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んーん。駄目じゃない
僕が居た離れは隣の部屋の壁に大穴が開いていた。どうやらカナタはそこから侵入したらしい。我が伯爵家の警備を担う騎士たちが、庭のあちこちで倒れている。それもやったのはカナタだろう。死んでないよな?
「キースさん、怪我はない?」
「ああ、うん。大丈夫」
「良かった。俺がキースさんがいる位置を見誤ることはないと思ってたけど」
いや、そもそもお前はなんでここにいるんだよ。
城が半壊したらしい。王女との婚約を強要されて、カナタは酷く暴れたそうだ。魔王を倒せる勇者に、下っ端魔族も倒せない騎士が敵うはずもなく、カナタは騎士や宮廷魔法使いをなぎ倒したという。
勝手に決めるなと怒鳴り散らし、壁に大穴を開け、扉を壊し、床はヒビだらけにし、謁見の間はとても風通しが良くなったそうだ。
流石に国王の怒りを買って、罪人として捕らえろと命が下ったという。でも、カナタの立場は何もこの国に所属するものじゃない。国際組織である神殿や他のいくつもの国が、勇者の召喚と旅の準備や道中の支援に関わってきたのだ。
そもそも、リーンダールの王にカナタをどうこうする権利はないのである。その上、魔王討伐の仲間だった魔法使いや治癒士はカナタに味方した。特に魔法使いエディスは、カナタを城から出すために、窓を割り屋根を吹き飛ばしたのだとか。
剣士と弓使いもカナタを止めることはせず、カナタは城を飛び出し、この屋敷まで自力で辿り着いたらしい。僕の体にカナタの魔力が染み付いているから、居場所がわかるんだってさ。
カナタが駆け寄ってきて、僕をそっと抱きしめた。壊れ物を扱うみたいに。
「キースさん、キースさん。会いたかった」
「カナタ」
僕はぎゅっとカナタに抱きついた。ずっと寒かった。やっと体温が戻ってきた気がする。すっぽりと抱き込まれて、とても安心した。
「ちょっとカナタ。あんた足速すぎるのよ! あたしたちを置いて行かないで!」
治癒士を連れて現れた魔法使いが文句を言った。治癒士が僕の顔を見てぎょっとした。
「え、キース様? なんか顔色酷いですよ? どうしたんですか」
「……食事、ちゃんと、してなくて。夜も、ちゃんと眠れなかったんだ」
「は?」
カナタがガラの悪い不穏な気配を纏った。
しまった。実家が大変なことになりそう。それは困る。いや、困るか? 困るな。可愛い姪が路頭に迷うかもしれない。それは駄目だ。
「食欲がなかっただけで。普通に用意はされてたんだけど」
「キースさん。具合が悪いの?」
「ん……もう平気。たぶん」
カナタに抱きしめられたまま、ぐりぐりと額を押し付ける。安心したからか、空腹を強く感じた。今なら何か食べられそうだ。
「なんか、急にお腹空いてきた……」
僕がそう呟くと、離さないとでもいうように僕を抱えたまま、カナタが低い声で周囲に告げた。
「誰か。何か食事を用意してくれる? ちゃんと消化の良いものをね」
僕は離れから出され、魔封じも外された。母屋に移動し、野菜も肉も柔らかく煮込まれたスープが運ばれてきた。ソファに座ったカナタが膝の上に僕を乗せて支えながら、少しずつ口元に運んでくれる。
「自分で食べるよ」
「やだ。俺に世話させて」
「……仕方ないなぁ」
僕は大人しく給餌を受け入れた。
スープを食べながら、閉じ込められていたことを話すと、カナタが殺気を放った。
「カナタ、駄目だ。相手はそこら辺の騎士よりも弱いんだからな?」
父は真っ青な顔をしていた。僕はカナタの黒髪を撫でて宥めた。
「これからどうするんだ?」
カナタの膝の上で尋ねる。久しぶりの食事をして、ようやく少しは頭が動いてくれそうだ。
「俺はキースさんを攫って逃げたい……この国はもう嫌だ。駄目かな?」
「んーん。駄目じゃない」
カナタの胸元に擦り寄る。
「冒険者にでもなろうか。それともどこか他国に庇護を頼む? カナタが行きたい所に行こう」
魔王が倒され魔物が激減しているから、冒険者の仕事があるかわからないけど。
「……なら、海の近くがいい。魚が食べたい」
ああ。確かにこの辺りでは魚というと川魚がメインだからな。
「いいね。行こう」
「あの……私たちもついて行っていいですか?」
治癒士がおずおずと言った。
「私はともかく、エディスはお城の屋根を吹き飛ばしたので、たぶんこの国に居たら大変なことに」
いいんじゃない、と僕は答えた。それからふと、この治癒士の名前を覚えていなかったことに気付く。どうしよう。流石に今更聞きづらい。
「じゃあ、あたしの故郷に行こうよ!」
魔法使いエディスが言った。
「あたしの出身地、海の近くなんだよ。魚も海老も美味しいよー」
カナタがすぐに食いついた。
「本当? 道案内とかできる?」
「もっちろん。ニーナも来るでしょ?」
「はい」
治癒士が頷いた。なるほど、ニーナというのか。
「……と、いうわけですので。父上、僕のことは勘当してください。おそらく二度とここには戻らないでしょう」
勇者の膝の上から、僕は父に絶縁を告げた。
王都を出るならアウリールにだけは挨拶をしたいとカナタに頼んだ。カナタはまだ顔色が悪い僕を心配し、背負って運んだ。
薬局を訪ねて、僕は愕然とした。喉がヒュッと変な音を立てた。何もない。何も。建物すら。
ただアウリールが薬草を育てていた庭の、大きな木が二本残っているだけだった。
「アウリール……なんで」
「あ。キース。やっと来た」
呑気な声がして、アウリールが木陰から出てきた。
「……え?」
何? どういうこと?
「いやー。この国、勇者様と加護持ちを複数敵に回したんでしょう? この辺からはお城がよく見えるから、屋根が崩れたって大騒ぎ」
ぼんやりとしているアウリールに、近所の誰かが知らせに来てくれたらしい。「友達が大変なんじゃないか」と。
「流石に国が傾く気配しかないから、私もここから出て行こうと思って」
「いや、でも……家は? 薬局は?」
「私の収納魔法は規格外なんだよねぇ。隠してるけど」
豪邸ならともかく、小さな家くらい運べると言われて、僕はぽかんと友人を見た。
「今日一日待って、それでもキースが来なかったら、適当に旅に出るつもりだったんだ」
アウリールがふわふわと笑う。
「ついて行くけどいいよね?」
「いいかな、カナタ」
「……これ誰? キースさんとの関係は?」
勇者が不機嫌な声を出した。
「えっと、友達だよ。普通に友達」
カナタの不穏な気配にも怯えず、アウリールが感心したように言う。
「君が勇者様かぁ。確かに体大きいね。キースが薬を欲しがるわけだ。これだけ体格差あるとね」
「薬……?」
「そう、薬。どうだった? ちゃんとできた? 私は自分の薬には自信があるけど、実際に使ってみた感想とか――」
「わああ! 変なこと聞くな、アウリール!」
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