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マジで異世界なんだな
勇者カナタは収納魔法を使えない。そのことはすでに確認済みだ。勇者のための魔法鞄は僕が直接届けた。旅の仲間はほぼ決まったそうで、準備が整い次第出立となる。プレッシャーを感じているのか、勇者カナタは沈んだ顔をしていた。
僕が要らないならこの鞄も要らないのかと揶揄ってやっても反応が薄い。疲れているのか?
なんだか励ましてやりたくなるような覇気のなさ。大きな体でしょんぼりしていた。僕は神官に落ち着いて座れる部屋を頼み、勇者と内密に話がしたいと言って人払いをした。
自前の収納からポテトチップスを入れた紙袋を取り出す。それだけで、匂いに気付いた勇者の顔色が変わった。
「勇者様。もしよろしければ、おやつにしませんか?」
まさか、号泣されるとは思ってなかった。カナタはボロボロ泣きながらポテトチップスを食べた。その姿が哀れで、罪悪感が湧く。ちょっと大人気なかったかなと。
「キースさん、今までごめん」
突然召喚されて、虚勢を張っていないと折れそうだったとカナタは語った。偉そうな態度は精一杯自分を守ろうとした結果だったのだ。
「いいよ、許す」
「これ……ポテトチップス……キースさんって、元は地球の人なの?」
「地球のって言うか、元日本人だな」
「……そうなんだ……」
「異世界に召喚されるとか、大変だね。僕は前世の記憶があるだけで生まれた時からここに居るけど、そうじゃないもんな」
子供の頃に習うような常識や不文律、社会の仕組みも、この勇者様にはわからないのだ。
「あの。キースさん」
カナタは思い詰めたような表情で僕を見た。
「どうした?」
「俺、日本に帰れるのかな」
ああ……そりゃあ、それは気になるよな。
「百年前に魔王を倒した勇者は、帰ったと言われてるよ」
「そうなの?」
カナタはパッと顔を輝かせた。水を差したいわけじゃない。けど、楽観はしない方がいいと僕は思う。
「魔王討伐の直後に消えたっていうだけで、本当に帰れたのか、確認する方法はないんだ。それに時間の経過がどうなったのかもわからないから……」
「そっか……そうだよな」
カナタが召喚されてからすでに三ヶ月が過ぎている。日本でも同じ時間が経っていたら、カナタは行方不明になっていたことになる。まだこれから魔王討伐まで時間がかかる。きっと帰った後も大変だろう。
また落ち込ませてしまったのが申し訳なくて、僕は言った。
「この世界の都合に巻き込んでごめん」
「……キースさんのせいじゃないでしょ」
「そうだけど……ああ、良かったら、唐揚げも食べる?」
「唐揚げあるの!?」
勇者の同行者に選ばれたメンバーのうち、魔法使いと治癒士、それに弓使いが女性だった。神の加護を受けているだけあって、みんな美人だ。
僕は「異世界ハーレム狙いなのか?」とカナタを揶揄った。けれど、勇者の返事は予想外のもので。
「あー、別にそういうの興味ないから」
「そうなんだ?」
「だって俺、ゲイだし」
咄嗟に表情を誤魔化せなかった。顔を引き攣らせた僕を見て、カナタが悲しげに笑う。
「そういうことだからさ。旅に出ても、なるべくキースさんとは同じ部屋に泊まるとかはしないように……」
「あ、いや。その、」
「……やっぱり嫌かな?」
「そうじゃない!!」
つい、大きな声を出してしまった。
「実は……僕も、恋愛対象は同性で」
カナタが驚いた顔をした。
「と、言うか。この世界ではあまり珍しいことじゃないし、なんなら男同士でも子供も持てるし」
「え」
「もしかして聞いてない? この世界の人間は卵で生まれるんだ。小さい卵で生まれて、殻ごと育つ。妊娠期間より孵化するまでにかかる時間の方が長い」
腹の中で大きくならないこともあって、母親の性別はあまり問題にならない。そもそも神殿で聖樹の葉をもらわないと子供はできない。そう説明したらカナタはとても驚いていた。
カナタが呆然と呟いた。
「……マジで異世界なんだな……」
「うん。僕の母親、男だしね」
「そうか……」
「だからまあ、男同士なら着替えを見られてもいいとか、異性の方が気を使うとか、そういうのもないんだ」
「そうなのか……」
それを知らないで今まで過ごしていたのか。なんかもう、よく無事だったな。
「恋人か家族じゃなければ、宿は別室が当たり前なんだよ。でも、僕たちはかなり不便な場所に行くことになるから……どうなるかな」
旅に出ると僕が予想していた通りになった。性別だとか恋愛対象だとか、恥じらいだとか慣習だとか、構っていられなくなったのだ。
他人に肌を見せたくないなんて言っていたら怪我の治療もまともにできない。宿はひとりひと部屋なんて確保できないことが多く、僕とカナタが同じ部屋に泊まることも避けられなかった。
実際に魔王と戦うのはカナタを含めた勇者パーティだ。けれど、旅には金もかかるし、食事の用意や夜間の見張り、地図の確認に目的地の設定、宿が無い場合の交渉や日用品の確保……やることは山積みで、サポート体制がなければ、魔王の領域に辿り着くこともできない。
勇者パーティを支援する騎士や文官の一団がリーンダール王国からついて来ている。僕もどちらかと言えばその支援部隊の所属ということになるんだけど、カナタが僕に懐き、僕を頼ってくるために、なるべく勇者様のそばにいるようにと言われていた。
カナタが初めて魔獣ではなく魔族を倒した日。ヒトの言葉を操る相手を殺したことを、カナタは酷く気に病み、ショックを受けていた。
「勇者様。あいつらは敵です。何も気にすることはありません」
剣士にそう言われても、カナタの顔色は青いままで。おそらく、この世界の人間には、カナタが受けた精神的ダメージはわからないだろうと僕は思った。
僕はカナタと同じ部屋に泊まった。カナタを独りにしたくなかった。
「カナタ」
沈んだ表情の勇者に声を掛ける。
「ハンバーグ食べるか?」
「…………食べる」
「魔族っていうのはさ、もう根本から人間とは違うんだ。あいつらは改心することはないし、何が悪いのかも理解しない。話し掛けてくるのは、こちらを混乱させようとしているだけ。本当に言葉の意味を知っているのかも怪しいくらいだ」
「それは……でも……」
「もしかして『中には良い魔族もいるかも』なんて思ってる? そんな甘い考え、今すぐ捨てな。じゃないとこの先、生きていけない」
ハンバーグを食べ終えたカナタは俯いて、少し震えていた。その姿が、なんだかいつもより小さく見えたからだろうか。僕は落ち込む勇者に寄り添い、抱きしめた。
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