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Drop.026『 The LOVERS:U〈Ⅰ〉』

      「――法雨(みのり)さ~ん。――この二つで全部ですか~?」 「えぇ。二人ともありがとう。――それで最後よ」  法雨は、やや大き目のダンボールをそれぞれ抱えた桔流(きりゅう)(みさと)に笑んで言うと、二人に道を開けた。  そうして、彼らが抱えていた二箱分の運び込みをもって――、法雨の引っ越しは、完了を迎えた。      ― Drop.026『 The LOVERS:U〈Ⅰ〉』―     「――みんな、悪かったわね。――重くて大変だったでしょうに、――手伝ってくれて、本当にありがとう」 「いやいや、全然っすよ! ――むしろ、もっと多いと思ってたんで、――物足りないくらいっすから」 「――確かに、法雨さん、服とかももっと色々持ってる印象だったんですけど、――遠慮して、前の家に残してたりしてませんか?」  どうやら、本当に物足りていないらしい京と桔流に愛らしさを感じつつ、法雨は嬉しそうに笑うと、言った。 「ふふ。京も桔流君も、ありがとう。――本当に、荷物はこれで全部よ。――だから、安心して。――それと、今日のお礼は、今度お店に来てくれた時の“店長の奢り”で、させてもらうわね」  すると、京と桔流をはじめとする“若衆”たちは、それぞれ喜びながら頭を下げては、“姐御”へ感謝の意を示した。  そして、それぞれがわいわいとしながら、その日の終業に向け、整列させていた数台のバンの整頓などをしていると、その彼らへ、低く穏やかな声がかけられた。 「――法雨さんからはお店で、という事みたいだけど、――俺からの礼は、ここで受け取ってもらおうかな」 「えっ!? えっ!? ――こ、これって」  そして、今しがた家から出てきた(あずま)から、丁寧にまとめられた洒落た封筒の束を受け取ると、京は戸惑い慌てた様子で雷を見る。  その京の隣で、彼が受け取った封筒を見るなり、それが何かを察したらしい桔流は、恐縮しながら言った。 「これ……。――俺まで頂いちゃっていいんですか?」 「もちろん。――ぜひ、桔流君も受け取ってくれたら嬉しいな」  そうにこやかに言う雷が若衆たちに手渡したのは、酒を嗜む者なら知らぬ者は居ない――と云えるほどに有名、かつ、高級な酒をも様々取り揃えている酒店の名が記された封筒であった。 「こうして、法雨さんの引っ越しを手伝ってもらったからね。――俺からもお礼をさせてほしかったんだ。――因みに、期限はなく、一枚につき一本で、店内の好きな酒と交換してもらえるから、好きな時に使ってくれて大丈夫だよ」  店内の好きな酒を――と云う事は、つまり、その店で一番高い酒をも、その封筒内に複数枚ずつ収められた券一枚ごとに、タダで交換できるという事だ――と、改めて認識した若衆たちは、そこから眼前の男の圧倒的な財力を察知すると、にこやかに笑むその“兄貴分”を凝視した。 「す……すげぇ……」 「でっけぇわ……」  そして、果てしなく大きな背中を見せつけられた京と桔流が、順にそう呟くと、後ろの若衆たちも、ゆっくりと頷いた。  その中、はたと我に返ると、桔流は言った。 「あ、あの、改めてですけど、こんなスゴいお礼を頂いてしまって、本当にありがとうございます。――大切に使います。――……で、――後はもう、お手伝いする事はなさそうですか?」  その桔流の問いに、今一度笑んだ雷は、 「あぁ。そうだね。――大丈夫、――かな?」  と、言いながら法雨を見た。  すると、法雨もまた、笑んでは頷く。 「えぇ。もう大丈夫よ」  それを受けた雷は、応じる様にして法雨に頷くと、今一度桔流たちの方へと向き直り、 「――だ、そうだ。――改めて、みんな、今日は本当にありがとう」  と、彼らへの礼を贈った。  そんな雷たちへ、桔流と京は順に言う。 「いえ。――お役に立てて良かったです」 「――っす! ――おし、――それじゃあ、俺らはこれで! ――こんなすげぇお礼まで貰っちゃいましたし、二人へ返す恩がまたたっぷり増えちまったんで、――何かあったらまた呼んでくださいね! すぐに駆けつけますんで!」  そして、“黒塗り”がずらりと並ぶが如く大所帯でやってきた若衆たちは、法雨と雷に挨拶を告げながら、それぞれが並べた白塗りのバンへと乗り込んでゆく。 「――今日は本当にありがとう! ――気を付けて帰ってちょうだいね!」  そんな彼らへ手を振りながら、法雨が今一度声をかけると、それぞれが手を振り返しながら、彼らも挨拶を贈り返した。  そんな――純真な若衆たちを乗せたバンを見送った後――、法雨は、雷に肩を抱かれながら、彼の家へと足を踏み入れた。  そうして、雷が一人で住んでいた彼の家は、その日より――、雷と法雨が、共に帰る家となったのである――。  💎  法雨が、雷との幾つもの“初めて”を重ねて迎えた“始まりの朝”から、かれこれ一年ほどの交際を経た後――、彼らは、雷の家で同棲をする運びとなった。  その当初、同棲に伴い、まったくの新居へ引っ越すという案もあったのだが――、雷の住まいが、雷の探偵事務所や、法雨のバーからも、通うには丁度よい距離に位置していた事から、結果的には、雷の住まう一軒家へ、法雨が引っ越す――という結論に落ち着いたのである。 「さっき、京君たちも言っていたけれど、――本当に、想像していたより大分少ないね。