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【New】Drop.005『 The HIEROPHANT:U〈Ⅱ〉』

      「――あぁ良かった。ちゃんと居たわね。――偉いわよ」  数か月前と打って変わり、倉庫に入ってきた法雨(みのり)からそんな言葉を受けても、オオカミたちはただ気まずそうにして、その場に佇んでいるだけだった。  以前ならば、きっとそのまま法雨を囲んで押し倒すくらいしていただろうが、今はそれが、まさに形勢逆転といった具合である。 「――突っ立ってられても話しにくいわ。適当に座んなさいな。――商品や備品の上でなければ、どこに腰かけても構わないわ」      ― Dp.005『 The HIEROPHANT:U〈Ⅱ〉』―      腕を組んだ法雨が、退路を塞ぐようにして倉庫の鉄扉に寄り掛かり、オオカミたちに“おすわり”の号令をかけると、彼らはそれぞれ大人しく従い、床や縁などに腰を落ち着かせた。  そして、全員が落ち着いたところで、法雨は、灰色の彼――、群れのリーダである(みさと)に問うた。 「――それで? アナタたちが突然お利口さんになった理由は何なのかしら?」 「………………」  京は、そんな法雨の言葉に一度目を逸らすが、何かを考える様にしばしの沈黙を挟んだ後――、ぎこちなく言葉を紡ぎ始めた。 「――……店長サンは、オセロット族だから、――獣性異常(じゅうせいいじょう)の事は……分かりますよね」  気持ちを改めての事か、京は、丁寧な口調で問うた。  そして、そんな京の言葉に、法雨は微かに目を見開く。  それは、京が突然そのような態度をとったからではない。  法雨は、その“獣性異常”という言葉を通じ、彼らが背負っていた――想像以上に重い事情を、なんとなく察したからであった。 「――“獣性異常”ね。――えぇ。――専門家ほどではないけれど……、アタシたちネコ科も獣性が強い種族だから、それと無縁の人たちよりは知ってるつもりよ……」  この世には、大きく分けて、(けもの)族と亜人族の――二つの種族が存在する。  そのうち、獣族は、身体全体が毛や鱗などで覆われた、言語や文明を持たない種族で――、対する亜人族は、法雨たちの様に、言語や文明を持ち、科学の力をも用いて、あらゆる文明発展を遂げてきた種族で、この二つの種族は、文明が発展しても互いに上手く共存し合い、敵対する事なく現代に至っている。  そんな両族だが、獣族と時を同じくして亜人族が誕生したのではなく、獣族から派生的な進化を遂げ、後続する形で、亜人族が生まれたのである。  つまり、法雨たち亜人族は、獣族を先祖とするため、二足歩行の“亜人類”として、獣族と種を違えたとは云え、先祖の名残を残している部分はいくつかあるのだ。  例えばそれは、分かりやすい部分で云えば、主には尾や耳、目などの外見的な名残りであるが――、見えにくい――内面的な名残りのひとつとしては、“欲求に対する本能”――が、挙げられる。  そして、亜人族たちは、その獣族的本能を――“獣性”と呼んでいる。  そんな“獣性”の特徴についてだが、実は、先祖が草食科の亜人より、先祖が雑食、または肉食科の亜人の方が、獣性を強くもって生まれてくる事が多い――という事が、過去のあらゆる研究によって判明している。  また、中でも、肉食科の種族は、より獣性が強いだけでなく、欲求の自制が困難な――“獣性異常”と呼ばれる体質をもって生まれてしまう事も珍しくはなく、――特にそうなりやすいのが、イヌ科で、その次にネコ科などの他、猛禽類に属する亜人たちも、そのリスクが高いとされているのである。  よって、京をはじめとするオオカミ族もまた、獣性異常を生じやすい種科目に分類されている。 「――もしかして、アナタ……、獣性異常なの……?」  法雨の問いに、ぎこちなく頷くと、京は続ける。 「――……はい。――と、云うより、その……、俺だけじゃなくて……、――こいつら全員……そうです……」 「――………………」  京の言葉に、法雨は思わず黙す。  獣性異常の体質である場合、月の満ち欠けに応じ、性別問わず、生殖本能が自制できないほどに強くなる時期がやってくる。  