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Drop.025『 The STAR:U〈Ⅳ〉』
日中の天の気まぐれにボサつかせられながらも、冬毛でふんわりとしたその長い尾は、法雨 がしばらく雷 に身を預けている間――、ひたすらに床をぱたり、ぱたり、と叩いていた。
その尾の様子に、法雨の心の容態を察したのか、雷は、やや楽しげに言う。
「――あぁ。――これは、確かに、――これ以上無理をさせると、失神してしまいそうですね」
その中、互いの身が密着している事から、法雨のその重く激しい“早鐘”をも感じたらしい雷は、宥める様に法雨の背を撫でた。
すると、“猫の香箱座り”が如く――両腕をきゅっと折り畳みその身を預けていた法雨は、雷の胸元に添えていた手で彼のワイシャツにきゅうと皺を作ると、それを、この度の返答とした。
― Drop.025『 The STAR:U〈Ⅳ〉』―
「――………………法雨さん」
未だ肩口に顔を埋めたままの法雨の背を優しく撫でながら、雷は言う。
「――先ほどは、不意の事で呆けてしまい、勿体ない事をしてしまったので……、――法雨さんがよろしければ、――“もう一度”、させて頂いてもよろしいですか?」
「――………………」
そうして雷が問うと、すっと身を起こした法雨は、ぐっと黙したまま、雷と真っ直ぐに視線を交えた――のだが、雷は、その法雨の様子を見るなり、笑って言った。
「ははは。――法雨さん。どうしてそのようなお顔をされるんですか。――もしや、ご不満でしたか?」
そう言われた法雨はと云えば――、“吽 ”とした仁王像を思わせるようなむすりとした顔で雷を見据えながら、その口元を少し尖らせつつ引き結んでいた。
そんな仁王は、頬を染め、潤んだ瞳を煌めかせ、雷のシャツにさらに深い皺を刻みながら、微かに声を震わせながら紡いだ。
「――今は……こうしていないと……、――雷さんと……見つめ合っていられないからです……」
「――………………また、――そんな事を仰る」
その法雨の言葉に、愛おしげに苦笑した雷は、ひとつ紡ぐなり法雨に口付ける。
そして、ひとつ離しては、睫毛すら触れ合いそうな距離で視線を交わらせると、雷は、艶んだ法雨の唇をそっと親指でなぞっては、再びゆっくりと口付ける。
そして、探り合うように食み合いを深め合いながら、醒めたはずの酔いを互いの熱で取り戻し始め、法雨の吐息にも、少しずつ熱が帯び始めた頃――、法雨に、しばしの脱力が赦された。
そして、法雨と共にしばしの解放が与えられた舌を微かに覗かせながら、法雨は肩で呼吸する。
その中、本人たちの意志に従わぬ互いの本能は、すっかりと要求を押し付け合い始めていた。
その主張を確認した雷は、法雨に軽く口付けると、その頬を優しく撫でながら問うた。
「――さて……、――長い事、硬い床の上に法雨さんを居させてしまいましたが、流石にこのままここに居させるわけにはいきませんね。――次は、どこにお連れしましょうか。――お申し付け頂ければ、ご希望の場所までお連れしますよ」
その問いに答えようとするも――、雷に少し触れられるどころか、その低い声で聴覚を刺激されるだけでも、小さく声が漏れそうになる――その自身の状態に耐え切れなくなった法雨は、答える前に、ひとまずは、雷の肩口に顔を埋める事にした。
自分の“経験上”からすれば――、まだ、大した事など何一つしていないはずであるのに――。
法雨は、そんな自身の状態に戸惑いつつも、雷の肩口にて、なんとかその問いの答えを小さく紡いだ。
「――………………ベッドが……いいです……」
すると、雷は、愛おしげに法雨の髪を撫でながら、優しく言った。
「分かりました。――それでは、寝室までのご案内、――よろしくお願いしますね」
「――……はぃ、――えっ? ――ちょ、あ、あのっ……」
そして、そんな雷に法雨が頷いた次の瞬間――、法雨は、その身を突然と抱き上げられ、思わず慌てる。
「――そんな、あの、えっと、お、重いですから」
しかし、そうして慌てる法雨を軽々抱き上げた雷は、足元をふらつかせる事も一切なく、にこやかに言う。
「いえ。大丈夫ですよ。――むしろ、予想より軽くて驚いたほどですから、落したりもしませんので、どうぞご心配なく。――それでは、お手数ですが、――ご案内を頂いてもよろしいですか?」
「――は、はぁ。――そ、それは、良かったです……。――あぁ。ええっと。――し、寝室は、あっちの部屋です……」
「分かりました」
そして、その法雨の案内に、またにこやかに笑んだ雷は、そんな彼にも心を射られ、それから何も紡げなくなってしまった法雨を、その時間をも愛でるかのように――ゆっくりと、寝室まで運んだ。
法雨が、そうして――、絵本に出てきた姫君たちのように、誰かに抱き上げられる経験をしたのは、幼い頃以来の事であった。
