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 私邸に着くと、執事はすでに医師と治癒師を呼んでいた。……王立公園で防護結界が張られたことを知り、もしやこの邸を用立てることもあるのでは、と予測していてくれたらしい。  アイゼンは有難く処置を受け、ざっと湯を使って身を清めてから、寝室へ向かった。 「ルーンハルトのようすはどうだ」  天蓋から紗を下ろした寝台には、横たえられたルーンハルトと、それを看る医師の姿がある。アイゼンが問うと、馴染みの医師は落ち着いた声音を返してきた。 「外傷はありません。意識が戻らないのも、魔力の使いすぎによるものかと」 「三年前と同じか?」 「はい」  だとすれば、いちばんの回復薬は睡眠だ。アイゼンは医師を労って下がらせ、寝台に歩み寄る。紗を割って、ルーンハルトの傍らに腰を下ろした。  当時も、ディリンヘンにあった王女(あね)の別邸を頼り、ルーンハルトを運び込んだのだ。そこで三日間、ルーンハルトは眠り続けた。……あの時のことを思えば、今回はまだ安心出来る材料も多い。  何より、ルーンハルトの髪は少しも失われてはいない。回復はきっと早いだろう。  眠る彼の胸元から髪先を掬い上げ、アイゼンはそっと唇を寄せる。不思議に緑深い湖のほとりを想起させる、ルーンハルトが持つ静かな香り。それは変わらないのに、その髪色だけは白の混じった金色へと変容していた。わずかな差だが、肌の色も違う。瞼を持ち上げれば、瞳の色はきっと赤くなっているはずだった。 『私の姿を、見ないで』  ルーンハルトが生来持ち得ていた魔力は、水属性だ。けれど彼は三年前から、それを現すための杖を振るわなくなった。必要があって魔法を使う時には、必ず魔法陣を使う。……彼にとっては杖よりも魔法陣の方が身近だということもあるだろうが、魔法陣であれば魔力の属性は問われない。一律で銀の色を纏うのだから、誰にも見破られたりはしない。  ルーンハルトのいまの属性は、闇だ。 (俺を救うために) (おまえこそが、地の底に落ちた)  火、水、木、土の四元素はそれぞれ相生の関係で活かし合い、相克の関係で打ち消し合う。  七つの内でいちばん新しい錬金術は、属性と言うよりも技術の総称だ。  そして闇の魔法と光の魔法は、二つきりで対峙する、一対の関係だった。ゆえに、二つは強く反発し合う。  聖女の力が穢れを浄化するのは、光が闇を駆逐するからだった。――だからこそ。 「俺を癒すのは、聖女ではありえないんだ。ルー」  ドレスドの深い森の中、アイゼンは魔獣との相討ちを覚悟していた。半分だけ闇の属性を持ち得ることになった自分の魔力は、おそらく魔獣を倒すことが出来る――その可能性にばかり意識を向け過ぎて、自分の身を蝕むデメリットには気付けなかったからだ。  まずい、と思った時には、もう戻れなかった。  それでも最期に、ルーンハルトの顔を見られたのだ。もう、それでいいと思った。  けれど。 『私の王を、地へ置くことなど出来ません』  あの言葉の直後、強い雷に打たれたかのように、怒濤の勢いで全身に魔力が満ち渡った。  人に宿る魔力が泉のようなものだとして、いまの自分はきっと、火属性の岸辺と闇属性の岸辺を持つのだ。火属性の岸辺からは水が湧くが、闇属性の岸辺には湧かない。その状態で、闇属性の魔力(みず)ばかりを汲み出せばどうなるか。 (火属性の枯渇ならば、休息で回復する) (だが)  闇属性が尽きれば、アイゼン自身に手立てはない。  この身の内で分かちがたく混ざり合う二つの属性は、いまや自分の命の両輪だ。闇の魔力を失えば、火の魔力も軌道を失い、すぐに自壊へと至るだろう。  この世界でただひとり、唯一の光属性の魔力を有する季紗でさえ、『魔力交換』に困窮しているといった報告はこれまでに一度も出ていない。それもそのはずだ。普通、『魔力交換』をするのに属性が同じであるか否かを問われることなどない。  だとすれば、ルーンハルトも通常の『交換』を行えるはずだった。  ――ただ自分だけが、闇属性の魔力を定期的に、誰かに注いでもらわねばならない。  それはより正しく言うなら、『交換』ではなく『供給』だろう。 (ルー)  ルーンハルトの放つ闇の魔力の奔流に打たれた途端、濁っていた思考が明瞭に冴え渡り、四肢にしっかりと力が通ってゆくのがわかった。  アイゼンがそうして自分の体を起こそうとした時、代わりに、ルーンハルトが倒れ込もうとしていた。その体を抱き止め、確かな重みを腕に感じた瞬間、泣き出したくなるような安堵と愛おしさを覚えたのだ。  ――この命と分かたれては、生きていけない。  心臓を貫く甘苦しい痛みは、ルーンハルトと初めて出会った時とそっくり同じものだった。

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