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8 「アイゼン、報告書を持って来た」  申し訳程度のノックとともに執務室の扉を開いたのは、ダニエルだ。  彼は大股で歩いて、アイゼンの着く執務机まで手ずから書類を運んでくれる。途中、「ルーンハルトは?」と不在の補佐官について問われ、アイゼンは「使いに出している」と答えた。  ダニエルが持って来たのは、ドレスドの森に残したままの、浄化済みの魔石についての報告書だ。  二十日前、季紗が浄化した魔石は、白く輝く石になった。  見たところ害は無さそうだが、さりとてどう扱ったものか、と決めあぐね、騎士団はひとまずバリケードの結界で保護しておいたのだが――そこへ地元の住民がふらりと迷い込み、さらにどういうわけか、バリケードを突破して石に触れてしまった。  そうしたら、その者が昔に負った治らぬままの瘴気の痣が、すっかり綺麗に消え去ったのだという。 「白く輝く石には、聖女様の奇跡のご加護がある」。  噂は瞬く間に近隣都市まで広がり、騎士団が改めてドレスドの森へと入った頃には、小さな集落でも出来るのではないか、というレベルで人が集ってしまっていたのだった。  ならばもう、ここを神殿にしてしまおう、とアイゼンが決めたのは、五日前のこと。  いまは暫定的に騎士団の管理下に置き、見張りの騎士を立ててむやみに人が集まらぬよう警備している。だがそうした人払いや閉鎖を長期に渡って行えば、「奇跡」を求める人々から強い不満が噴出することは避けられないだろう。 「聖女の奇跡は誰のものか、か。……どいつもこいつも、利権のことしか考えてねえな」 「季紗ちゃんは、それに巻き込まれはしないよな?」 「出来るかぎり遠ざけるようにはする。あの子が泣くようなことになれば、おまえもルーンハルトも黙っていないだろうしな」  現在、聖女の「奇跡」の所有権を巡り、王城議会と大聖堂は真っ向からやり合っているところだ。 「……季紗ちゃんと言えば。朝方、大学への使いに行ってきたぞ」 「検証結果が出たのか?」 「俺は魔法だの精霊だのについてはからっきしだ。書状を貰ってきた」  ダニエルは言い、団服の内ポケットから一通の手紙を取り出した。封蝋は、見知った教授のものだ。アイゼンは礼を言って受け取り、それを開く。 「……」 「俺は彼女のことは彼女に聞く。けどな、もしその中身についておまえが気に病むようなら、せめて俺には、なんでも話せよ」 「いや……、そうだな。恩に着る」  悪友の気遣いに応えて返しながら、アイゼンは書状を引き出しにしまった。 (聖女は) (召喚の際、光の精霊と契約している……)  彼女が飛び抜けて強い魔力を持つのは、そのせいだ。  いかにエーベルライトが正統な血筋とはいえ、アイゼンの血の中に残っているのは、言わば契約の名残りだった。遠い昔の祖先は精霊の名を呼べただろうが、アイゼンにその知識はなく、また知る術もない。  だが、ルーンハルトと季紗は、直に精霊と契約を交わしている。 『ダスク』  それが証拠に、二人にはそれぞれ、契約した精霊とコンタクトを取るようすが見られていた。……ドレスドでの魔石浄化の際、季紗は姿の見えない人物と話していたようだ、とする報告も出ている。 (であれば、ユルフェンは)  ユルフェンド王国最後の王家・ユルフェンは、いまはもう大陸のどこにも遺されていない「精霊と契約する儀式」を現代まで継いでいた、唯一の血統だった、と言えるのだ。  そしてそのユルフェン家の滅亡によって、この世界の人間が精霊と契約する術は、永遠に失われたことになる。  さらに言えば、光の魔法と闇の魔法はどちらも、魔獣を倒すための力だ。 (決して) (穢れだの呪いだのと言われるような力では、ない……)  エーベルン王国における魔獣の出没は数十年ぶりだったが、大陸全土で言えば、魔獣による被害は深刻な問題だ。ほとんど常にどこかしらで、集落が襲われ、人々は家を捨ててどうにか逃げ延びている。  今後も、聖女は魔石を浄化するだろう。だが彼女に、戦う力はない。  だとしたら、魔獣を倒すのは――。  こんこん、とノックの音が立った。 「ただいま戻りました」  次いで、静かな声とともに執務室の扉が開かれる。  アイゼンは知らず息を詰めてしまいながら、そこに現れる人物を見つめた。

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