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「ルーン先生! これ、この色はどう!? さっきのよりもっと良い感じじゃない!?」
はしゃいだ声音の季紗が、先ほどとはまた別の革小物を手に、ルーンハルトの元へと駆け寄って来る。
サルーベックの中心部を貫く大通り。その一角に建つ、革小物の店だ。
「だってね、おじいさまから貰った大事な万年筆なのに、ペンケース持ってなくて、そのへんに置いてたり直にポケットに入れてたりするって言うの! 昨日、王子から聞いてびっくりしちゃった。だから、ずっと何か贈りたいなって思ってたの、ペンケースにしよう! って即決したんだけど……でもさあ、こんなにいっぱい商品揃ってると思わないよね!? なんなの、ここってペンケースの王国なの!?」
「……季紗様のお気持ちを無下にされる方では、ありませんから。どちらであっても、必ず喜ばれますよ」
「ありがとう! ほんとに有難いけどそれっていまいちばん要らない言葉だね!?」
明るく文句を言いながらも、今日の季紗は力いっぱい楽しそうだ。全力で迷って困るのすら、好きな人のためならば嬉しい。そう大きく書かれている笑顔は、いっそこのままアイゼンへと見せてしまいたいくらいだった。
「あっ、そうだ先生、あの……今さらなんだけど、あたしがね、このプレゼントを渡したいのって……」
「ローゼン殿はこちらか!」
「!」
前触れなく店の扉が押し開かれたかと思うと、鎧を纏った騎士が数名、足音も荒くルーンハルトの姿を求めに来た。
見慣れた鎧。王城騎士団のものだ。
「ローゼンは私です」
ルーンハルトは強い緊迫感を覚えながら、騎士達の前へと歩み出る。
王城騎士団と自分を繋ぐものと言えば、アイゼン以外にはありえない。……今日のアイゼンは、騎士団長として一隊を率い、東の街・ドレスドへと向かったはずだ。
「――アイゼン殿下に、何かありましたか」
「今し方、殿下の隊より報告がありました。ドレスドにて魔獣と遭遇。殿下は剣を抜いておられます」
魔獣。
そう聞いただけで、ざらりと全身の血が落ちてゆく。……それは、三年前の。
(アイゼン様が戦い)
(結局は、討てなかった……)
いま現在、この世界に、魔獣を倒す術はない。魔獣は体内に魔石を持っており、数多いる魔物とは根本的に頑健さが異なっていた。元は魔物だったが、魔石を得て強化された個体なのだ、とも言われているほどで、騎士はもちろん、どれほど強大な魔力を持つ魔法士であっても、一切の攻撃は通らない。
だからこそ、万一遭遇してしまった場合には、強固な防護結界を築き、ただ魔獣が去るのを待つしか対処法がなかった。
だが。
(剣を――抜いた……)
ばさりと赤い布を被されたかのように、ルーンハルトの視界は一瞬、真っ赤に染まる。……三年前、この目で見た光景がまざまざと蘇り、ひゅっと呼吸が浅くなった。
(アイゼン)
「っ……」
矢も盾もたまらず駆け出してしまいたくなる衝動が突き上げてきて、ルーンハルトはぐっと胸元の衣服を握った。落ち着け。
彼が――アイゼンが、死ぬために剣を握ったはずはない。
「……っ季紗、様」
そうだ。季紗だ。
いまは、季紗がいる。――奇跡のように、この世界に居る。
三年前とは、それだけが違う。
ルーンハルトは季紗を振り返ると、無我夢中のまま、彼女の手前に膝を着いた。「えっ先生っ? えっなに!?」と驚くその白い手を取る。頭を垂れた。
どうか。
「私と供に、ドレスドへ向かってください。――魔獣が有する魔石を、あなたであれば浄化出来ます……!」
そう。アイゼンは待っている。
この世界にたったひとり――聖女だけが叶える、真白き羽翼を。
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