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Drop.003『 WHEEL of FORTUNE:U〈Ⅱ〉』

       静かに黙した男に対し、法雨(みのり)は続ける。 「――届け出てないのは、届け出をする気がないから。――理由はそれだけよ。――それに、あの子たちだって、こういう形でしか処理できないだけなのよ……。――アタシ、別に誰に抱かれようが平気なの。だから、あの子たちがアタシで満足出来てるなら、アタシはそれでいいの。――大して上手くもないし、確かに望んで抱かれてたわけじゃない。――でも、苦痛とも無理やりさせられてるとも思ってないわ」 「――………………」  そんな法雨の言葉を受け、男は静かに溜め息をつくと、しばし考えるようにして黙す。  その様子に、なんとなく叱られているような気分になった法雨は、静寂の中、自身の手元に視線を落とした――。      ― Drop.003『 WHEEL of FORTUNE:U〈Ⅱ〉』―      実のところ――。  何故、あの若いオオカミたちを警察に突き出そうと思えないのか――。  何故、彼らの非道を(ゆる)し、(かば)ってしまうのか――。  法雨自身も分からなかった。  彼らがまだ自信よりも若く幼いせいか――、彼らに求められている時、結局は自身も充足感を得ているからか――。  その理由を探ろうとしても、明確な答えは見つけられないが、いずれにしろ――、いかにしても、法雨は、彼らをただの悪と思う事が出来なかったのだ。 「――でも、いいのよ……。――どうせ、今だけだから……」  静寂の中、改めて理由を探ったが、今回もやはり明確な答えに辿り着けなかった法雨は、黙したままの男を前に、呟くようにして言った。  それに顔を上げた男が、静かに法雨に視線を移すと、法雨は、誰に言うでもなく、自分の手元を見つめたまま紡いだ。 「――“オオカミなんて”、そんなもんでしょ……。“オオカミなんて”全員、ある程度満足したら勝手に離れて行くんだから……。――最初から、人を大事にする気なんてない……。飽きたらおしまい……。皆、そう……。――だから……、――だからオオカミは嫌いなのよ……」  法雨は、そう言うと、その身についた埃でも払うかのように、ダークブラウンの(まだら)模様が映える――レモン色に彩られた耳と尾を、やや苛立たしげに動かした。  その(つや)やかな毛並や、耳や尾と同じくダークブラウンのメッシュが入ったレモン色の髪は、薄暗い倉庫の中では妙に際立って見えた。  その中、法雨は、頬を隠す程度に切り揃えられたその柔らかな髪を揺らがせ、さらに紡ぐ。 「――さ、アタシが平気なのは分かったでしょ。もう放っておいてちょうだい。――助けようとしてくれた事には感謝するけど、これ以上の手助けは必要ないわ。――それに、アナタみたいな人にこれだけ脅かされたんから、あの子たちも当分は来ないわよ。――だから、アナタのお役目もここでおしまい。アタシの事も、もう気にしないで」  そんな法雨が、顔を背けたまま投げやりに言葉を紡ぎ切ると、その態度や言葉を受けてか、これ以上の手出しは無用と悟ったらしい男は、ただ静かに、 「そうですか……」  とだけ言った。  その低く優しげな声に、法雨は、少しだけ罪悪感を覚えた。  法雨にとって、この男は、見ず知らずの赤の他人であるが、この男からしても、法雨は、見ず知らずの赤の他人だ。  だが、この男は、そんな――義理ひとつない赤の他人である法雨を助けるべく、必死になって駆けつけてくれた。  もちろん、助けなど頼んではいないし、放っておいてほしいという言葉は本心に変わりない――とは云え、感情のままにとった態度は――、投げつけた言葉は――、やはり、適切ではなかったように思う。  法雨は、そんな後悔から密かに反省すると、己の罪悪感を和らげるべく、取り繕いの言葉を添えた。 「――えっと……その……、――アタシは大事(おおごと)にしたくないって気持ちもあるのよ。――だから、助けようとしてくれた事には本当に感謝してるわ。でも、本当に平気だから。――だから、もう、これきりにしてもらって大丈夫よ」  すると、そんな法雨の言葉を素直に受け取った男は、念のため――、といった様子で言った。 「――分かりました。――では、ご自宅までの道も、おひとりで大丈夫ですか?」  法雨は、その男の心遣いに驚きつつも――、 「――え、えぇ……。――大丈夫よ……」  と、ぎこちなく頷いた。  