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【New】Drop.004『 The HIEROPHANT:U〈Ⅰ〉』

       法雨(みのり)を救うべく、突如、見ず知らずの大柄なオオカミが現れた日から、数か月ほど前のその日――。  法雨は、若いオオカミたちと出遭った。  彼らは、法雨の店に通い始めたある時期から、法雨に目をつけていた。  そして、とある日の明け方――、店仕舞いを終えた法雨の前に現れた彼らは、――他の従業員に手を出されたくなければお前の身体を貸せ、と法雨を脅した。  そんな彼らを前に、法雨は特に怯えるでもなく対峙したのだが、だからといって抵抗もせず、そのまま彼らの要求を“呑んでやる”ことにしたのであった。  実のところ、その若いオオカミたち相手であれば、抵抗する事も、拒否する事も容易だと判じていた。  もちろん、家族同然に愛する従業員たちに手を出させるつもりはなかったが、法雨には、そんな心配も無用である事も分かっていた。  法雨は、長く接客業を営んできただけでなく、若くして、数多の非道な男たちとの付き合いも経験してきているのだ。  そんな法雨だからこそ、このオオカミたちの脅しはただの強がりでしかなく、最悪は警察にさえ連絡してしまえば大人しく引き下がる程度の“お子さま”たちでしかない事を確信していた。  だが、その上でも、法雨が、通報どころか、彼らの幼稚な要求までをも呑んでやったのは、彼らを突き放す事に対し、気が進まなかったからだ。  それに、彼らの事に関しては、自分がこの身体ひとつ与えてやれば収まる事でもある。  そのような事から、法雨は、真意を明かさぬまま、彼らの望みに応じてやる事にしたのだった。  そして、その未熟なオオカミたちを受け入れてやったその日から、法雨と彼らの密会は始まり、その密会は、ついには彼らがあの倉庫の安全性を過信し、見張りを怠らせるほど、幾度となく繰り返された。  ――とは云え、彼らとの密会に幸福感や満足感こそ感じはしなかったが、苦痛に感じる事もなかった。  恐らく、それらしい行為こそしているものの、法雨が抵抗しないという事もあってか、拘束されるような事もなければ、密会中に暴力を振るわれる事も一切なかったからかもしれない。  そして、行為の満足感こそなかったが、彼らに自身を求められている事は強く感じられたため、法雨も、その面での満足感は大いに感じられていた。  だからこそ、抵抗も通報もしなければ被害届も出さず、さらには終止符を打つ事もしないまま、結局は幾月もの間、彼らとの(ゆが)んだ関係を持ち続けたのだった。  だが、そんな彼らとの密会は、あの男が現れた日から、ぱったりと途絶えた。  法雨は、まさかこんなにもあっさり彼らが諦めるとまでは思っておらず、拍子抜けするような気持ちさえ抱いていた。  ただ、それならばそれで、法雨も大切な従業員たちに隠し事をする必要がなくなり、結果的には良い事ではあった。  それゆえ、それからもしばらく何事もない日々が続いた頃から、法雨は、彼らとの密会は本当に終わったのだと思うようになり、彼らの事も、意識の中から薄れさせていった。  しかし――。  それから、さらにひと月ほどが経過した、ある日。  あの若いオオカミたちは、再び法雨の店へとやってきたのであった――。      ― Dp.004『 The HIEROPHANT:U〈Ⅰ〉』―     (――なるほど……。――あれで()りたんじゃなく、ただ警戒して、しばらく寄り付かなかっただけね……。――まぁ、大したことじゃないから、別にいいんだけど……)  法雨は、彼らが再び店に現れた事に対しては何も感じなかったが、(きた)る夜明けから再開されるであろう密会を見据え、その日、店に着てきた私服の事を想った。 (――今日の服。汚したくないのよねぇ)  そんな事を考えながら、法雨は、特に絶望するでもなく己が運命を受け入れると、その後も通常通り、バーの業務をこなして過ごした。  💎  そして、その日の零時頃の事――。  法雨は、嫌な胸騒ぎを覚えていた。  いつもなら明け方の閉店間際まで居座っていた彼らが、まだ日を(また)いで久しいその時刻にすでに会計を済ませ、店を出ようとしていたからだ。  終業後の法雨を密会に連れ込むために、明け方まで店に居座る事が常であった彼らが、わざわざ店に来ておいて、何故このような早い時間に――。 (――まさか……、他の子を……?)  あの大柄なオオカミを警戒し、標的を法雨から他の従業員に変えたのかもしれない。 (――ふざけるんじゃないわよ。――他の子にあんな事させるなんて、絶対に(ゆる)さない……)  そして、そんな懸念から、胸騒ぎを怒りに転じさせた法雨は、近場の従業員に嘘の断りを入れると、先ほど店から出て行ったばかりの彼らを足早に追った。  