろ」
カンナと駿河と時任が予想する中、狐の勘を発揮させたのか新名が深刻な顔をして黙った。
「なに、新名くんどうしたの?」
「悪夢の内容に見当がついたんですか?」
「おい、なんでお前まで泣きそうなんだよ?」
「・・・お嬢の前では言えません」
ああ、狐の勘は凄えな。
新名 も、あんな夢見たら正気じゃいられなくなるだろ。
「美月ちゃん、ちょーっと麗彪くん借りていい?」
そんなに俺の悪夢が気になるのかよ。
だからって美月を取り上げられてたまるか。
「今日の俺は美月から離れない」
「あ、そお・・・それじゃ、美月ちゃんにはヘッドホンしてDVD観ててもらおうかしらぁ」
新名が美月にヘッドホンをさせ『劇場版不屈のEDF〜パンダリオンの夏休み〜』を観せ始めた。
相変わらずゼノスとEDFの戦いは続いているが、パンダリオンを中心とした何人かは人類と共存する事になり、侵略派を改心させようと奮闘している、というストーリー展開になってるらしい。
主に関西方面からの強い圧力があったとか・・・。
何故か新名も一緒にヘッドホンをしている。
聞きたくないんだな。
俺も話したくないんだが。
「それでぇ?どぉんな悪夢だったのぉ?」
「話したくねぇ」
「はいはい、カンナ先生に話してごらぁん?」
・・・うぜぇな。
「・・・・・・美月の棺を見た」
「「「え・・・」」」
3人の表情が強張る。
俺の言葉通りの光景を想像したんだろう。
悪夢を見て泣いた俺を揶揄ってやろうとでも思っていたんだろうが、そんな気は失せた様だ。
「な、恐い夢だろ」
「・・・恐い、と言うか」
「・・・そりゃ泣く」
「・・・大丈夫、ただの夢よ」
カンナの、まるで自分にも言い聞かせるかの様な発言に、思わず笑ってしまった。
腕の中の美月を見ると、画面の中のパンダリオンに夢中だ。
このアニメ、少し前に実写化の話が出たが、誰がパンダリオンを演じるかで揉め、結局頓挫したらしい。
・・・良かった、美月がパンダリオンを演じる俳優に惚れでもしたら、何しでかすかわからんヤツが何人か居るし。
俺を含めてだが。
「美月は生きてる。俺の腕の中に居る。あれはただの夢だ・・・と、自分に刷り込んでるとこだから邪魔すんな」
パンダリオンじゃなくて俺を見ろ。
美月の肩にぐりぐり顔を擦り付けて、構ってくれと態度で示す。
すぐに優しい手で、俺の頭を撫でてくれる・・・が、何故こっちを見ない?
そんなにパンダリオンが好きかよ?
俺の方がいいよな?
「みーつき」
「ぁっ・・・もお、なあに?お話終わった?」
ヘッドホンを外させ、無理やりパンダリオンから引き離す。
美月はちゃんと俺の目を見て、笑ってくれた。
「愛してる」
「うん、ぼくも愛してる」
俺の首に腕をまわし、ぎゅっと抱き付いてくる華奢な身体。
壊れそうな程、強く抱き締め返しながら、やわ肌をかぷかぷと甘噛みする悪癖を繰り返す。
「麗彪さん!お嬢は俺とパンダリオンの夏休み観てるんです!噛むのやめてくださいお嬢が減ります!」
「煩ぇ!美月はパンダリオンより俺が好きだから俺を優先してくれんだよ!それにパンダリオンの夏休みは映画館でも観たしDVDも飽きる程観たんだからもういいだろ!」
「は〜いはい喧嘩しな〜い。もお、美月くんはすっかり大人なのに、2人はどんどん子供になってくんだから・・・」
駿河に間に入られ、俺と新名が閉口した。
確かに・・・美月の事で新名 とよく言い合いになるが、そんなに子供っぽかったか?
美月にも呆れられてるんじゃ・・・。
「ふふ、仲良しさんだから、兄弟喧嘩しちゃうんだよね」
「「兄弟?」」
俺と新名の声が揃う。
なんで俺と新名が兄弟・・・あ、俺は美月の夫で、新名が美月の兄(仮)だからか?
「すみません麗彪さん、俺が大人気 なかったですね。義兄 として、もっと広い心で接する様心掛けます」
「おい、兄(仮)だっつってんだろ。完全には認めてねぇからな。幸せそうな笑顔を向けてくるんじゃねぇ」
「んふふっ」
・・・まあ、美月が嬉しそうに笑ってるから、兄弟 でもいいか。
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