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第1話

 プロローグ  自分が物語の主役にはなれないと気づいたのは、通っていた幼稚園のお遊戯会の主役を選ぶ時だった。クラスの誰よりも早く字の読み書きもできるようになったし(これは教育熱心すぎた母親の影響が大きいが)、運動だってできたし、先生からも毎日のように褒められた。 「偉いわねえ、りょうちゃんは」 「りょうちゃんは、なんでもできるのね」  所謂優等生だった自分に、他の子供たちもみな羨望の目を向けていた。  けれど、お遊戯会の演目「桃太郎」の主役に選ばれたのは自分ではなかった。  選ばれたのは、ムードメーカーでクラスのみんなに好かれている人気者の男児だった。 「え? 俺? 台詞、覚えられるかな?」  おどけたように男児がそう言うと、周囲の女児たちがクスクスと笑った。  なんであんなやつが、とは思わなかった。  いつでも明るく、誰に対しても優しい男児の良さは亮(りょう)だって知っていたからだ。逆に、思ったことをはっきり言う自分は大人の評判は良くとも、子供たちからは少し遠巻きにされていた。そして、子供心に悟った。自分には主役に必要な人気がなく、得られる役柄はよくて桃太郎の供の雉だということを。  それでも子供の頃はまだよかった。幼稚園の小さなクラスの中では大人のうけが良いことはプラスでしかなく、知能の高さやたくさんの知識も尊敬の対象となった。けれど、それはまだ周りの子供が純粋で、幼かったからだ。成長するにつれ、ますます周りからは距離を置かれるようになってしまった。イジメを受けなかったのは、周囲の環境が良かったからだろう。  思ったことをそのまま伝えるのではなく、遠回しに相手を傷つけぬように、言葉は選んだ方がいい。  優しい嘘、という言葉があるように、本音を伝えない方がいい時だってある。  数少ない奇特な友人たちはそんなふうに亮にアドバイスをしていき、けれど頑なな亮に愛想をつかしてそのうち離れていった。  揃いも揃って皆「お前の言ってることは、間違ってはいないんだけど……」と、奥歯に何かが挟まったような言い方をしていくのも一緒だった。  気にかけてくれたことへの感謝の気持ちはあった。みな、良かれと思って、自分が少しでも生きやすくなるようにと助言してくれたのだろう。  だからといって、生まれ持った性格が一夜で変わるわけがない。  そもそも、亮は皆に好かれようとも、理解されようとも思わなかった。  家族とは疎遠になり、親しい友人もいなかったが、これといって寂しさも感じなかった。  人間関係に悩むのは、他人と必要以上に関わりを持つからだ。  互いの気持ちを、感情をぶつけ合いわかり合う。そんなのは主役に選ばれた人々がやればいい。脇役には脇役の人生がある。  幸い仕事にはやりがいを感じていたし、趣味だってあった。このまま静かに日々を暮らしていくのだと、そう思っていた。  あの日、職場の同僚に背を押され、階段から突き落とされるまでは――。      1  天井に輝くシャンデリアが、大広間を照らし出している。夜も深くなっているのに、周囲は昼のように明るい。白い光の強さに毎回気が滅入りそうになるが、そんなことはおくびにも出さず、エミールは優雅に歩みを進める。  今日の晩餐会は、いつもよりさらに人が多い気がする。先ほどから見知った顔を何人も見た。  エミールに気づくと皆が視線を向けてくるが、一人一人と話していては埒が明かない。  それでも無視をするわけにもいかないため、視線が合えば柔らかい微笑みを浮かべ、声をかけられたらゆっくりと言葉を紡ぐ。 「エミール様、本日は卒業おめでとうございます」 「今日もおきれいですね、衣装もよくお似合いです」  確か一学年下の、乗馬クラブの後輩たちだったはずだ。いかにも貴族趣味な乗馬クラブに少し抵抗はあったが、各学年の有力貴族の子弟は皆入ると聞き、入部を決めた。  元々乗馬は得意だったこともあり、すぐに皆と打ち解けることもでき、クラブを通してエミールの評判は上々となった。 「ありがとう、二人の衣装も素敵だね。テイルコートは、王都で人気のデザイナーのものかな?」 「そうです、さすがエミール様」  ファッションの流行にそこまで興味はなかったが、調べておいてよかった。  同時に、もう少し自分にも上背があれば、彼らのように着こなせたのかなと内心思う。  エミールは容姿こそ美しいと称されることが多いが、身体の作りは男性にしては小柄で華奢だった。男性にとってやはり見た目は重要だ。身体が小さいというだけで侮られやすくなる。だからエミールは、それ以外の点で周囲に劣らぬよう、ずっと努めてきた。 「あの……、ところで、王太子殿下は……?」  後輩の一人が、こちらの様子を窺いながら問いかけてきた。別に嫌味を言っているわけではなく、心配してくれていることはその表情を見ればわかる。 「それが、今日は一緒じゃないんだ。もしかしたら殿下が誘ってくれていたのを、私が聞き逃してしまったのかもしれない」  悪いのはあくまで自分なんだと困ったように笑うと、後輩たちが痛ましそうに視線を向けてきた。 「エミール様に限って、そんなことはないと思います」 「おそらく、殿下がうっかりなさっていたんですよ」  いや、パーティーがあると知っていながら婚約者を誘うのを忘れるって、うっかりどころの話ではないだろう。王太子って立場をわかってるのか、と内心突っ込みながらも、「そうだね」と相づちを打っておく。  後輩たちだけではなく、先ほどから何度も同じ質問を受けていた。皆、言いたいことは同じなのだろう。 『王太子殿下はご一緒ではないのか、二人の仲は大丈夫なのか』  いや、そんなの王太子自身に聞いてくれと言いたいところだったが、それを口に出すわけにもいかない。だから自分は何も知らぬふりをして、だけど決して王太子を責めるような言動はしない。あくまで自分は婚約者に対して一途で、決して相手は悪くないという、庇うような態度をとり続けて。  さすがにさっきの言い方はわざとらしいかと思ったが、二人はむしろエミールの健気な振る舞いに感激したようだ。  そもそも、なんで男の俺が男の婚約者になってるのか……。  今更言っても仕方がないことはわかっているが、ため息が溢れそうになる。  確かにベルンシュタイン王国では、同性間の婚姻は認められている。  異性間同士の結婚に比べれば少ないとはいえ、貴族同士の同性婚も最近は一般的になったため、今回の晩餐会では同性を伴って来ている者たちもちらほら見かけた。  跡継ぎが必要な長子ともなれば結婚相手に同性を選べば反対されることもあろうが、多くは異性婚を行うからだろう。今のところそういった問題は起きていないようだ。  名家の貴族、しかも長子ともなれば家の存続を願うため、同性を選ぶことはあまりない。それでも希に、跡継ぎを必要としない、むしろ跡継ぎの存在が都合が悪い場合もある。  エミールが王太子の婚約者として選ばれたのは、そのためだった。

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