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行ってみようか、キースさん

 アウリールが例の薬の製作者だと知って、カナタの警戒はあっさりと解けた。僕の顔色に呆れたアウリールが、栄養剤や強壮薬を出してくれて、信じられないくらい体が楽になった。対価に金貨を請求されたが。  カナタはまだ僕を背負いたがり、アウリールから「本人の足を使わせなきゃ駄目」と叱られた。 「でも、どうやって国を出る?」  きっと僕たちは指名手配されている。関所を越えられるだろうか。下手に他国の庇護を受けると、それはそれで何を請求されるかわからない。 「そんなの。俺が脅せば突破できるだろ」 「勇者様は過激だなぁ」  アウリールが笑う。 「まあ、私もそういうのは嫌いじゃないけどねぇ」 「待ってください。なるべく穏便にいきましょう?」  治癒士のニーナは平和主義者らしい。 「私、どうにかしますから」 「どうにかって……」  エディスの声は半信半疑。でも、ニーナには何か策があるらしい。 「お忘れですか。私たちは加護持ちですよ。特に私は愛の女神様の愛し子なんです」  ニーナが向かったのはリーンダール王国の大神殿だった。 「私は聖女アントニーナ。この国の王の横暴を告発します! 神殿長を呼んでください!」  実は神殿公認の聖女様だったらしいニーナは、愛し合う二人を引き離すことがどれだけ愚かかを語り、僕とカナタがどれほど互いを必要としているか、それを邪魔しようとしたこの国の王がどれほど罪深いかを訴えて、愛の女神がお怒りだと、周囲を脅した。結局は脅すのか。 「糸の女神様もきっと嘆いておられます。愛し子のために何度も奇跡を起こしてくださった慈悲深いお方なのですから」  やはり、魔王城の前で僕が刺繍した布が燃えたのは、糸の女神が奇跡を起こすための代償だったのだ。 「あなた方は神々を敵に回すのですか? 自分たちが間違っていることはわかるでしょう?」  勇者たちを連れ戻すために来た騎士団長と宰相が顔色を悪くして恐縮している。 「私の言葉が理解できるのなら、このまま国から出してください。そうしてくれれば、これ以上の報復はしませんし、きっと今ならまだ天罰も避けられます」 「しかし……我が国の王城が」  宰相が額の汗を拭く。この人もなんだか気の毒だよな。やらかしたのは本人じゃないのに。 「あなた方は勇者に何か報いることをしましたか? 本来ならばそれなりの褒賞があって当然なのに」 「それは……まだ……」 「勇者が何も受け取っていないのです。その分の予算があるのですから、城くらい自分たちで修繕すればよろしいでしょう」  そう言ってから、ニーナはカナタを振り返り「それで良いでしょうか」と尋ねた。 「もちろん。俺はキースさんがいたらそれでいいよ」  カナタがにっこり笑って僕の肩を抱いた。 「とにかく。これ以上は追って来ないこと。私たちや勇者に干渉しないこと。城は自分たちで直すこと。それからこの国を出る許可。それがこちらの要求です」 「ニーナって、なんかすごかったんだね……」  エディスが呆けたように呟いた。 「はあ……幸せ」  白身魚のカルパッチョを口にしたカナタがうっとりと呟く。僕たちの前のテーブルには、魚の塩焼き、フライ、煮物、焼かれた貝や海老、様々な海の幸が並んでいた。  ここはエディスの故郷に近い場所にある観光地。海産物が美味しくて、景色もいいし、街並みが綺麗だ。  神殿は僕たちに旅を支援する神官や護衛の騎士たちを同行させようとした。それを断り五人でここまで来たのだけれど、すっかり安全になった世界に、感慨深いものを感じた。僕たちが勝ち取った平和だ。  カルパッチョは確かに美味しくて、生魚を食べる習慣があるんだなぁとなんだか親近感が湧く。 「でもやっぱり醤油が欲しくなるな」 「だよねぇ。あ、キースさんこれも食べる?」  トマト煮込みの魚を解して骨を取り除き、カナタが僕の口元に運ぶ。