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Drop.021『 The EMPRESS:R〈Ⅲ〉』
「――ただ、その男との縁が切れた後も、――アタシは、“求められたい”という欲求と、“求められている”と感じられる事への充足感を、捨てる事は出来なかったんです……。――文字通り、その充足感に、依存してしまっていたので……。――ですから、本当にお恥ずかしい話なのですが、――恋人にこそなりませんでしたけど、――結局は、一晩だけだとか、身体だけの関係を方々と持つ様な日々は、その先も、止 められませんでした……」
遠慮がちながらも、正直にすべてを紡ぐ法雨 に、雷 は言う。
「――なるほど。――では、そういったご経験と、経緯がおありだったから、京 君たちに声をかけられた時も、恐れなく受け入られた、と……」
法雨が、それに静かに頷くと、雷は、何か考える様にしてひとつ息を吐き、しばし黙した。
― Drop.021『 The EMPRESS:R〈Ⅲ〉』―
「――あの、ごめんなさい……。――ちょっと、お喋りが過ぎましたね……」
雷は、そう詫びる法雨に対し、ゆっくりと首を振ると、心強さを思わせる表情で言った。
「――いえ、とんでもない。――それに、これは俺がお尋きした事ですからね。――しかし、それは本当にお辛い経験を重ねられましたね……。――そして、“その男”の様々な行いについてですが、――それらはすべて、同族としてもその一切が赦せないものです。――そんな男が、まだのうのうと生きているのかと思うと、――酷く腹立たしいです……」
法雨は、そんな――珍しく厳しい言葉と共に、静かながら激しい怒りを抱いているらしい雷に、彼の深い優しさを感じた。
そして、その温かな想いを丁寧に受け取り、やわらかに笑むと、法雨は言った。
「そんな風に想って頂いて、本当に有難うございます。――でも、大丈夫ですよ」
その法雨の言葉に、雷はしばし眉を上げては問う。
「――それは、どういう事です?」
すると、法雨は、しばらく手放していたティーカップを再び丁寧に持ち直し、心地よく薫る紅茶をひと口楽しむと――、言った。
「――詳しい事は、よくは知りませんけれど……、――聞いた話では、あの男、――アタシが縁を切ったすぐ後、事故に遭ったそうで……、――今はもう、この世には居ないんです。――なんでも、酔っぱらって車道に飛び出したとか……。――まぁ、当時から酒癖は悪かったですから、いつ、そういう事故に遭っても、おかしくはない感じでしたので、特に驚きもしませんでしたけど。――まぁ、アタシ以外の人にも、色々と酷い事ばかりしてきたらしいですから、――神様すらも見かねたんだろうと、思いましたわね」
「なるほど。――そうでしたか」
「はい。――どんな人の事であれ、ヒトの死なので、喜びはしませんでしたけど、――あの男に関しては、単純に、何の感情も湧かなかっただけ、というのが正しいですね」
そんな法雨に、雷は、何かしら思案する様子で、二度ほど緩く頷くと、言った。
「それほどの事をしたのですから、何を感じてもらえなくても、当然です。――それに、お聞きした以外にも、多くの悪行を働いたらしい、とは云え……、――法雨さんの件だけであっても、その程度の罰では足りてはいないでしょうから、――“彼方 ”に渡ってからも、引き続き、罰を受け続けているはずです」
「えぇ、そうですね。――きっと、そうだと思います」
法雨は、雷に頷きながらそう言うと、しばしの間を置いてから、気分を変える様にしてひとつ息を吐いては言った。
「――さてと、――それでは、アタシの“恋愛講座”は、これで終わりです。――と、云うより、――すっかりアタシの自分語りを聞かせてしまいましたわね。ごめんなさい」
雷は、そうして苦笑する法雨に優しく微笑むと、礼を告げながら、軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。――嫌な思い出でしたでしょうから、お辛い想いをさせてしまいましたが、――それでも、様々お話し頂き、ありがとうございました」
