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魔物を避けるための関所を馬車が抜けると、景色にはぐんと建物の数が増える。王都からは馬車で一日ほど離れた場所にある、のどかな田舎町だ。紋章入りの馬車はそうそう見られるものではないといった顔で、住民たちがこちらに目を向けて来ていた。
ルーンハルトは窓にカーテンを引き直し、小さく息を吐く。
今日、この町・ベィルの聖堂で行われているのは、聖女の巡礼の儀だ。
アイゼンは王族の代表として、各地の聖堂にて聖女が祈りを捧げる巡礼の儀に必ず立ち会うことを義務付けられていた。
早朝からの儀式をすべて見守っていただろう彼とは、このまま聖堂へ向かえば、二日ぶりに顔を合わせることになる。
「魔法の先生も大変ですね」
「え?」
「聖女様に同行していた、という証拠を作るためだけに、こうして駆け付けねばならないのでしょう」
対面の席に座す騎士は、同情の見える苦笑顔でそう言う。こちらを労ってくれている気持ちが伝わり、ルーンハルトは「そうだね」と頷いて返した。
アイゼンへ課された義務と同じように、聖女・季紗にとって「魔法の先生」であるルーンハルトにも「巡礼の儀には同行すべし」との通達が出されている。……と、いうことに、アイゼンがしている。
(「先生」か)
聖女はどうやら魔力や魔法といったものが一切存在しない世界からやって来たようだ、と判明した時、王城内には静かに衝撃が走ったものだった。
実際に彼女は、この世界の人間であれば幼児でも出来るような、ごく初歩的な魔力の扱い方すら何も知らなかった。
だが聖女・季紗の持ち得ている魔力量は、王城勤めの魔法士や魔法使いを遙かに凌ぐ。
だからこそ、彼女に魔法の使い方を教授する人物には、何よりも「聖女自身が信頼を置き、打ち解けていること」が重要だとされ――結果、あらかじめ内々に決められていた魔法学の権威たる大学教授ではなく、気安い世話係として聖女・季紗から慕われている、という評価を得ていたルーンハルトに白羽の矢が立てられたのだった。
ルーンハルトは現在、七つで一巡りの精霊の日のうち、火、木、土の三日間、そして二巡りに一度だけは猫精霊の日にも、聖女の「魔法の授業」を持っている。
その中でも毎火精霊の日、午後いちばんの「授業」後は、季紗をアイゼンの執務室へと招くことが恒例となっていた。
『あのねっ……先生! 先週みたいに、また今日も王子の執務室に行ってもいい!?』
もう退室するところだったルーンハルトのローブを引き、季紗がそう言い出したのは、最初の「授業」を終えた直後だ。彼女は一巡りの精霊の日を「一週間」と呼び差すが、「先週」とは、つまり一巡り前の火精霊の日のことだった。……その日は、アイゼンと季紗が彼の執務室でお茶会をした日――アイゼンが、季紗の笑顔に見惚れた日だ。
『本日は何の用意もなく、特別にお構いすることは出来ませんが……アイゼン様とのご歓談をお望みであれば、そちらは叶えられるかと存じます』
『あっありがとう……!』
ルーンハルトが戸惑いながらも了承すると、季紗はぱあっと明るい笑顔になる。
そんな彼女を伴ってアイゼンの執務室へと戻れば、そこにはちょうどダニエル前衛部隊長が訪れており、結局また三人でのお茶会と相成ったのだった。
『ルーンハルト。次から、火精霊日の午前までには茶菓子の用意を調えておけ』
『はい?』
『この三人の茶会は、たぶん恒例になるぞ』
二人を送り出した後、どこか呆れたような口調でアイゼンがそう言ったのを覚えている。――そして彼が予測したとおり、次の火精霊の日の「授業」後にも、季紗はルーンハルトのローブの袖を引いたのだ。
それから八巡りほど経ついまとなっては、アイゼンは季紗との七日に一度のティータイムを欠かさない。
さすがに完全な二人きりの場を設けるには時期尚早と考えてか、必ずダニエルを同席させてはいるものの、健気にアイゼンの元へと通う季紗のことを、彼も優しく受け入れている状況だった。
(それなら)
(季紗様のことだけを、考えていればいいのに)
アイゼンはこのところ、ルーンハルトとの『魔力交換』の内容を深めようと試みている。
『チョコレートが好きだろう?』
ある日、いつものように彼の私室を訪れると、就寝前にも関わらず、テーブルにはぴしりと皺一つなく藍色のテーブルクロスが敷かれていたのだ。
灰がかった白色のセンターラインに、キャンドルが一つ。
アイゼンが片手にしていた白い大皿をそこへ置くと、それは宙 でいちばん大きな惑星のようだった。
大皿の惑星は、さらに幾つもの星を点々と載せている。一つ一つ充分な余白を持って並ぶそれらは、彼自身の言葉どおり、チョコレートだ。皿とのコントラストが鮮やかに目を惹くのはもちろん、並ぶどれもに見覚えがある。
これは、と声もなく、ルーンハルトは目を瞠った。
――王都に数多ある有名店たち。それぞれの看板とも言える名品が、ほとんどすべて揃えられているのでは。
『どうして……』
休日のショコラトリー巡りは、確かにルーンハルトの密かな趣味だった。別段隠すべきことでもないが、おおっぴらに吹聴して回る必要もない。そう思って、誰かに話したことは一度もなかったのだ。……なのに。
アイゼンは目じりを下げ、優しい笑い方をする。
『俺は存外、おまえのことをよく知っているからな』
すべておまえの物だ、と促され、勿体なくも一つ一つ味わう。
それはとても幸せな時間だった。
そして、そのすぐ後、同じ夜の『魔力交換』では、ルーンハルトは後孔にアイゼンの指を受け入れることになったのだ。
『ルー、……痛いか?』
『いた……くは、ない、ですけど……ぁ、んっ、ん』
なぜこんなことを、と動揺したが、同時にルーンハルトは、体内にある快楽の芽を手ひどく愛撫されることによって、これまでにないほどの快感を得た。
その結果、最長で三日までは、アイゼンと離れて過ごすことが可能になったのだ。
……三年前の事故から、自分たちは毎夜の『魔力交換』のため、半日と離れずに過ごしてきた関係だった。互いの精を飲む方法では、『交換』の効果は持って一日ほど。二日も離れれば、魔力が澱んで心身に不調をきたすようになるからだ。
だからこそ王城を離れて遠出する時など、アイゼンはほとんど詭弁の域にある理由を用いて、強引にルーンハルトを同行させたものだった。
そんな彼が、たとえルーンハルトとの不可抗力による『魔力交換』であっても一般的な恋人同士に倣うことは可能なのではないか――二人の行為の内容が進めば、それだけ効果も長く保たれるのではないか、と考えるようになったことには納得がいく。
そして、その説は見事に立証されたわけだった。
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