💎  その後――。  すぐに彼らに追いついた法雨は、夜の街に消えゆこうとしているオオカミたちの背に、鋭い声を放った。 「――待ちなさいっ!」  すると、その声に若いオオカミたちの何人かが肩をびくつかせるようにし、恐る恐る振り返った。  そして、戸惑うようにしながらも法雨の制止に応じた彼らは、それぞれ法雨の事を見るなり、気まずそうに目を反らした。  その中、あの――群れのリーダーでもある灰色の彼が、その毛並みを揺らがせ、法雨の声に応じるように、仲間たちの間を割りながら歩み出てきた。  そして、法雨と向き合うようにすると、不機嫌そうな表情で言った。 「なんだよ。――今日は何もしてねぇだろ」  そんな彼に目を細めるようにすると、法雨は厳しい表情と声で言う。 「今は、――いえ、――アタシには、ね。――これは一体どういう風の吹き回し? ――まさか、今度は別の子に手を出してるんじゃないでしょうね」 「してねぇよ」  その法雨の言葉に苛立たしげにした彼は、噛みつくように強く否定した。  だが、それにも気圧されず、法雨はただ黙したまま目を細め、彼を見返す。 「………………」 「――なんだよ……」  法雨は、その彼の問いに対し、さらに黙して応じた。  すると、その責め立てる様な法雨の視線に耐えられなくなったのか、彼はついに怒鳴るようにして言った。 「――っだから、――なんもしてねぇって言ってんだろ!! 疑うなら確認してみろよ!!」  だが、法雨はそれにも動じず、呆れたように笑うと、冷淡に言った。 「――“確認”? ――そんなのしたって無駄じゃないかしら。 ――どうせ、口封じ済みでしょう? ――アタシにしたみたいに」  その法雨の言葉は彼をさらに刺激したらしく、動揺する仲間たちに構わず、彼はまた怒鳴るようにして訴える。 「――んだよ! マジで何もしてねぇよ!! ――アンタなら、話さえすりゃ嘘つかされてるかどうかも分かるだろ!! ――信じろよ!!」  法雨はまたひとつ、呆れたように笑うと、腰に手を当てて応じる。 「――信じる? どうやって? ――信じて貰えるような人徳がアナタたちにあるとでも思って?」 「――っ、――それは……」  法雨の紡いだ真実に、彼は苦しげな表情で押し黙る。  そして、その場にはしばしの沈黙が訪れたが――、彼のそばに居た一人の青年が、小声でその沈黙を払った。 「――な、なぁ、(みさと)……。――やっぱさ、ちゃんと言おうぜ……。――店長サンの言う通りさ、俺らがいくら言っても信じて貰えるわけないって……。――何もしないだけじゃ、やっぱ無理だよ……。――だから、分かってもらえないかもしんないけど……、やっぱ、ほんとの事、話しちゃった方が……」 「でもよ……」  どうやら、“京”という名であるらしい灰色の彼は、控えめに紡がれた仲間の言葉に迷うように応じる。  そんな彼らを(いぶか)しみ、法雨はさらに鋭い視線で見つめ、追い立てるようにした。  すると、それに耐えきれなくなったのか、また別の青年が、縋る様にして法雨に言った。 「――あ、あの! ――俺たち、その……、――こないだ、あの人に」 「――おい、馬鹿っ! ――それは言うなって言われただろ!」 「――えっ……、あ……」  そんな仲間の発言は、何やらまずい内容だったのか、京はその青年を(たしな)めるようにした。  だが、今の法雨に、その“まずい内容”を見逃してやる優しさは残されていなかった。 「――何? もう遅いわよ。――誰に口止めされてるのか知らないけど、アナタたちの約束事なんて知った事じゃないわ。――洗いざらい全部話してちょうだい。――それができないなら……、――これまでの事をすべて警察に報告するわ」 「――っ……、………………、――……分かったよ」  京は、そんな法雨の言葉に射られると、しぶしぶと承諾の意を示した。 「――よろしい。――じゃあ、そうねぇ、――とりあえず、今からアナタたちがお気に入りだったあの倉庫に行っておいてちょうだい。話はそこで聞くわ。――アタシは一度お店に戻ってから向かうから、アナタたちはアタシが行くまで、そこで大人しく待ってなさい。いいわね。――もし逃げたら……、――その時は承知しないわよ」 「――わ、分かってるよ!」  そして、京が気圧されながら応じると、つい数か月前まで威勢だけは良かったオオカミたちは、揃って叱られた子供のように尾と耳を垂れさせ、そのまま、馴染みのあるであろう倉庫へと歩き出した。           Next → Drop.005『 The HIEROPHANT:U〈Ⅱ〉』  

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