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Drop.022『 The STAR:U〈Ⅰ〉』

      「――ねぇ、(みさと)……。――“それ”、――美味しいの?」 「――……味が……ないっす……」 「――………………」  つい先ほど、(あずま)法雨(みのり)の会話を横断する様にして事務所に帰還した京は、現在――、彼と同じく、ぐしょぐしょの水浸しになった大きなシュークリームを、ちまり、ちまりと、物悲しげに食していたのだが――、どうやらその味は、水に流されてしまっていたらしい。      ― Drop.022『 The STAR:U〈Ⅰ〉』―      それから、哀れな濡れオオカミが雨水風味のシュークリームを食しきった後――、天の気まぐれはしばらく止まぬと読んだ雷は、自身の車で、法雨と京をそれぞれの自宅まで送り届ける提案をした。  💎 「――雷さん。ありがとうございます。――俺まで送ってもらっちゃってすいません」 「いや。気にしないでくれ。――京君も今日はお疲れ様。――風邪をひかないようにね」 「はい!」  京は、自身の住まうマンションの前で元気よく返事をすると、車の窓越しに大きく一礼し、借りた傘を片手に、車から一歩離れる。  その動作から、車を見送るまでその場に留まる意志を察した雷と法雨が、車内から今一度労いの言葉をかけると、彼はまたにかりと笑んで軽い会釈をした。  そんな京に笑みを返すと、雷は、ゆっくりと車を発進させた。 「――京君を優先して頂いて、ありがとうございました。――なるべく急ぎますね」  手を振る京をバックミラー越しに見届けた後――、程よい場所で再び停車した雷が、ナビに次の目的地を設定しながら言うと、法雨は後部座席から微笑んで言う。 「とんでもありません。――こちらこそ、お疲れですのに、家まで送って頂いてしまって、ありがとうございます。――それと、アタシは急ぎませんので、どうぞ、ゆっくりで大丈夫ですわ」  そんな法雨に、雷はバックミラー越しに穏やかに笑んで応じる。 「恐れ入ります。――それでは、向かいますね」 「はい。――よろしくお願いします」  そして、互いにミラー越しに笑い合ったところで、二人は、法雨の住まうマンションへと向かった。  💎  雷が再び車を発進させてから、しばらくの雑談を楽しんでいるうち、二人は無事、法雨の住まうマンション前へと到着した。 「――どちらまで行きましょうか」  そこで、雷が速度を落としながら問うと、法雨は進む道を示すようにして言った。 「えっと、――この道を道なりに進んで頂くと、地下駐車場への入口があるんですけれど……、――よろしれば、その駐車場の中まで入って頂いてもよろしいでしょうか? ――そうすれば、マンション内に通じるエレべーターもあるので」  雷は、そんな法雨の言葉に、笑顔で応じる。 「はい。構いませんよ。――まだ雨も激しいですし、――それであれば、駐車場までお送りした方が俺も安心できます。――それでは、駐車場まで行きますね」 「はい。――送って頂いている身ですのに、我儘を言ってすみません。――ありがとうございます」 「とんでもない。――今日は、俺も沢山お世話になりましたから。――ささやかですが、礼代わりに受け取ってください」  恐縮する法雨に、雷は重ねて笑顔で応じると、案内に従い、マンションに設けられているという地下駐車場へと車を向かわせた。  💎  そうして――、案内のもと、無事に地下駐車場内へと至った雷は、駐車場内の安全を目視確認しながら停車し、法雨に声をかけようとした――のだが、それより先に、法雨が不意の問いを紡ぐ。 「雷さん。――明日は、祝日ですけれど、――雷さんは、お仕事ですか?」  雷は、その唐突な問いを不思議そうにしながらも、ミラー越しの法雨に応じた。 「――え? いえ……、――祝日は京君を休みにしてあげたかったので、事務所も祝日休業に切り替えましたから、――一応は、俺も休みになりますが」  すると、その雷の言葉を受けた法雨は、何故か随分と嬉しそうに笑むと、言った。 「まぁ、それなら良かった。――その、突然の事で恐縮なのですけれど……、雷さん。――もしよろしければ、雨宿りと、家まで送ってまで頂いたお礼に、今夜は、うちでお食事なさって頂けません? ――実は最近、お世話になっている先々から美味しい贈り物を沢山頂いたばかりなんです。――ですから、今日のお礼も兼ねて、ぜひ御馳走させてくださいな」  これまで、法雨の頼みともなれば二つ返事で応じていた雷だが――、その雷が、法雨の頼みに応じるかを迷ったのは、“あの日”以来の事であった。  しかし、その雷がぱたりと黙した事で、彼が戸惑いから言葉に窮している事を、ミラー越しの様子からも察せているはず法雨も、何故か助け舟を出す事もなく、ただ黙し――、ただ微笑みながら――、彼の返事を待った。  その中、既にミラーから視線を外していた雷は、ハンドル越しのメーターを見つめながら、ゆっくりと、慎重に、紡ぎだす。 「――そう……、ですね……。――その……、――それは、――とても、嬉しいお誘いなのですが……、――いきなりお邪魔するのは、流石に、ご迷惑では、ないでしょうか……」  そんな雷に反し、法雨は、変わらずの微笑みを崩さぬまま応じる。 