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第6話
≪いせリヒ≫の中でのエミールは重要なキャラクターだ。それは良い意味ではなく、悪い意味で。
悪名高き財務大臣の子息で王太子の婚約者。元々は高慢ながらも誇りが高く、王太子の婚約者として国を思う青年だったのだが、突然この世界に現れた現代人の理人に王太子が惹かれていったことで性格が一変。悉く二人の関係の邪魔し、あの手この手で理人の心を抉る行動をとっていく。まごうことなき悪役(ヴィラン)だ。
確かに自分のキャラを考えたら主役じゃないとは思ったけど、まさかの悪役かよ……!
もう少しこう、当たり障りのない脇役にして欲しかった。いきなりハードモードだ。
ただ、視聴している時に、亮はこのエミールのキャラが嫌いではなかった。純粋で優しいといえばその通りなのだが、毎回のように問題に首を突っ込む理人には見ている亮も苛々したし、苦言を呈したくなるエミールの気持ちもわからなくもなかったからだ。
そもそも、いつもきれいな結末を迎えるのは明らかに主人公補正というやつだった。だいたい、ピンチになっても必ず王太子が助けに来るのだ。いい加減学習しろと言いたくなるエミールの気持ちも、わからなくもない。
まあ、物語の構造上それを言っても仕方ないのだが。
そんな感じで、エミールに対しては少し同情していたこともあり、そこまで嫌いなキャラではなかった。けれど、さり気なく考察や感想を探していた時に、見つけてしまったのだ。アニメでは随分先、話数的にはおそらく三期以降になるのだろうが、これまでの罪を全て暴かれたエミールが断罪されることを。
小説や漫画ではなくアニメ派で、ネタバレを避けてきたこともあってショックを受けたが、それ以上に断頭台に立つエミールの姿が痛ましかった。
正直嫌われキャラではあったし、昨今のザマァ展開を所望する視聴者にとっては胸がすく展開なのだろうが。さすがにやりすぎではないかと、胸の中に嫌なものが残った。
エミールのやり方が正しかったとは言えない。それでも、理人の出現で国の行く末を案じるエミールの気持ちもわからなくもなかった。
≪いせリヒ≫の視聴はなんとなく続けていたが、以前よりもハマれなくなったのもその展開を知ってからだった。
けれど、今はエミールに同情してる場合じゃない。
なぜなら、今は自分自身がエミールなのだから。つまり、このまま物語の展開通りにいけば、エミールと同じ行動をなぞれば、行き着く先は死――。
つい先ほど、夢の中で死を経験したばかりだからだろうか。考えるとぞくりと背筋が冷えた。
いや……諦めるのはまだ早い。
亮にとってこの世界は物語の世界だが、この世界に生きる人々にとってはそうじゃない。だから、パラレルワールド、これからの時空が、世界が分岐する可能性だって十分にある。
最終的には悪役となったエミールだが、何も初めからそうだったわけじゃない。
少なくとも初期はプライドの高さもあり、理人へ容赦ない言葉を投げてはいたが、本質をついたものも多かった。
亮の目から見てもエミールの性格が良いとは思えなかったが、だからこそどこか共感する部分もあったのかもしれない。けれど、このままいけば確実に待っているのはエミールにとってのバッドエンド。
それを避けるためにも、これからエミールの生存戦略をたてるしかない。
とにかく敵を作らぬよう、徹底的に猫をかぶることに決めた。そして結果的に、現在の「女神のように優しく聡明なエミール」が出来上がった。
できれば王太子との婚約も避けたかったが、そうなると物語の流れがどう変わるかわからない。だからあくまで元の流れを踏襲し、婚約破棄という結果だけは同じように持ってきた。
既に本来の物語とは違った展開になってはいるものの、やはりある程度、物語には強制力というものがあるのだろう。婚約破棄だって公の場で行うのではなく、関係者の間でこっそりと進めようと根回しをしていたのに。あのベタな登場と台詞を思い出すと、笑いすらこみ上げてくる。
ま、結果的にエミールの印象は良くなったし、今後王太子や理人に関わらなければいい話だ。
唯一のイレギュラー、予想外だったのはアデルバートの登場だろうか。
ごろんと寝返りをうち、先ほどのアデルバートの様子を思い出す。
≪いせリヒ≫の中のアデルバートはメインキャラの一人で、その外見もあって人気も高かった。ただ、王太子であるカーティスのことを敬愛しながらも、密かに理人に報われない片思いをしている、そんなキャラクターだったはずだ。
だが今日の様子からは、アデルバートが理人に特別な思いを持っていたようには見えない。
ま、考えても仕方がないか。もうどうせ関わることもないだろうし。
とりあえず死亡フラグは回避できたのだ。十分すぎるくらいの成果だろう。
起き上がり、エミールはサイドテーブルの引き出しから算盤を取り出す。
こみ上げてくる笑みを抑えきれないまま、婚約時に説明された婚約破棄の際に約束した慰謝料の価格をはじきだす。
一生分遊べるほどの額ではないが、かなりの高額だ。
王太子との婚約が決まった時点で、ベルフォードの爵位はエミールではなく義兄が継ぐことになった。エミールが生まれるまで、ベルフォード家には女子しか生まれなかったため、縁戚である義兄が以前から候補にあがっていたのだ。今更爵位が欲しいなんて言うつもりはない。貴族社会のしがらみに巻き込まれるなんて冗談じゃない。
父だって鬼ではないのだ。この屋敷とある程度の資産は残してくれるだろう。
ようやく自由の身となれたのだ。これからは好きなことをして好きなように暮らしていこう。
明日からの生活を考えただけで、エミールの気持ちは期待に膨らむ。
いや、浮かれてばかりもいられない。
婚約破棄で得た慰謝料は、これからの人生の初期投資にすぎない。
本当の勝負は、これからだ。
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