「ふふ。恐れ入ります。――アタシの方こそ、こんなお話でも、真摯に聞いてくださって、本当にありがとうございました」
そして、しばし礼を贈り合ったところで、法雨はひとつ笑むと、言った。
「――でも……、実らせるのが難しいとしても、――雷さんの様な方に恋をしてもらえるなんて、――誰もがその方を羨むでしょうね」
それに、雷は苦笑して言う。
「それは、どうでしょうか。――法雨さんは、俺を高く見過ぎておられるかと」
法雨は、そんな雷に、にこりと笑んで応じる。
「そんな事ありませんわ。――こうしてお話を聞いて頂いた中だけでも、雷さんの優しさや誠実さを痛いほど感じましたもの。――きっと、誰に尋いても、“その通りだ”って頷いてくれます」
「――………………。――そう、でしょうか……」
「もちろんです。――雷さんが、どうして、その方にお気持ちを伝えられないのかは、流石に不躾なので、お尋ねしませんけれども……。――ただ、どのような状況であれ、――雷さんの様な方に恋をされたら、誰もが嬉しく思うはずです」
「――“嬉しく”……」
雷は、そう微笑みながら断言する法雨を、しばし遠くを見やる様にして見つめた。
「えぇ。――そうです」
雷の瞳には、そう紡ぐ法雨の笑顔が映る。
眩し気にその笑顔に目を細めた雷は、何かを思う様にしてひとつ瞬きをすると、視線を反らし、冷め始めたコーヒーに口をつけた。
そして、ひとつ間を置き、意を決したように短く息を吸うと、ゆっくりと顔を上げ、雷は言った。
「――法雨さん……」
「はい」
法雨は、それに、首を傾げながら柔らかく笑んで応じる。
雷は、その法雨の微笑みを真っ直ぐに見つめると、ゆっくりと続けた。
「法雨さんは、先ほど、――俺に恋をされたら、――“その人は嬉しく思うはず”と、仰ってくださいましたね」
「えぇ」
法雨は、その問いに、一切の迷いなく頷く。
雷は、その法雨に、慎重に言葉を重ねてゆく。
「――では……、――法雨さんが、そう仰ったのは……、――それが……、――法雨さんご自身の」
その中――。
「――あ˝ぁ˝め˝ッ!! ――ゆ˝る˝すま˝ぁ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝じッ!!!!!」
不意に事務所の扉が勢いよく開け放たれたかと思うと、続いてその場に吹き放たれた濁音を伴う荒んだ暴風により、雷が慎重に紡ぎ重ねていた言の葉たちは、無残にかき散らされてしまった。
そして、雷のとある決意をも流してしまいそうなほどの大量の雨水で滝行をしてきたらしい京は、その大声と共に、ずぶ濡れで帰還した。
「………………」
「………………」
「………………。――あれ?」
その、やや縦に延ばされた“大”の字の型で登場した――怒りのずぶ濡れオオカミに対し、雷と法雨は、黙したまま視線を注いだ。
尾っぽまで水浸しオオカミは、その二人の視線に気付くと、縦長“大”のまま、眼前の光景を理解しきれぬまま言った。
「――あ……、えっと……、――た……、ただいま、戻りました……」
そうして、その帰還の儀により、全員の思考が働き始めると、雷は言った。
「あ、あぁ。――おかえり。京君」
そして、なんともぎこちない儀礼が済んだところで、雷は、滝行帰りの京に労いのタオルを贈るべく、ソファから立ち上がっては言った。
「あぁ、とりあえず、濡れてる物はそこで全部脱いでしまいなさい。――今、タオルを持ってくるから」
京は、そんな雷に、慌てながら応じる。
「あっ、は、はい! ――手間かけてすいません! ――ありがとうございます!!」
そして、そう言うなり、京は、自身が纏っていたものをばさりばさりと大雑把に脱ぎ始めた――のだが、その様子に、思わず法雨の一喝が飛ぶ。
「ちょっと、京!! ――アンタ、脱ぐのはいいけど、もうちょっと丁寧に脱ぎなさい!! あと、そこで尻尾を振り回さないッ!! ――周りに飛ぶでしょう!!」
「あ、やべ……」
雷は、そんな法雨に“強き母”の如し頼り甲斐を感じながら、無言でその場を任せると、事務所の奥へと向かった。
京への苦笑と共に、その胸に、自身への苦笑を、密かに抱きながら――。
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