もちろん、男の申し出を不要としたのは、彼が信頼できないからではない。  むしろ、このような経緯でさえなければ、法雨はきっと、この男と喜んで帰路を共にしただろう。  だが、今の法雨の中には、これ以上、この男への酷い行いを重ねたくないという思いしかなかった。  だからこそ、一刻も早くこの男と別れ、この居心地の悪い状況から脱したかったのだ。  それゆえ、法雨は、この場を脱するための言葉をさらに紡ぐ事にした。 「――あの、もしかしたら、アタシのこの話し方で脳が勘違いしてるのかもしれないけれど、――アタシ、見ての通り男なの。――もちろん、大柄なアナタからしたら軟弱に見えるでしょうけど、アナタが考えてるほど、か弱くはないわ」  そんな法雨に、男はまたゆっくりと頷き承諾の意を示すと、次いで、ポケットから小さなアルミケースを取り出した。  そして、そこからまた一枚の小さな紙を取り出すと、静かに差し出した。 「――? ――えっと……」  それに、法雨が不思議そうにすると、男は、変わらず優しげな声で言った。 「――この度は色々とお節介をしてしまい失礼しました。――こちらには、自分の連絡先が記してあります。――先ほど、あちらの扉を壊してしまったので、修理費用が分かりましたら、ご連絡ください。――かかった費用は、すべて自分が弁償させて頂きます」 「――あ、あぁ。なるほど……。それはまた……ご丁寧にどうも……」  先ほどから散々と無礼な態度をとっているにも関わらず、男の親切心が微塵も揺らがぬ事に困惑しながらも、法雨はその紙を丁寧に受け取った。  差し出されたのは、一枚の名刺だった。  その飾り気のない名刺を法雨が見ていると、男は、ふと思い立ったようにして言った。 「――あぁ、それと……。――恐縮ですが、最後に一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」  法雨はそれに顔をあげると、不思議に思いながらも言った。 「――あぁ、えぇ。――何かしら」  すると男は、あの若いオオカミたちが逃げて行った窓の向こうを見据えながら、言った。 「――貴方は、“オオカミ”が――、お嫌いなんですか」 「――………………」  法雨はその問いに少し驚いたが、強調するように、ゆっくりと発された“オオカミ”という言葉を反芻した後――、“その男の容姿”を改めて見た上で、無感情ながらも、はっきりと告げた。 「――えぇ。――……嫌いよ」  男は、それに、幾度か小さく頷くようにすると、次いで、穏やかに言った。 「――分かりました。――お答え頂き、ありがとうございます。――あぁ。ないとは思いますが、もし何かお困りの際がありましたら、その際も気兼ねなくご連絡ください。――では、自分はこれで。――どうぞ、お帰りの際もお気をつけて」  そして、そう挨拶を終えた男は、最後に丁寧な一礼をすると、そのまま静かに去って行った。  法雨は、その大きな背に感謝の言葉を添えながら、去りゆく男を見送った。 「――………………」  男が去り、すっかりと静けさを取り戻したその場で、法雨はふと、先ほど渡された名刺に視線を落とした。  名刺には、あの男の名と、男が何者であるか、などの情報と共に、男の連絡先が記されていた。  それらを眺めながら、法雨は、あの男と交わした、とあるやりとりをしばし反芻した。  そして――、大きな罪悪感を胸に、不貞腐れた子供のように言った。 「――だって……嫌いだもの……」  名刺に印字された、男の名を指で(さす)りながら、その美しい漆黒の毛並みを思い起こしながら、ただ、言い訳を紡ぐ。 「――嘘をついたって……、分かってしまうんでしょう……?」  駄々をこねるように、誰にも届かぬ言い訳を、ただ、ひたすらに――。 「――だったら……、嘘なんてついたって、無駄だもの……」  言い訳を紡ぐ度に、深く根を伸ばすその罪悪感に、抗うようにして――。 「――オオカミなんて……、最後は皆、一緒だもの……」  心に深く根を伸ばしてゆく罪悪感に責めたてられながら、法雨は、一滴、また一滴と――、誰にも届かぬ言い訳を、ただ零した。    ――その日。  法雨の身体を貪っていたのは、オオカミたちであった。  だが、そんな法雨を救うべく駆けつけたのもまた――、オオカミだったのだ――。           Next Drop.004 → 2025.12.24 夜

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