素直に口を開くと、トマトの酸味の爽やかさと魚の少し癖のある味が相まってとても美味しい。 「ショーユを知ってるの?」  エディスが驚いた様子で言った。しまった。前世のことは隠していたのに。 「あー、うん、まあ」 「もっと東の方に、昔の勇者様の子孫がいるらしいよ。そこでショーユが手に入るかも……」 「本当!?」  身を乗り出した僕に、カナタがふふっと笑った。なんだよ、お前も醤油は欲しいだろ? 「行ってみようか、キースさん」 「うん」 「私も同行させてもらおうかな」  そう言ったアウリールをカナタが睨んだ。 「あんたまだついて来るの? 俺はキースさんと二人きりになりたいんだけど」 「だって、東に行けばこの辺りにはない薬草もあるだろうし。昔の勇者様が残したものが他にも何かあるかもしれないし」 「だからって」  アウリールがにこっと笑った。 「良い薬あるけど? 楽しめること間違いなしで、依存性ないやつ」 「わかった。ついて来ていい」 「ちょっとカナタ! アウリールも何言ってるんだよ。やめろ、せめて僕の意見を聞け!」  それ、絶対僕が大変な目に遭うやつだろ! 「……ニーナが来られなくて残念だったなぁ」  エディスが寂しそうに言った。 「まあ、忙しそうだったから仕方ないんだけど」  治癒士のニーナは隣の町で奉仕活動中だ。孤児院と施療院の人手が足りないらしく、手伝うことにしたらしい。エディスも今日は僕たちを案内してくれたけど、明日はニーナに合流するという。 「とりあえずさ。今夜は良い宿を取ってあるから楽しんでよ」  エディスが笑う。 「なんなら何泊かしていく?」  魔王討伐の褒賞は、結局神殿が払ってくれた。おかげで僕たちは今、結構お金持ちなのだ。たとえ貴族向けの高級宿でも、宿代くらい余裕で払える。  リーンダール王国以外の国からの褒賞は、提案はあったけど受け取っていない。どの国も勇者を自国のものにしたがっている。爵位とか領地とかもらっても困るし。  勝手に勇者を縛りつけ取り込もうとしたリーンダール王国には、近隣諸国からの批判が集まって、かなりまずい状況らしい。僕にとっては祖国だし、姪のことだけは心配だけど、きっと次兄が守るだろう。  僕とカナタとアウリールは、海辺の街に三日間滞在した。予定より二日長かった。僕が動けなくなったからだ。原因なんてわかりきってる。アウリールが悪い。変な薬を作りやがって。なんだよ、痒み薬って。  強壮薬に頼りすぎるなと言われ、ちゃんと歩けるようになるまで宿から出られなかった。カナタがとても甲斐甲斐しく世話をしてくれたんだけど、実に楽しそうだった。  東に向かう前に、一度エディスとニーナに会いに行った。 「ショーユ、あるといいね」 「そうだな」 「カナタ。あまりキースに無理させちゃ駄目だよ?」 「あー、善処はするけど……」  そこは断言してくれないか、勇者様。 「風邪薬や栄養剤、ありがとうございました」  ニーナはアウリールに頭を下げた。 「いいよぉ。私は薬師だからね、これくらいしないと。子供たちによろしくねぇ」 「それじゃ、行こうか」 「うん」 「また遊びに来てねー!」  エディスたちに手を振って歩き出す。しばらくして、カナタが「あっ」と声を上げた。 「何、どうした?」 「今って秋だよね。日本なら10月頃?」 「ああ……そうかもしれない」 「なら俺、たぶんそろそろ誕生日だ」 「いくつになるの?」 「22歳」 「そっかー。お祝いしなきゃな」 「キースさん、祝ってくれるの?」 「うん。何か欲しいものある?」 「それじゃあ……」  カナタが少し屈んで僕の耳元に囁く。 「また、上に乗ってくれる?」  なんてこと言うんだ。アウリールもいるのに。  返事に詰まった僕に、アウリールが言った。 「良い薬あるけど?」 「要らん!!」  カナタがくすくすと笑った。僕も釣られて笑う。世界の救済に尽力してくれた勇者の、この笑顔を守れて本当に良かった。

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