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2章 第3話

 テーブルに突っ伏したギルの耳に、くすくすという笑い声が頭上から聞こえてくる。視線だけをあげれば、狼が耳をかすかに震えさせ、楽しそうに牙を隠して笑っていた。 「……君は思っていたよりいい性格をしているようだ」 「そんなに褒めても何も出ませんよ?差し出せるのは私とのデートの権利、ぐらいでしょうか」 「おい」  またざわりと周囲がざわめきたつ。「あの真面目一辺倒のハーランド医務官がベイカー副隊長を口説いてる」なんて声が聞こえてきて、ギルはぐうと唸り声をあげた。  最悪だ。この調子なら午後が始まってすぐに騎士団中にうわさが駆け巡るだろう。 「君ってやつは本当に……」 「どんな狩りにも手を抜かないと決めているんです」 「最悪のポリシーだな」 「え?私の狩りは最高、ですか?」  ──狩りを褒めた、という驚きの声が聞こえた。  外堀をすごい勢いで埋められている、とギルは血の気が引いていく気がして眉間を押さえる。  獣人の中でも肉食獣の血を引く者にとって、狩りという行為を褒めることは何よりも強い賛美だ。 わ  そして、彼らの狩りを褒めることは『あなたに気があります』ということでもある……と、ジェフが言っていたことをギルはしっかりと覚えていた。  『気のない相手の狩りを褒めるんじゃねえぞ。口説いてることと同じだからな』という言葉もきちんと、覚えていたのだ。  がん、とテーブルに額を押し付ける。逃げ出したかった。  だというのにイリスはテーブルの下でじゃれつくように足をギルの脚に触れさせていて、初めて自身の身にとびかかる「いやらしさ」という概念に腰が引けていたのだ。  逃げ場を確実に断たれたうえで、じりじりと外堀を埋められながら追い詰められている。 「君の狩りは容赦がなさすぎる……最悪すぎるだろう……」 「ありがとうございます」 「褒めてないんだが」 「ふふ。言葉の受け取り方は人によって異なりますからね」  息を吐いて、ギルは顔を上げる。 「そもそも君、あれは……本気だったのか」 「あれ、というと?」 「誘惑……が、どうの、って」  言いづらくて口ごもると、イリスは目を細める。彼の耳が震えた。ギルがその動きを見ていると、急に顔を寄せ、イリスの甘い香りがふわりと漂って息が止まる。 「……本気ですよ。私は、あなたを手に入れるためには手段を選ばない、と決めていますから」  そう言うと、囁き声は離れていった。刺激が強い。肉食獣系の獣人が恐ろしいのか、それともイリスのやり方がえげつないのか。  恋の駆け引きなんてしたこともないギルには判断ができなかったが、この状況が自分にとって分が悪い事ぐらいは理解していた。 「イリス」 「はい?」 「僕はこれで失礼する。残りはあとで執務室に届けてくれるよう手配してくれ。それじゃ」 「へっ……ギ、ギルさん!?」  何においても勝ち目のない戦いは逃げるに限る。ギルは立ち上がると、脱兎のごとくその場から逃げ出したのだった。

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