――もしかして、引っ越しで無理に捨てさせてしまったりしたかな……」  先ほど、若衆たちが運び込んだ法雨の荷物をしばし見渡し、雷が問うと、その雷に寄り添う様にした法雨も、ずらと並んだ箱たちを見やりながら言った。 「ふふ。――みんな、アタシがセレブのクローゼット級に大量の荷物を持ってこないと心配みたいね。――でも、大丈夫よ。――前から言っての通り、アタシ、物は溜め込まない主義だから、――アクセサリーやお洋服も、ちょくちょく売りに出したり、あげたりして、基本的にはこのくらいしか持ってなかったの。――だから、無理に捨てたりもしてないわ。――安心して」 「そうか。――それなら良かった」  雷は、そんな法雨に笑んで言うと、その艶やかな髪を優しく撫でる。  そんな二人の恋が実り、一年という月日を経る中――、彼らの愛が日に日に深まってゆくにつれ、互いへ紡ぎ合う言葉の“形”も、すっかりとやわらかく(ほど)けたものへと変わった。 「――さて、――それじゃあ、アタシの“引っ越し本番”は、ここからね」  そして――、既に十分すぎるほどに深まった――雷との愛と絆をさらに深めてゆくべく、新たな住まいへとやってきた法雨が、そう言うなり腰に手を当てると、雷は言った。 「そうだね。――と、言っても、――別に急ぐ必要はないから、君のペースで進めていくといいよ。――幸い、倉庫代わりにできる部屋は幾つかあるからね。――あぁ、ところで、――その“本番”作業は、俺が協力しても大丈夫なモノかな?」  そんな雷の問いに、小ぶりな耳を弾くようにはたりとした法雨は、しばし悪戯めいた表情を浮かべると、傍らの雷を見上げて言った。 「ア~ラ。やぁねぇ。――それって、一体どういう意味かしら? ――アタシが、“雷さんに見られたらいけないモノ”でも、持ってると思って?」  雷は、その法雨に楽しげに笑うと、そのレモン色の髪を撫でては弁明する。 「ははは。――大丈夫。そういう意味じゃないよ。――ただ、一緒に住むとはいえ、最低限のプライバシーは守りたいと思ってね。――あぁ、あと、――“俺に見られるとマズいモノを使うコト”が、君の大切な“趣味”のひとつなら、それはそれで、大いに構わないから、その点も心配しなくていいよ」 「まぁ、そんなコト言っちゃっていいのかしら~? ――知らないわよ~? ――アタシが、実はとんでもなく“激しい趣味”を持ってて、それに雷さんが付き合わせられる事になっても」 「ははは。ううん。そうだな。――内容にもよるけど、――対応できそうなら、努力はするよ。――君のためだからね」  そうして冗談を言い合う中、その雷の言葉に、法雨は心配する様にして言う。 「――もう……。――ダメよ、雷さん。――それは流石に、アタシを甘やかし過ぎだわ。――そうやって、どこまでも甘過ぎ優し過ぎなトコロは、アタシに毒ね。――これ以上、ワガママにさせないでちょうだい」  対する雷はそれに苦笑すると、法雨の頬を撫でては言う。 「うう~ん。――残念だけど、――俺にとっては、“それ”を出来るようにする事の方が、法雨さんが秘めてきた“激しい趣味”に順応するよりも何倍も難しい事でね……」  そんな雷に、法雨は案じる様な溜め息をつく。 「はぁ……。――もう一年も経つっていうのに、アタシに微塵も飽きないどころか、どんどん甘やかしが悪化するなんて……、――雷さんも重症ねぇ……」 「ははは。――飽きるなんてとんでもないが、――そうだね、この“病”ばっかりは、来世にも持ち越しそうだよ」  そんな法雨に雷が言うと、それにわざとらしく驚いた素振りをしながら法雨は紡ぐ。 「まぁ、大変。――それじゃあ、アタシはこの先も、この身だけじゃなく、魂も尽くして、永らく雷さんのお傍で償っていかないといけないわね」  そして、嬉しそうに笑った法雨に微笑み返した雷は、自身に向けピンと立てられたその小ぶりな耳の淵をひとつ愛でては、次いで、さらりとしたレモン色を撫でて言う。 「それは助かるな。――ぜひ、そうしてくれると嬉しいよ」  そして、そう紡いだ雷が法雨の髪にひとつ口付けると、法雨は、“しばし意図をもって”そんな彼を見上げた。  すると、それに少しばかり眉を上げた雷であったが、すぐにその心を察すると、漆黒色の立派な尾をひとつ揺らしては、法雨の頬に手を添え、その彼の柔らかな桜色へも愛を贈った。  そうして、ただ静かに、愛を贈り合う中――、いよいよとその日のすべての予定を放り出しそうになっている己を察した法雨は、雷から少し身を離し、頼り甲斐のあるその腕の中でぐっと目を閉じると、あらゆる欲をこらえるようにして言った。 「――いけない。――このままじゃ荷解きの前にアタシが解けちゃいそう」  雷は、そんな法雨が腕の中でワイシャツを握り皺を作る様子を笑うと、その背を撫でてやりながら言う。 「ははは。それは大変だ。――そうなったら俺も駄目になってしまうだろうから、――お互い駄目になる前に始めてしまおう」 「えぇ。――そうしましょ……っ」  その雷に頷いた法雨は、喝入れと煩悩祓いのためか、雷の胸元に勢いよく顔を埋めると、その逞しい身体に抱き着くようにしてはきつく抱きしめた。  雷は、そんな法雨にまた笑い、その華奢な身体をやんわりと抱き留めてやりながら、部屋に整列した大小様々な従者たちを見やると――、この先の日々を想っては、筆舌尽くし難いほどの幸福感で胸を満たした。           Next → Drop.027『 The LOVERS:U〈Ⅱ〉』  

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