「ふふ。大丈夫ですわ。――アタシ、一人暮らしですから。――アタシがいきなりお連れしたお客様が来て迷惑する人なんて、うちには居ませんよ」  それに、いかにしても踏み止まろうとしているらしい雷は、なんとか紡ぐ。 「――………………。――ですが……、法雨さんも、今日は雨に打たれてお疲れでは……? ――それに、俺は、礼を頂くつもりでお送りしたわけではありませんから」  すると、その雷の言葉に、法雨は、これまでの微笑みをするりと寂しげな苦笑に転じさせると、しおらしげな声色で言った。 「――あぁ……、そ、そうですよね……。――ごめんなさい……。――雷さんだってお疲れですのに、こんな事をいきなり言われたら迷惑ですよね……。――アタシったら、送って頂いた身分ですのに、つい雷さんの優しさに甘えて我儘を言って……、いけませんね……」  すると、雷は、しばし慌てた様子を見せては、言った。 「あぁ、いや、違います。――迷惑だなんて、とんでもない。――その、嬉しいというのは、本当です。――ただ……、――礼を頂くためにお送りしたわけではないというのも、本当なのです。――ですから、“礼をしなければ”というお気持ちから、無理をさせてしまっているのではと……」  すると、法雨は、またするりと微笑みを戻すと、言った。 「雷さんは、本当にお優しいですね。――でも、安心してください。――アタシ、無理なんて、これっぽっちもしていませんから。――あと……、――お礼をしたいのは……、もちろんなんですけれど……」  そして、そこまで紡いだ法雨は、次いで、苦笑を作り、続けた。 「――その……、――実は……、――今日は、久々のお休みなものですから……、少し……、独りの食事が、寂しかったんです……。――ほら、この時間はいつも、お店に居る時間じゃないですか……。――ですから、いつもは沢山のお客様や、お店のコたちが居る夜が当たり前なので、独りでの夕食は……、どうしても慣れなくて……」  そうして、続けられた法雨の言葉だが――、実の所、その中には、半分量の“嘘”が混じっている。  では、何が嘘か――、法雨は、そもそも“寂しい”などという自分勝手な理由で、大分と世話になってきた雷を、無理やり自身の夕食に付き合わせる気などは毛頭なかった――が、ゆえ、“寂しさの穴埋めに雷を夕食に誘っている”という点は、嘘である。  だが、“独りの夕食が寂しい”というのは、事実だ。  とは云え――、そんな嘘までをも交えて、こんなにも不躾かつ強引に雷を引き留めているのにも、勿論、理由があった。  そんな――“いかにしても譲れぬ事情”から、法雨が、わざとらしい“芝居”までをも披露してみせたところ、――雷は、“降参”といった様子でひとつ息を吐き、柔らかく苦笑すると、自身の後ろ首を撫でながら言った。 「――なるほど……。ははは。――ううん……。――………………、――分かりました……。――では……、――お言葉に甘えて、お邪魔させてください」  警察に探偵と、“見抜く力”を要する経歴を持つ雷ならば、法雨が明らかな芝居を打てば、無礼な“嘘”をついてまで雷への礼をしようとしている事など簡単に見抜くだろうが――、それを見抜いた雷だからこそ、その想いに打たれ、法雨の誘いに“頷く”、という事までを、法雨に見事に見抜かれていた――という事を、雷もまた、見抜いたのであろう。  そんな雷は、苦笑したまま、ミラー越しの法雨に続ける。 「――流石と云いますか……、――法雨さんは、誘い上手ですね」  その雷に、法雨は嬉しそうに言う。 「ふふ。――強引で我儘な自分を“出すタイミング”を心得ているだけですわ。――でも、そんな雷さんは、本当、とってもお優しいですわね。――すべて“お分かり”なのに、そんなアタシの“舞台”に付き合ってくださるんですから」  すると、雷も、ようやっと取り戻した穏やかな笑みで応じる。 「いや、お誘い頂けた事は、本当に嬉しかったんです。――ですから、法雨さんが無理をされているわけでないのなら、――喜んでお伺いします」 「ふふ。それでしたら、アタシも嬉しいですわ。――勇気を出して無礼をさせて頂いた甲斐がありました。――では、お芝居に付き合って頂いたお礼にもなるくらい、美味しいお食事をご用意させて頂きますわね」 「――はは。はい。――お詫びなんてのは要りませんが、――誘い上手な法雨さんがご用意くださる食事は、とても楽しみです」  そうして素直な気持ちを吐露する雷に、法雨はまた嬉しそうに笑むと、言った。 「ふふ。――私が誘い上手なら、雷さんは褒め上手ですわね。――あぁ、いけない。――そうと決まれば、駐車場に時間を奪われるのはもったいないですから、えっと、――雷さんのお車は、1704番に停めて頂いてよろしいですか?」 「あぁ、分かりました。――では、動かしますね」 「はい。――お願いします」  そして、その法雨の案内に頷いた雷は、ゆっくりと車を発進させると、指定された駐車区画へと向かった――。           Next → Drop.023『 The STAR:U〈Ⅱ〉』  

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