それを、“獣性発作”――と呼んだりもするのだが、――発作の程度や周期には個人差があるものの、主に発作が起こりやすいのは、満月や新月の時期とされている。  そして、獣性異常と診断された者には、獣性レベルに応じた専用の抑制剤の処方が無償で行われるため、発作の時期に応じ、その抑制剤を服用する事が主な対処法だ。  つまりは、その抑制剤が無ければ、理性ごときでは耐えられないほどに強力な欲求発作が、毎月ごとに起きる――という事である。 「――俺ら……、店長サンに目ぇ付けた時にはもう、色々ヤケになってて……」 「――ヤケ? ――どういう事……? ――薬を飲み続けるのが嫌になったとか?」 「――いえ……、そうじゃなく……」 「――……?」  京の言葉を受け、不思議にする法雨に、京は続ける。 「――俺ら……、自分たちが獣性異常だってのは、ガキの頃からちゃんと分かってたんですけど……、でも……、――“薬抗(やっこう)体質”って事までは、分かってなかったんです」 「――薬抗体質……」 「はい……」  京の云う――“薬抗体質”とは、その字の通り、アレルギー物質が個人で異なるのと同じように、――自身の身体に対し、薬抗対象として該当する薬や成分の効果が十分に発揮されない、または、発揮されにくい体質の事だ。  もちろん、獣性異常の者が薬抗体質であっても、抑制剤さえ薬抗対象でなければ問題はない――のだが、不運にも彼らは、まさにその――抑制剤系統が薬抗対象だったのだろう。 「――でも、俺ら、それに気付かないまま、ずっと処方された抑制剤使ってたんです……。――だから、成人してからは、ほとんど抑制できないまま、発作に必死に耐える様な感じで過ごしてて……、――それで、こんな人生送んなきゃ事にも、どんどん苛ついてきて……」  そんな京の言葉に、恐らく、京と同じ状況にあったのであろう周りの仲間たちは、皆、苦しそうな表情をした。  恐らく、彼らそれぞれで思い出す事があるのだろう。 「――ただ、発作が起こる時期も、酒飲んで酔っちまえば、身体も怠くなって、脳も麻痺するから、――薬がなくても大分マシになれるってのに、ある時期から気付いたんです……。――だから、効かない薬飲んで必死に耐えるより、酔い潰れるまで高い酒飲んで楽しんだ方が良いやって思って……。――そうやって飲み歩いてる時、店長サンの店に行ってみたらすげぇ良かったから、――それで、そっから店長サンのとこによく行くようになった、って感じなんですけど……」 「――……そうだったのね」  彼らが、まだ普通の客であった当時――。  法雨は、その若さにそぐわぬほどの豪勢な楽しみ方に対し、口には出さずとも、若気の至りで散財しているのでなければ良いが――などと思っていたが、――その真相は、もっと深刻なものであったようだ。 「――でも、じゃあ、――そんなアナタたちが薬抗体質だっていうのは、どうやって分かったの? 何かのきっかけでお医者様にでもかかって、分かったとか?」 「――えっと、それは……」  それまで様々な事をつつがなく教えてくれていた京だが、法雨のその問いには、またしばしの戸惑いを見せた。  しかし、すぐに意を決するようにした京は、改めて法雨の顔を見ると、様子を伺うようにして言った。 「――あの人に……教えて貰ったからです」 「“あの人”?」  そういえば、先ほども、彼らの一人が“あの人”――と言っていたような気がする。 「――その、“あの人”っていうのは?」  京の言葉に、法雨も流石に検討がつかずに問うと、京は続けた。 「――あの、店長サンは、“(あずま)さん”って言って、分かりますか。 ――確か、名刺渡したって言ってたんで、――店長サン。貰ってると思うんですけど」 「“雷さん”……? ――“名刺”って……。――……え? ――ま、まさか、アナタたちの云う“あの人”って……、まさか、あの時の……?」  法雨はそこで、今、自身が寄り掛かっている分厚い鉄扉を蹴破った――、“あの男”に関する記憶を慌てて引っ張り出す。  そして、そんな男から手渡された名刺には、確かに“雷”――という名が記されていた事を、はっきりと思い出した。            Next Drop.006 → 2025.12.26 夜  

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