彼は、母だけでなく、絵本に出てきた“お姫様”に憧れる事もあった。
だが、法雨は、自身が――あくまでも男の身体をしている、という事を、忘れる日はなかった。
だからこそ、元より実現や体験を諦めていた事も沢山あった。
そして、愛した人に――“このように”抱き上げられる事も、その中のひとつであった。
“お姫様抱っこ”などという、それらしい呼び名などついているから、余計にしてもらえないのだ――。
若き日の法雨は、そのように思う事も多々あった。
だが、廻り合わせは、まるで魔法使いの様だ――。
どうやら、不可能と思っていた事を、可能にする力を持っているらしい――。
もしかすれば、これもまた――、法雨を弄んだ運命の悪戯のひとつなのかもしれない――が、これが夢だったとしても、今回ばかりは、赦してやろう――。
法雨は、柔らかなベッドまで至り、ベッドで再び雷と口付け合う中、そのような事を思いながら――、かつて諦めた夢が、酷く幸せな形で叶った喜びを、雷のその温もりと共に、愛おしげに抱きしめた――。
💎
互いにとっての――幾つもの“初めて”を重ね合い、胸に積もる愛しさの熱に侵されながら、ただひたすらに温もりを感じ合う一夜を過ごした、その翌朝の事――。
法雨は、その白い肌に心地よく触れている柔らかく温かなシーツを弄んでは、酷く幸せな朝のひと時に浸りながら、ふふと笑みを零した。
「――どうしました?」
そんな法雨の髪をやんわりと撫でていた雷は、そうして楽しげな音が零されると、穏やかに問うた。
「――いえね。――せっかく、雷さんみたいな素敵な方とのコトでしたのに、――アタシったら、今回も結局、告白の当日にベッドに入ってしまったなぁって」
「――あぁ……」
そのしなやかな尾をシーツの上で上機嫌に泳がせ、小ぶりな耳をはたりはたりと跳ねさせた法雨が苦笑して言うと、反対に、大ぶりな尖り耳を下げた雷は、懺悔の色を滲ませた声で言った。
「情けないです……」
そうして、結局は、重ねに重ねた自制の念など微塵も役に立たなかった――不甲斐ない自身の理性に気落ちしてしまったらしい雷に、法雨は慌てて言う。
「ヤ、ヤダ。――違いますったら。――別にアタシは、落ち込んでるとか、雷さんを責めてるわけじゃないんですよ。――だから、そんな気負わないでくださいな。――それに、その……、――ベッドにお誘いしたのはアタシみたいなものですし、――むしろ、あの時、ちゃんと“段階”を踏みましょうなんて言われていたら……、――それこそ、自分のはしたなさを恥じて、酷く落ち込んでしまったと思いますから……」
雷は、そう慰めを与えてくれる法雨に苦笑すると、そのレモン色の艶やかな髪をまたひとつ撫でては言った。
「そうでしたら、良いのですが……。――本当は、法雨さんのお気持ちをお聞かせ頂いて、それがどのようなお返事でも、それに礼さえお伝え出来れば十分と、思っていたはずなのですが……。――一度法雨さんをこの腕の中に入れてしまっては、耐え切れるはずもありませんでした……」
そうして、素直に心情を吐露した雷に、法雨は嬉しそうに笑む。
「ふふ。――それは、アタシにとっては、とっても嬉しい褒め言葉ですわ。――雷さんは、ちょっと理性的過ぎますからね」
「ははは。――それも、昨夜までの印象となりそうですが」
そして、そう言った雷が苦笑すると、法雨は、
「大丈夫ですよ。――雷さんの理性は、きっと、“恋をしてしまった相手にだけ”弱くなるんだと思いますから」
と満足げに言い、また楽しげに笑った。
「ははは。なるほど。そうですね。――そうなのかもしれません」
そんな励ましに笑うと、雷は、法雨の頬を優しく撫でながら、その一音一音を丁寧に刻むようにして、愛する彼の名を呼んだ。
「法雨さん」
法雨は、優しく添えられた――その頼りがいのある大きな手に頬を寄せる様にし、雷を見つめると、幸せに満ちた声で応じた。
「――はい」
雷は、そんな法雨を愛おしげに見つめながら、続ける。
「――これからは、何があっても、俺が貴方の事を護ります。――ですから、どうか……、――貴方が、俺の気持ちを嬉しく思ってくださる間は、――どうか……、――俺の傍に居てください」
そんな雷の言葉に、酷く幸せそうに眉根を寄せた法雨は、雷の手に自身の手を添えると、心からの笑顔で言った。
「はい。――もちろんです。――どうか、――ずっと、ずっと……、――雷さんのお傍に居させてくださいね」
そうして――、法雨から幸せが紡がれると、それに微笑んだ雷は、その逞しい腕で法雨を包み込むように優しく抱きしめ、言った。
「はい……。――法雨さんが望んでくださるなら、――いつまででも」
最愛の人も、その忘れがたい朝をも――、その身で護り抜き、ひとつの傷もつかぬように――、優しく――、強く――。
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